第3話 神々の勘違い

  神々の住まう高天ヶ原たかまがはら


 その高天ケ原の奥の大きな蔵が立ち並ぶ一角で、猫娘と豚男が次の骨董市の準備をしていました。

 店員の時の法被と違い、Tシャツにミニスカートの猫娘、豚男は作務衣さむえといったラフなスタイルです。


 そこに、ウサギ耳の少年が来て親しげに。

「よう、猫娘。なつかしの骨董市の景気はどうだい」


「これは黒ウサ。まあ、ボチボチでんニャ」

 控え目に言いながらも、腰には桜貝の詰まった袋を、わざと目に付くように下げていました。黒ウサも猫娘のように現世で骨董市を開いているのです。


 黒ウサは猫娘の下げた袋を見て。

「おおー! 桜貝がこんなに」

 驚く黒ウサに、猫娘は得意げです。


「長年の誠実な商売が実を結んだニャ。それより、黒ウサは、アコギな商売してないだろうニャ」


「そんなことしてねーよ。そういえば、アマテラス様が猫娘を見たら、中央社殿に来るように言ってたぜ、何か手伝ってほしそうだったな」


「わかった。すぐに行くニャ」

 猫娘は後の作業を豚男に頼むと、巫女姿に着替えて、いそいそと中央社殿に向かいました。


 ◇

 社殿はなにやらあわただしい様子で、八百万やおよろずの神々も集まって何かの準備をしているようです。その中央で神々しいオーラを放ちながら、作業の指揮をしている天女のもとに猫娘が行きました。


「アマテラス様、どうしたのですニャ」


「あら、猫ちゃん! 巫女姿も可愛いわね。実は毎年行われるゴッド7、略してG7先進神首脳会議の開催が、今年は日本なの。だから、準備で忙しくて、少し手伝ってくれないかしら」


「わかりました。何をすればよいのですか」

「猫ちゃんは、計算が得意だから会計をお願いしたいの」


 猫娘はうなずくと、準備会場の本部に向かい、さっそく仕事を始めました。

 会議場の準備、宿泊所、晩餐会の支度など、仕事はたくさんあります。


 ◇

 一息ついたとき、猫娘のもとにアマテラスが来て、やさしく微笑みながら

「ありがとう、猫ちゃんがいてくれると助かるわ」そう言われて、猫娘はうれしそうに笑います。


「ところで、ひもろぎの骨董市はどう。猫ちゃんの店は『なつかしの骨董市』としているそうね、うまくいってる」

「ハイですニャ」


 自信満々に言う猫娘に

「頼もしいわ。でも『責任者出てこい! 』なんて言われていない」

 ………


 少し口こもったあと笑いながら「大丈夫です。心配ご無用ですニャ」

 と言いつつも、心配かけまいとする猫娘の気持ちが、その表情ですぐにわかります。


「猫ちゃん、無理することないのよ。いざとなったら、私が行くから」

「そんなー、アマテラス様がおいでなど恐れ多いです。そのお言葉だけでうれしいですニャ」

 強気の猫娘を、アマテラスは少し心配そうに見詰めました。


「それよりアマテラス様、ひもろぎ系列も手広く事業展開されていますが大丈夫ですか」


「そうなのよね。最初は骨董市だけだったけど、いろいろ、お願いことが多くて。ひもろぎ系列のフランチャイズにしたけど結構大変なの。まあ、その時は猫ちゃん、頼りにしてるから」

 のんきに微笑むアマテラスに、猫娘が少し呆れながら笑っています。


 ちなみに、アマテラスは『ひもろぎの骨董市』の他にも、今は味わえない亡き人や幻の料理が味わえる『ひもろぎ食堂』。

 往年の名俳優や演奏家、名選手が出てくるコンサートや、競技会を主催する『ひもろぎ興行』。思い出の過去や異世界に連れて行ってくれる『ひもろぎタクシー』、『ひもろぎ旅行』などなど、ひもろぎ系列として手広く事業を展開しているのでした。


 ただし、手広くしすぎて、アマテラスも収拾がつかなくなって、後々大変なことになるのですが、それは後ほど……

 閑話休題


 こうして、アマテラスと猫娘が話しているところに。

「大変です、アマテラス様! 」


 突然、巫女神みこがみのアメノウズメが悲壮な表情で駆けてきました。

「どうしたのウズメちゃん。そんなに慌てて」


「アマテラス様。今回出席するG7の神々が、お怒りになって、大群でこちらに攻め込んできているようなのです! 」


「怒る、攻め込む、どいうこと? 」

 わけのわからない事態です。


「はい、普段は数人しか来ないのですが、大群で押し寄せてきているのです。特に、ギリシャ神話のゼウスを筆頭に、全世界の神々を従え。さらに、悪魔や、閻魔大王まで結託したようです」

