5.奏歩。父の夢。

 奏歩は物心ついた時からボールと戯れていた。ボールを与えた張本人である奏歩の父は昔、無名のバスケットボール選手であり足を痛めて引退したものの、幼い我が子をその道に指導することに心血を注いでいた。父は奏歩に教えれるありったけのことを伝授した。


 とはいっても奏歩はまだ中学生で仲間と協力する複雑なフォーメーションよりもまずは個体のフィジカルの強さが優先であった。ハンドリングの他に走り込みや長距離もミニバスの選手並みに奏歩はこなしていた。


 しかし父は知らず知らずのうちに奏歩の孤独を招いてもいた。父という唯一無二のコーチに習うことで、奏歩は他の運動不足で見劣りする女子やイマイチな教師、指導者を小ばかにする癖がついてしまったのである。


 凛にのけ者にされてから、奏歩は一度母に泣きついたことがあった。


「ママ、学校に行きたくない」


 母は何事かと詳しい事情を聞き出した。

奏歩は友人がいないのを苦にしていると正直に打ち明けた。

 

 しかし父はいった。


「優秀な人物は、ときに周りに人を寄せ付けないものさ」


「何もかも犠牲にしてバスケ一筋でいくには、奏歩には覚悟が少し足りないな」


 その日以来奏歩は固く心を閉ざし弱虫の涙も封印したのだった。何が友人を遠ざけているのか、今の奏歩にはわからなかった。客観的に分かりようがなかった。


 今できることをやろう。ますます奏歩は公園でボールと過ごす事が多くなった。


 だが凛に咎められてからは鳩に餌をやるのをやめていた。そこら辺頑固ではあるが少しの良心もあった。


 奏歩ができるのは股の間をくぐらせたり頭上にボールを投げて背中でキャッチしたり人差し指の上で回したりと高度な技。洋服にボールを入れてお腹から背中へ回すというストリートな技だってできる。


 ただ、それをすごいと言ってくれる友達はいない。奏歩はいつも孤独だった。本当は女子たちの仲間に入りたかった。


 だがプライドが許さない。あっちがハブにするんだからこっちから話してほしいなんて歩みよりは絶対にしたくないと意地をはる奏歩。だからどんどん人は離れていくのだ。


 凛は奏歩がボールを大事にしているのを知っていた。奏歩の父のことはクラスでは有名な話しだったからだ。そして意地悪な気持ちがむくむくと盛り上がってきた。ボールを学校にまで持ってくる奏歩。そのことが気に入らない。私物を持ってきちゃいけないのに。ルールを堂々と破っている。腹いせがしたい。凛は思った。


 そして部活が始まる直前に奏歩がトイレにたったとき更衣室で凛は油性のマジックペンを取り出した。信子がそばにいてみていた。麻帆は自分の顔を鏡でみていた。


 何するの? 信子が聞いたが凛は無視した。マジックで大切なボールに大きく『学校くるな! 変人!』と書いた。まずいんじゃない? と信子。奏歩ちゃん傷つくよ。


「いいんだよこれくらい」


 見せしめだと凛は言ってニヤリと笑った。


「調子乗ってるあいつが悪い。信子、あんた黙ってなさいよ。麻帆さんは、気づいてないっか」


 奏歩はトイレから戻り異変に気づいた。眉一つ動かさない、が、黙って職員室へとかけていった。


「うわ、あいつ告げ口する気だ。サイテー」


 信子は居心地悪そうに小さくなっていた。更衣室にいたのは信子と凛と麻帆だけ。犯人はすぐ特定されてしまう。奏歩が即効告げ口するとは思わなかった。でも先生だって空気読むでしょ。凛はたかをくくっていた。


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