トマトと茄子と、君と恋。

ゆーゆー

プロローグ 『給食友好条約』

‥‥人生は出会いの連続。

何がキッカケになるかなんて分からない。


ほんの些細なことが運命の出会いを呼ぶことだってある。


‥‥例えば、給食で出る苦手な食べ物とかね?


‥‥小さなことが、後々大きな意味を持つことってあるんだよ。


‥‥これは、そんな俺と彼女の出会いの話なんだ。


・・・・・・・・・・・・


「・・・・っと、28番か」

 学校のチャイムが響く中、俺は手元の紙と黒板の位置を確認する。


 何をしているのか?

 答えは簡単。クラスの席替え。


「よっ・・・と。」


 軽く机を持ち上げ、指定の場所へと引っ越しをする。


「・‥‥左から三列目、後ろからは二番目か」

 

 引っ越し先につくと椅子を下ろし、腰をかけて一息つく。


 ‥‥俺は【松川 悠(まつかわ ゆう)】

 どこにでもいる普通の中学生だ。


 今は先ほど言った通り、席替えの真っ最中。


「‥‥ま、位置は悪くないかな。」

 自分の新しい席を確認し、そう呟く。

 今回の席は割と後ろ。先生が意識して目を配る端の方、というワケでもない。


 ま、もっとも問題は位置よりも『誰と』の方だ。

 今回、仲のいい友達とは離れちまったから・・・・


「えっと、隣は・・・」


 確か女子だったハズーーーー

 ‥‥‥ちょうど、そう思った時だった。


「‥‥ちょいと、ごめんよ♪」


 一人の女子が机と共に俺の隣に現れ、声を掛けてきた。

 ‥‥どうやら俺の机にぶら下がったカバンが邪魔になっているみたいだ。


「ああ、わりぃ!」


 俺は一言謝って、カバンを逆側にかけ直す。


「サンキュ♪…隣、失礼するね♪♪」


 ‥‥彼女はそう言うと、自分の机を、の机に寄せるようにして置いてきた。


「‥‥えっと、上本(えうもと)さんが隣?」

「そういうこと♪♪コレからよろしく♪」


 上本さんはそう言うと、フランクにウィンクを俺に投げつけてきた。


「‥‥ああ、よろしく。」

 俺はさっとだけ返事を返した。


 ‥‥俺の隣の席になった彼女の名前は

 【上本弥生(うえもとやよい)】さん。


 ‥‥正直、同じクラスになってからまともに話したことはない。

 ‥‥とは言っても別に仲が悪いとかじゃなくて、単に話す機会が今までなかったってだけ。


 ・・・・ま、特段厄介なことにもならないだろ。


(…次の授業の準備でもするか‥‥)


 そう思っていた時だ。

「‥‥じきに秋だねぇ~…」

「・・・へ?」

 上本さんがこちらを見て突然話しかけてきた。


「…ん、ああ。もう九月だもんね?」

 突然の時候の挨拶に俺は戸惑いながら返事を返す

 ‥‥校長の話でもあるまいし、一体なんだ??


「ねー、あっという間だよね?」


‥‥俺の想いをよそに上本さんはおしゃべりを続ける。


‥‥思った以上に気さくな人なのかな?


「俺は今ぐらいが過ごしやすくて好きだけど?」

「ふぅーん、そっか・・・」

 上本さんがウンウン、と頷く。

 よくわからないが、気さくな人で何よりだ。


 ‥‥それより次の授業は、っと‥‥。


 ‥‥教科書を机から取り出そうとした時だった。

「‥‥松川君。」

「!?」


 上本さんが突如俺の名前を呼ぶと、グッと身体を乗り出して、顔を覗き込んでくる。


「…な、なに…?上本さん…??」


 彼女の突然の行動に思わずギョッとする。

 ‥‥距離が近いだろうよ。


「‥‥‥‥あのね。」


 上本さんが神妙な面持ちで俺を見つめてくる。


 ‥‥思わず、心臓が高鳴った。


「‥‥‥‥松川くんって、なすび…好き?」

「‥‥は???」


 一瞬、頭が混乱する。なすび???


「い、いや・・・嫌いではないけど??」

 ‥‥とにかく、そのまま真実を述べる。

「本当に??」

 上本さんは確認するようにさらに身を乗り出してくる。


 ‥‥だから、距離が近いって‥‥


「…なら、もしよければさ・・・」

 上本さんは俺をジッと見つめてから口を開く。


「‥‥今日の給食のなすび、私の分も食べてくれない!?」


 そういうと、彼女は『バカ』がつくほど真面目な顔で俺の両手を取ってきた。


「べ・・・別にいいけど・・・」

 勢いにのせられて、そのまま二つ返事をする。


「本当に!?」

「も、もちろん…!」


 近い顔と勢い。真剣な上本さんの表情に改めてしっかりと頷いて返す。


 するとーーーーー


「よかった~~!!!ありがとう、マジで感謝だよっ!!!」

 彼女はそう言うと、表情を一気に緩ませ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「今日、どうしようかと思っていたんだ~!」