「いったい、どうしたというの」


「わかりません。相手は聖剣エクスカリバーに、聖槍ロンギヌスの槍までも持ち出しています」

 息をのんだアマテラスは、落ち着こうと深呼吸して


「なぜ神が結託して、極東の島国の日本を攻めに来るのです。これまでの会議で、一度も意見がまとまったことがないのに、その神々が一致団結するなんて、考えられません」

 アマテラスは納得いかないようです。

 

 すると、横で聞いていた猫娘が

「組織や、団体、果ては国どうしが結託するのに必要なものは何だと思います」


 アマテラスは、ピンとこないようなので、ねこ娘は

「敵です。それと………」ねこ娘は何かおもいついたように


「ちなみに、相手の神や、神の使いの名を教えてくださいニャ」


「えっと、ゼウスに、閻魔大王に………」

 列挙された名前を聞いた後、猫娘は納得したようにうなずくと

「アマテラス様、気づきませんか」


「なにを」

「来るのは、すべて男神様で、女神様がいませんニャ! 」


「………でも、どうして、怒って攻め込んでくるのです」

 猫娘はもしやと思い


「アマテラス様、各国の神様に出した案内状を見せてくださいニャ」

「実は、以前送ったものと、直前に少し変更した箇所があるの」


 そう言ってアマテラスは二通の案内状を渡し、それを読んだ猫娘の表情がこわばります。

「アマテラス様、会議のあと宴会を催すのはよいとして、最後のこれは何ですニャ」

「宴会の場所だけど」


「その、宴会の場所ですが、直前の2通目の案内状で変更されていますニャ」

 アマテラスは、何気なしに


「最初は天岩戸の前でする予定だったけど。都合で出雲大社に変更したの」

「そこですよ! 天岩戸で宴会となれば、当然、アメノウズメ様がでて、そこで踊った踊りが再現されると思うのニャ」

 皆が一瞬沈黙のあと


「ええー! 」


 アメノウズメが叫ぶと、わなわなと震えだします。アマテラスは

「男神は、ウズメちゃんが天岩戸で踊った裸おどりを見るために」

 猫娘は少し考えたあと


「裏をとりたいです。少し時間をくださいニャ」

 そう言って、猫娘はどこかに去っていきました。


 アマテラスとアメノウズメは不安そうに見送るだけです。


 半日ほどして、猫娘が戻ってくると。


「ヤタガラスに情報を探らせてきましたニャ」

 アマテラスとアメノウズメ、それに八百万の神々も猫娘の報告を、固唾をのんで聞き入ります。


「やはり、間違いありません! しかも、男神様は、サザエさんで、マスオさんとアナゴさんが奥さんの目を盗んで飲みに行くときにするような、口裏合わせまでしていたようです。それが直前で変更となって………そこまでして、やってきたのに。アメノウズメ様の踊りはないとなっては、怒るのも無理はありませんニャ」


「怒るのも無理はないって、もはや情けない」嘆かわしい表情のアマテラスは

「最近のG7は出席率が悪いので、今回は宴席を設けたのだけど」


「これでは、勘違いするのも無理ないです。アメノウズメ様の、裸の踊りは結構有名です、世界的にも公然と裸踊りをした女神様は、そうそういませんニャ」

 アメノウズメは赤面して言葉がありません。


「だとしたら、ウズメちゃんに、踊ってもらうしか……」

 アマテラスが言うとアメノウズメは


「ええー! いやです! 絶対の絶対にいやです! 」

「お願いウズメちゃん」


「天岩戸の時だって、叔父さんの神様の目がいやらしくて、死ぬほど恥ずかしかったのです。しかも、今ならそんな姿を写メに取られて、SNSで全世界にばらまくぞ、って言われ。それの消去を条件にもう一回裸を撮らせろって言われて、深みにはまるのが目に見えてます」


 アメノウズメは半泣きで訴えます。アマテラスは考えたあと意を決し

「……それなら私も踊ります! 」


 一瞬、周りにいた八百万の神々から歓声があがりますが、猫娘が血相をかえ

「なにを言われます、絶対だめですニャ! かりにも総氏神であらせられる、アマテラス様がそんな、はしたないことは」


 さすがに、止められたアマテラスはしばらく逡巡したあと

「わかりました、こうなったらウズメちゃんを守るため徹底抗戦しかありません。神々の戦争、ハルマゲドンです。こんなことで、最終戦争が起こるとは、正直不徳のいたすところ、というより、情けないですが……」沈んだ口調で言うと、周りを見渡し

