第5話

「お嬢様、お茶が入りましたよ」


 上機嫌な声と共にラベンダーがお盆に載せたお茶を運んできて、窓辺の机に置いた。

 日の感じからして昼過ぎのようだ。


 一通り俺の質問攻めが終わると、ラベンダーは慣れた様子できびきびと茶の用意をしてくれた。若い女だが、働き者のよだ。


「かたじけない」


 と受け取るとラベンダーは一瞬動きを止めた後、くすりと笑う。


「かたじけない、なんてまるで騎士のような口調ですわ」


 おっと、気をつけないと。

 俺は今若い娘なのだ。中身は男だが、身体は女人なのだから、それらしく振舞わねば。


「一緒に飲みましょう。さ、座って」


 ラベンダーは少しだけためらったあと、ふっと微笑んで「ではお言葉に甘えて」


 湯呑みには白地に鮮やかな緑の蔦が流れるように描かれていた。茶托も急須も同じ柄で統一されている。湯呑みは内側にも丁寧な模様が描かれていて、ふちには丁寧に金箔が貼られていた。


 それだけでなく楕円形の半円の装飾が付いていた。

 ふむ、見慣れない形だな。

 うっかり触れると壊してしまいそうだ。


 「では、いただきます」


 俺はその装飾には触れないように湯呑みを持ち口元へ運ぼうとした。


 「あ」


 という短い声がした。

 ラベンダーがじっとこちらを見ていた。戸惑ったような表情を浮かべて。

 ん?どうかしたか?


「あのお嬢様・・・その・・・ティーカップ・・」


 言っていいのかだろうかと悩んでいるようだった。

 なんだ、てーかっぷとは??

 ラベンダーは湯呑みの装飾に器用に人差し指と中指を入れて、持っていた。

 !?


「直接ティーカップを直接持っては熱いのではございませんか」


 あ、あれ? 

 これは装飾ではなかったのか!!

 なんとも斬新な形状をした湯呑みである。

 俺は慌てて湯呑みを置く。


「あの・・・えっと、見事な装飾だったので壊して悪いと思い・・・」

 

 作法違反であったか。


「いたらぬ始末、御赦しを」


 深々と頭をさげると、ラベンダーは目を点にしていた。湯呑が傾き茶をこぼしそうになっている。


「ラベンダー殿、茶が・・・」

「え?あらやだ」申し訳ございませんと慌てて湯呑を茶托に置いた。

「オーロラ様、私の方こそぼんやりしてしまい申し訳ございません」


 不器用ながらも湯呑みの取手に指を入れて口元へと運ぶ。

 くんと匂いをがく。

 色味はほうじ茶のようだが、嗅いだことのない茶の香りだった。


「今日はお砂糖はどうされますか」


 砂糖?

 茶に砂糖を入れるのか?甘い緑茶を想像して俺は首を振った。


「ではミルクは?それともいつもの・・・」

「レモンで」

「はい、レモンですね」


 ・・・・。

 ん?れもん?

 はて、俺は今レモンと言ったか。

 レモンとはなんぞ?

 ラベンダーは白い小皿に乗っている薄切りの果実を俺の茶に浮かべた。


「あ・・・ありがとう」


 黄色くて水々しい。

 果実を茶に入れるのか。

 爽やかな香りがする。柑橘系のような果実だが、見たことがない。

 この果実がレモンというものか。

 なぜ初めて見た知りもしない果実の名を俺は言ったのだ?

 茶に入れるなんて想像もしてなかった。

 わからぬ。


 じっとこちらを見るラベンダーの視線に気づく。


「あの・・・オーロラ様?やはりまだお身体が」

「いや、茶の香りを楽しんでおりました」


 俺の言葉にラベンダーは微笑んだ。 


「お好きなレモンティーを楽しんでいる姿を見て安心しましたわ」


 ウフフと笑いながら、茶を飲んでいた。小さな口が可愛らしい。

 れもんてぃーというのはオーロラが好んでいた茶か。

 こうやって昼下がりに若い娘とお茶を楽しむなど、妙な気分だ。

 なんともくすぐったいような気持ちだ。


 独り身で仏道に身を置いていた俺にとっては、異世界の話みたいだ。

 仏師は職人であり、僧侶でもあった。とはいえ、師や兄弟弟子たちも妻帯していて、半僧半俗である者が多かった。


 だが俺は違った。仏道の世界でも生きていたいと思った。僧侶のように阿弥陀如来を信じ、この身を仏道に置きたいと思っていた。

 工房には食事や洗濯などをする下女はいたが、どれも年配でラベンダーのような若い娘との触れないなどないに等しかった。 


 あ、と呟くなり藤色のぱっちりとした目を更に大きくした。




 

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