第17話 高天ケ原炎上(その4)

照魔鏡を借りるのに一週間が過ぎた。


 高天ケ原はその間に転出する人が続出し、通りに人の姿は無く、閑散としている。

 猫娘が照魔鑑を持って銭亀の家にくると、黒ウサ、豚男も集まった。


「遅くなってごめん。異世界骨董店は、どこに行っているのかわからないので、探すのに苦労したニャ」

 骨董品に関して目利きの銭亀が、猫娘の持ってきた照魔鏡を見定め、本物だと確認すると


「お疲れだったな。それじゃあ、コーン氏のところに行ってみるか」

 すぐに、四人はコーン氏のいる社殿に向かったが……

 だれもいない。


 社務所や周辺を探し、最後に蔵に向かうと、四の蔵の前にコーン氏が立って手下の管狐に指図している。

 

 猫娘達がそばに行くと、コーン氏は慌てた表情で

「どうしたのですか。あなたには他の会社を紹介したはずですが」

 銭亀が前に出ると


「ここは、封印されている四の蔵。なにをしている」

「在庫の確認……ですが」

 とぼけるコーン氏。

 見ると、鍵を持って、蔵の扉が開いている。


「どうして鍵を持っているのだ」

 コーン氏はさらに焦ったように

「こっ……これはアマテラス様から預かったのです」

 四の蔵の鍵は誰にも貸し出されたことはない。アマテラスがいない隙に盗み出したに違いない。猫娘達にいぶかるように見つめられるコーン氏は苛立ち


「もう、あなたたちは関係ない、帰ってください! 」

 そのとき、猫娘が照魔鏡をかざすと、コーン氏の体が震えだす

「それは! 」

 コーンの目が血のように赤く光り、炎のようなオーラに包まれると、尾に数本の尻尾のある大きな狐の姿に変怪した。

 

「九尾の妖狐ようこ! 」

 

 猫娘達は、愕然とした。

 国を滅ぼすことさえある、悪霊の親玉のような妖怪だ。 

 

 正体を現した九尾の妖狐は猫娘達を見下ろし

「ばれてしまいましたか……でもすでに、準備は整いましたから、いいですけどね」

「なぜ、九尾の妖狐が……」

 猫娘達は呆然とし、さらに恐怖で震えている。妖狐は不敵な笑みをうかべ


「この蔵に何が入っているのか、さすがに銭亀は知っていますよね」

「きさまー! 」

 銭亀は怒りの形相で言葉がない。蔵の方を見ると手下の管狐が、中の物を持ちだしている。

 その手に持っている物は


「武器! 」


 九尾の妖狐は勝ち誇った表情で

「そう、この蔵はアマテラスが隠していた武器庫。しかも、普通の武器とは違い、実際に使用されたものだ。いわば、武器の骨董品だ」

 猫娘は驚いて


「コーン、いや九尾の妖狐! いったい何をする気だニャ! 」

「知れたこと、死者の怨念のこもった武器を、管狐を媒介に付喪神にして地上に降り、さらに悪霊を復活させ、積年の恨みを晴らすのだ! 」

 その間も管狐は蔵に入り、思い思いの武器を手にする。剣や、槍、中にはロケットランチャーまであり、次々と武器と同化していく。


「こうなったら、容赦はしません! 管狐、奴らを追い返せ! 」

 妖狐が命じると、武器の付喪神となった管狐は一斉に猫娘達に襲いかかる。

「まずい! 逃げるぞ」


 銭亀は、持っていた光玉を発光させ、相手の目をくらます。そのすきに、猫娘達はその場から、なんとか逃げ出した。

 

◇ 

 猫娘達は、とりあえず銭亀の家に逃げ込んだ(ちなみに、婆さんは竜宮に里帰り中)。

話を聞いた銭亀は、神妙な表情で


「単なる付喪神でも人に悪さするのに、それが武器とあっては、やっかいだ。しかも、実際に使われた物はなおさらだ」

「実際に使われたってことは……」 

 猫娘は察して、真っ青になる


「そう、実際に人を殺した武器だ。再び使ってもらいたいと手にする者を求めている。アマテラス様は、そんな危険な武器を、ここに封印されていたのだ」

 皆、言葉がない。

 振り返ると、高天ケ原の都の中心で火の手があがり、夜空が血のように赤黒く不気味に染っていた。

 