「ところでエクスカリバーやロンギヌスの槍に対抗できる武器はあるのですか」


 そばにいた神の一人が

「対抗できる武器は、スサノオノミコト様がラスボスのヤマタノオロチを倒したときに取得したレアアイテム、草薙の剣くらいですが……」

 それを聞いた、アメノウズメが


「たしか草薙の剣は、勾玉、鏡と一緒にアマテラス様の命で、人間に貸出したのでは」

「そうです、今さら返してくれとも言えないし、そもそも草薙の剣だけでは勝ちめはない」

 なす術のないアマテラスや八百万の神々。


 消沈する神々を見たアメノウズメはうつむきながら

「わかりました。私、やります……私一人が犠牲になればよいのです」

 アメノウズメの瞳に涙が浮かび上がります。


 アマテラスはそんなウズメに寄り添い

「あなた一人だけを犠牲にはできません」意を決したアマテラスはこぶしを握り


「娘一人守れない神など、神とはいえません。ここは大和魂をみせるときです! やってやりましょう高天ケ原決戦! 八百万の神々もよろしいですね! 」


 アマテラスの激に八百万の神々も呼応し

「おー! ウズメちゃんを他の神に凌辱させるわけにはいかない! 」

「アマテラス様、我々は身を挺して、ウズメちゃんや高天ケ原のを守りまするぞ! 」

 玉砕覚悟の悲壮な決意で、歓声があがります。


「……皆さま」

 アマテラスとアメノウズメは涙がとまりません。


 そこに、先程から考え込んでいた猫娘は一計が浮かんだようです。


「アマテラス様。少数劣勢の部隊が、圧倒的多数の敵を相手にする戦術がありますニャ」


「ほんとうに、そんな策があるのですか」

 アマテラスと、アメノウズメは、すがるように猫娘を見つめます。


「孫子の兵法、第二計、囲魏救趙(魏を囲んで趙を救う)です」


「いぎきゅうちょう?」


「はい、かつて中国の趙の国が魏という大国に攻め込まれた時、趙の国は斉という国に助けを求めました。しかし、斉の国も小国、助けに向かっても勝ち目はありません。そこで斉は趙を助けに行くのでなく、手薄になった魏の本国を攻めたのです。魏の軍は慌てて本国を守るため引き返し、逆に趙と斉に挟撃されたのです」


 アマテラスは、猫娘が何を言いたいのかわからず

「それが、今回の状況と、どういう関係なの」


「つまり、圧倒的多数の相手に、まともに当たっては、それこそ犬死です。ここで言いたいのは、劣勢の部隊が講じる手は、相手の弱点を突く、ということですニャ」

「弱点……」


「そう、弱点です……ニヤ」

「そんな弱点があるのですか」

 猫娘は、にやにや笑っています。それは、すでに勝機を確信した策士の表情で


「女神様ですニャ」


「女神?」


「そう、女神様です。会議と称してこちらに向かっている男神の本国に残っている女神様に、今回の男神様の思惑を暴露した密書を送り、背後から女神様の軍で攻め込んでもらい、我々の軍と挟撃するのですニャ」

 猫娘の計略に、アマテラスは


「女神だけで勝てるでしょうか」 

 猫娘は自信たっぷりに


「向こうの神々には、アテナ、ワルキューレ、シバの女王、弁財天、マリア様など、強い女神様がいると聞いております。さらには、見たものを石に変えるメドゥーサ様や、オズの国の魔女様に助力いただければ、頼もしい戦力です。この結託した女神さま連合軍で、背後から不意打ちをすれば、相手が男神様と言えども十分に勝機はあります」


「敵、と言うわけね」


 アマテラスが言うと猫娘は頷いて、そのあと

「ただ、女神様が戦闘態勢を整えるまで、敵の目をこちらにくぎ付けにする必要があります。それにはウズメ様のご協力が……」

 やはり、裸踊りしかないと思ったアメノウズメですが。


「そこまでされなくても結構です、一時的に引き付けてくださればよいのです。というか、思わせぶりな態度をして、女神たちが接近、包囲するのを気づかれないように、時間稼ぎをしていただくだけで結構なのですニャ」


 ふんふんと、アマテラスとアメノウズメは猫娘の策に、うれしそうに涙目でうなずきました。


 ◇

 いよいよ、G7の会議が始まりました。


 会議のあと高千穂の峰で記念撮影を行い、会場を再変更した天岩戸に移し、宴会が始まりました。

 宴も盛り上がったところで、クライマックスのアメノウズメの登場です。


 あでやかで、薄衣をまとっただけのきわどい姿で、舞台に立つと

「うおー、まってました! 」

「ウズメちゃーーん! 」

 歓声があがります。


 集まった男神たちは、アメノウズメに目が釘付けになります。踊り始めるアメノウズメは、さすが日本最初の踊りの神でもあり、その舞は見事ですが、それ以上に男神達は酒も入り、いつ脱ぐのかと、必死で見入っていました。


 しかも、その酒はヤマタノオロチを退治したときに使った神酒で、神々は、へべれけに酔い始めています。しかし、アメノウズメは一向に脱ぐ気配はありません。

「早く脱げ!」


 罵声が飛び交い、こらえきれなくなった神が舞台に迫ろうとするのを、豚男達が必死で守っています。

 酔った男神の一部は、お酌をしていた巫女神にも手をだそうとして巫女神は逃げまどい、宴会は収拾がつかなくなってきました。


 そのとき、怒り心頭の女神達が自分たちの背後を完全に包囲していることに、男神達は全く気付いていないのでした………

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