8.1キロラン。ハンドリング。

「今日から本格的に練習をします。」


 村上先生が宣言した。三年の先輩たちはえーっと不満をもらす。今まで部活とはいってもほとんどおしゃべり大会でまともに練習したことはなかった。それが顧問が村上先生に変わってから一変したのだ。


 三年たちはろくに練習もしていなかったが各々身体能力の強さで地区予選は3回戦まで突破していた。だが新入生の実力の低さには多少難があり村上先生は焦っていた。弱いチームが弱いままでいいのか。私は熱血指導がしたい。弱いからこそどう育つかは未知数で、自分の指導力が試される。だからまずは基本の体力づくり。走りを強化する事に決めたのだ。


「まずは皆、本格的に走った事ないだろうから甘甘な練習でいくよ。1キロランニング!  目標タイムは7分よ、これはかなり遅いペース。トラック一周200メートル98秒でいいんだから歩いても可能なくらい。1キロ走りきる根性を見せなさい」


 三年たちは、やってらんねーと棄権し煙草を吸いに隠れてしまった。


 砂ぼこり枚散る運動場にでると皆はよーいスタートで走り始めた。確かに100メートル約40秒、50メートルなら20秒でいいなら楽勝だと凛には思えた。


 だが凛は日頃ののらくらした生活態度がたたって300メートル付近で汗が吹き出した。まだ半分もいってない。集中力が切れ始めた。奏歩はもう500メートルを突破している。雄も負けていない。3位は麻帆。凛より後に信子が続いた。


「ほら、走れー! 手を抜くな、気を緩めるな、頑張れー!」


 先生のカツが飛ぶ。なんで私はこんなキツい事してんだ。テニス部のるみが見えた。華麗に可愛いフォームでラケットをふっている。私もあそこに居たかったのに。


 800メートル、トラックを4周終えたところで、ぼーっとした頭で恨めしく思っていると、後ろからぜえぜえした息づかいとパタパタした足音が聞こえてきた。あららという間に信子に抜かれた。


 足がつりそうで、抜き返せない。距離はどんどん遠ざかっていく。結局タイムは奏歩4分30秒、雄4分50秒、麻帆5分30秒、信子6分10秒、凛が最下位の6分30秒となった。


 最下位は罰ゲームで腕立て伏せ20回だ。だが凛はたった2回しかできなくてギブアップ。村上先生は仕方ないから膝をついてやりなさいといった。皆が見ている中で数を数えられてサボらないよう見張られる。凛には屈辱だった。


 1キロランと腕立て伏せのメニューでヘトヘトになっている凛だったが村上先生は全く気にせず5分の休憩の後ハンドリングをやると宣言した。ボールになれないと全く話しにならない。ひたすらボールをダンダンと地面に打ち付ける地味な練習だ。


「10分はかるからね!その間ずっとドリブルし続けること。ボールを手のひらに吸い付かせるようにしっかりと。全身を使いなさい。肩の力だけではダメ。ボールと一心同体になって呼吸を合わせなさい。右手の次は左手よ。どちらでもドリブルできるように特訓よ。」


 なんだか奏歩に贔屓目な練習だと凛は思った。ただでさえ腕立て伏せで疲れているのに酷な練習だ。それに地味。


 村上先生はだがバスケの練習マニュアルを入手していてそれに沿ってメニューを組み立てていた。男子バスケの顧問伊東先生にもアドバイスを受けていた。


 隣で男子バスケが派手なパス回しの練習をしているのを尻目に凛たちは体育館の壁に整列しドリブルを行う。基本すぎて暇だった。


 しかしボールはなかなか思うように跳ねてくれない。あっちこっちいってしまい凛は何度も走ってボールを拾いにいく羽目になった。


「基本ができていない! 奏歩を見習いなさい」


 村上先生は絶対に奏歩を贔屓している。確実だ。ずるいし悔しい。凛は思った。ドリブルが下手なのは信子も同じだった。あらぬ方向へ転がっていくのを追いかける信子。さっきランニングで抜かれた恨みでいいきみだと凛は意地悪く思った。


「OK。奏歩と麻帆と雄はドリブルをクリアしたようね。今度は身体を回すハンドリングを教えます」


 村上先生がいった。凛と信子はそのままドリブルで、他3人はボールを回し頭、胸、腹、足の下をくぐらせるハンドリングをこれまた10分続けた。雄と麻帆は苦戦している。奏歩は余裕だ。結局この日はずっとハンドリングが続いた。凛は腕が筋肉痛になってしまった。




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