第4話 裁縫の生活

 次々と持ち込まれたのは、折りたたまれた布そして布。レースや綿、麻など素材と色は様々。薄手から厚手、サイズも手の内におさまるものから、何重にも折りたたまれてやっと小さくなっているものまで幅広い。どこからこれだけのものを持ってきたのか、理解できないほどの量で、千春に与えられた部屋の一角はすぐに埋もれた。


「ミシンと、手縫い用の針や糸はこちらに。倉庫にまだありましたが、これだけあれば足りるでしょう」


 そう言いながらニールがせっせと持ってきたのは、千春が元の世界で見たアンティークミシンにも見えるもの。金属足と板がついた木製のテーブル。その上に真っ黒なミシンがある。足踏み式ミシンで違いない。


「これはいったい……」千春はまじまじと舐めるように見つめて言う。

「ミシンですが何か? 魔導式ミシンもありますが、魔法について知らない貴方では使用が難しいでしょう? なので、旧式のものを倉庫から引っ張り出してきました。王家が代々使用していた代物です。故障はしていないと思われます。糸や針なども、倉庫の方に眠っていたので、ざっと持ってきました」


 つらつらと告げるニール。その言葉の通り、錆ている箇所も見受けられるが、艶のあるミシンは高級感を漂わせる。


「こちらの箱には、細かい道具が。必要なものはこれくらいでしょう」


工具箱のような箱を指して言う。ミシン同様、装飾されて高級感がある。ニールが開けて中身を見せてくれた。裁ちばさみ、刺繍針や刺繍枠の他にも、糸やボタン、ビーズまでも入っていた。


「これらは自由に使ってもらって構いません。もともと修繕すら諦めているものですので、本来の役目を果たすもの以外へ変えてもらっても結構ですよ。カーテンやテーブルクロス、シーツなど、新しいものは売っていないし、直す時間もない。また使うことができれば喜ばしいことです。……これだけあれば、時間つぶしにはいいでしょう?」

「ええ、確かにこれだけの量はすぐには終わらないですね……それにしても、仕事にしてはかなりの量では? というかこれだけ放置されているのはどうなんでしょう? ここお城ですよね?」


 千春はひとつ、上にあった布を手に取った。カーテンのようだ。とろみのある生地であるものの、穴がいくつも空いている。まるで焼き焦げたかのような穴だ。修繕するにもどうするべきか、悩ましいほどの大きさ。当て布となるものを探してみれば、修繕不可能なほどの同じ生地のカーテンがあった。二つの布を合わせれば、修繕可能だろう。やりがいはある。

 だがしかし、ここまで放置されているのはどうなのか。千春は不審がる。王家ともなれば、すぐさま新しいものに取り換えられるだろうに。


「言っているでしょう? 時間がないのです。それを直す時間すら惜しいのですよ。全ては瘴気が――っと、貴方には関係のない話でしたね」


 ニールは言うのをやめた。千春に言っても仕方がない。そう示している。

「でも」と、千春は知りたい欲をしまい込む。何も言わなせない、そんな空気が生まれる。


「では、わたくしはこれで失礼します。そうだ、決して部屋からは出ないでくださいね。食事に関しては、一日三回……とは言えませんが、都度お持ちしますので」


 それだけ言うと、今度こそニールは部屋を出て戻って来ることはなかった。

 残された千春はただ、疑問を抱えながら山積みの布を縫っていくことぐらいしか、やれることはなさそうだった。



 ☆☆☆☆☆



 千春は足踏みミシンを使ったことはなかったものの、電動ミシンなら何度も使っており、熟知している。用意されていた糸をとり、ボビンと針も準備する。

 初めて修繕を試みるのは、ネイビーの遮光性のあるカーテン。

 穴だらけの生地を裁ちばさみで切り、当て布として使う。控えめな穴が多いカーテンを直すべく、ミシンで縫ってみる。

 ぎこちないながらも、千春の姿は様になっていた。

 学生時代に培った知識と技術で、ミシンを操る。


「うーん? こんなものかな? 焦げ目は目立たなくなったけど……」


 手始めに直してみた穴は、見事に塞がった。これでカーテンとしての役割は果たせるだろう。ただ、縫った痕跡がわかってしまうのが気になってしまう。


「手縫い……刺繍してみようかなー」


 久しぶりの裁縫。千春はのめりこんでいく。ゴールドの糸で、思うがまま手はどんどん進み、時間は進んで行く。

 星屑をちりばめたような、そんなカーテンを想像して刺繍する。

 カーテンとして窓にかけたときに不自然ではない程度に。かつ、当て布をした部位が目立たなくなるように。


「やば、糸が切れた」


 多くの星を刺繍したところで、ゴールドの糸がなくなってしまった。もともと用意されていた糸は多くなかった。なのに、カーテンほどの大きな生地に刺繍し始めた。少ない糸が足りる訳がなかった。

 足りなければ調達しなくては。必要だとニールに伝えればいいのだろうか。しかし、彼はここにいない。どこにいるのかもわからない。


「倉庫にあるって言ってたし……ちょっとぐらい探してもいいよね?」


 完成させたい気持ちが千春を行動にうつさせる。

 たかがほんの少しの間だ。ばれなければ大丈夫だろう。そう思って千春は部屋を出てみることにした。

 この選択が、二度目の命の危機を与えることなど知る由もない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る