 ―高天ケ原が燃えている―

 

 猫娘は社殿の横を指差し

「見て! 蔵も燃えている」

 泣きそうな声で言う。


 しばし沈黙のあと、黒ウサが

「銭亀、やつを倒す方法はないのか」 


「九尾の妖狐を倒せるのは、アマテラス様か、豚男の嫁さんの天成天女くらいだろう。アマテラス様は出雲、天成天女は出産で里帰りしている。やつはその隙を狙ったのだ」銭亀は腕を組みながら唸るように答え、さらに


「高天ケ原を焼きつくし。さらに、武器と化した付喪神は、魔神となり、地にはびこる悪霊とまみえれば、天津神でさえ、たやすく押さえ込むことはできないだろう」

 なす術がない……


 九尾の妖狐は火を放ちながら、大社殿のそばを浮遊している。

しかしよく見ると、大社殿は強力な結界のためか近づけないようだ。それを見ていた、猫娘は何か思いついたようで

「あそこなら……」


 つぶやくように言うと、黒ウサと豚男に振り向き

「黒ウサ、豚男に、お願いがある、少し危険だけど……」

 すると、黒ウサは笑顔で


「猫娘、なにか索があるのだな! なんでもするぜ」

 豚男も「ブヒヒヒ」と笑顔でうなずく。

「黒ウサ、豚男……」

 猫娘は少し涙目でうなずく。銭亀はさすがに歳なので近くで待つことにして、三人は大社殿に向かった。

 

 その前に、町から離れたところにある花火蔵に立ち寄り、夏の打ち上げ花火の残りを持ち出した。


「私は九尾の妖狐が近づけない大神殿に駆け上り、そこで、この光筒を九尾の妖狐に撃つニャ」

「そんなので、倒せるのか」

「やってみないと、わからないニャ。私が、社殿の中央にある大神殿に駆け上る間、黒ウサは妖狐をひきつけてほしい」


 黒ウサは半信半疑だ、武器とも言えない花火でとても倒せるとは思えない。しかし、他に手もない

「わかった。でも、危なくなったら、すぐに逃げろよ」

 猫娘は、うなずくと 


「黒ウサも、危なくなったら、すぐ逃げるニャ」

「心配するな、逃げ足だけは自信ある」

黒ウサは、笑みをこぼして、九尾の妖狐に向かって行った。


◇ 

黒ウサが九尾の妖狐に、打ち上げ花火を嫌がらせのように打ち込んでは隠れて翻弄し、自分に注意を引きつけている。


そのすきに、猫娘は大社殿の中央にある巨大な神殿に向かった。途中には管狐がいるので、豚男に守られて進む。

 大神殿は高さ五十メートルに及ぶ支柱の上に社があり、社に至る長い階段が続いている。


 大神殿の階段の下にくると

「豚男! たのむニャ」

「ブヒ! 」(だれも一歩も入れない!)

 豚男は階段の下に仁王立ちし、追って来る管狐を相手にした。

 

 猫娘は背中に大きなリュックを背負い、大神殿の長い階段を息を切らして駆け上がる。

 振り返ると、階段の下で豚男が血まみれになって管狐と奮戦していた。


「豚男……すまないニャ」胸が締め付けられる思いで殿上の社に向かいながら

「天津神さま、私のような下賤の者が、この大社に登ることをお許しください」

 そう唱えながら、神域の社に向かう長い階段を息も絶え絶えに駆け上がった。

 次第に高くなる手すりもない階段に足がすくむ。


 周囲が見渡せるようになると、社殿の外で妖狐が黒ウサを追いかけているのが見えた。黒ウサは妖狐の攻撃を受けて怪我をしているようだ。

「黒ウサ……これが終わったら、鯛の刺身をご馳走するニャ」


 さらに、展望が開けると高天ケ原の町屋や、蔵などが燃えているのが一望され、涙がこぼれる。

 そのとき、九尾の妖狐が猫娘に気づいて大社殿に向かってきた。しかも、結界で入れないと思っていた社殿の敷地の中に、強引に入ってくる。

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