 ‥‥小さなガッツポーズを作る上本さん。


 ‥‥どの仕草も、傍目にはクールに見える時があったから、意外な素振りに感じた。


「な、なすび、嫌いなのか?」

 動揺を抑えるように意識をしてから飛び跳ねる上本さんに声を掛ける。


「そりゃあもう・・・・あのフォルム、食感‥‥味、臭い‥‥考えるだけで『ウゲ、最悪』って感じかな???」


 茄子を想像したのか、上本さんの表情はみるみるうちに曇っていく。


‥‥その様子は見ていて中々面白かった。


――――だからか‥‥——―


「…ハハ!わかったよ。なすびは引き受けるから、安心しなって!」

 思わず、笑顔で答えていた。


「うんっ!ありがとっ♪♪」

 彼女は頷くと、満面の笑顔と共に、もう一度飛び跳ねた。

 ・・・と、同時に授業開始のチャイムが響く。

「あっと!4限目、始まるね!…んじゃ、給食の時間はよろしく!!」


 上本さんはそう言って俺にもう一度ウィンクを飛ばした。


 ‥‥‥よくわからないけど、とにかく上本さんの役に立てるらしい。

 そう思いながら、俺も四限目の準備を整えるのだった。


 ‥‥‥‥‥‥‥

 ‥‥その上本さんは、不安材料がなくなって安心したのか、四限目の間も終始ご機嫌だった。

あんまりにも楽しそうだから、何気なく話しかけてみたら気が合って楽しかった。


‥‥おかげで、一度先生に注意をされたけど。


‥‥‥そして…、件の給食の時間。


「いやぁ~~♪実に気持ちよくご飯が進むねぇ~~♪♪」

 ‥‥上本さんは茄子が消えた皿を手にご機嫌で橋を進めている。

「‥‥そりゃあ何よりだったよ」


 …俺は自分の皿にのった山盛りの茄子を見ながら思わず苦笑する。


 ‥‥‥‥約束通り、俺は上本さんの分の茄子を引き受けていた。


 ‥‥まぁ、感謝されて嫌な気はしないし、茄子も好きだからいいけどね。


「…に、してもさ。そんなに嫌いなら、今まで茄子が出た時はどうしてたの?」

「ふえっ!?」

 俺の質問に上本さんは「ギクリ」とした表情を浮かべる。

「…そ、そーゆー乙女の秘め事に首を突っ込む?…デ、デリカシーが無いんじゃないかな?松川くん!」


「‥‥なんかヤマシイことがあるんだな?」

「‥‥うぅ。」



「‥‥いつもは、弥生の必殺技「口に入れてトイレに駆け込み大作戦」だよね?」

 上本さんが口ごもっていると、対面の席にいる女子が答えた。

「…ちょ、彩!!余計なことを…!!」

 上本さんがバッと声を上げる。


 トイレ…捨ててたってことか??


「・・・そんなことをしていたのか。なんちゅー罰当たりなことを・・・。」

 俺はそれを聞いて思わずあ呆れた声を出した。

「し、仕方ないじゃん!どーしたって食べられないんだからッッ!!」

 上本さんが若干申し訳なさそうに反論する。

「…トイレに捨てるぐらいなら俺が食べるから、今度からは堂々と渡してくれ」

「‥‥ハイ…」

 素直に頷く上本さん。その様子には、ついつい許してしまいたくなる愛嬌があった。


「‥‥ふふ、でもよかったね弥生♪♪協力してくれるいい仲間が見つかって♪‥‥四限目の時も、随分二人楽しそうだったしさ!」

 先ほど、彩と言われた正面の女子が上本さんに笑顔で声を掛ける。


「ああ!昨日のテレビの話で盛り上がっちゃってさ♪」

 上本さんも笑顔で答える。

「‥‥上本さんが大きい声で思い出し笑いをしたおかげで叱られたけどね…」

 あの時間のことを思い出す。…久しぶりに私語で注意なんかされたぞ。


「いやいや!話題を振ってきたのは松川君だし、アレは連帯責任ってヤツでしょ~?」

 俺の呟きに「いやいや!」と突っ込みを入れる上本さん。

 ‥‥まったく、と思ったけど、その素振りも明るくて愛嬌があった。


「あ、そう言えばさ‥‥」

 上本さんがまた俺の方をジッと笑顔で見つめる。大きくて、くすぐられるような瞳で。


「松川くんはさ、何か嫌いな食べ物とかないの?」

「・・・・へ?」

 突然の質問だった。思わず、きょとん、とする。


「いやさぁ、私ばっかり茄子を食べてもらうのも悪いなぁ、って思ってさ♪」

 上本さんはそう言うと、にぃ、っと笑って言葉を続けた。


「…ここはひとつ、交換条件ってことで、私も松川くんの苦手なモノを代わりに食べる、ってのはどう??」

 上本さんは「名案でしょっ!?」とでも言いたげにグッと俺に顔を寄せてくる。


 それを見た藤野さん(彩と呼ばれている女子)がフフ、っと笑った。

「弥生らしいなぁ。狩りを作りっぱなしなのは嫌なわけだ。」

「そういうこと♪」

 上本さんがウィンクをして答える。

 ‥‥このウィンクはどうやら彼女のクセらしい。


「うーん、そうだなぁ・・・」

 ‥‥俺の嫌いなモノ、かぁ…。


 本日何度目かの上本さんの勢いに引きずられる中、なんとか思考を巡らせる。


 ‥‥苦手なモノ…苦手なモノ・・・・

 ‥‥‥あ、強いて言うなら・‥‥


「・・・んじゃあ、トマト、かな?」

 そう答えた俺に、藤本さんが目を丸くした。


「へぇ、松川君、トマト苦手なんだ?美味しいのに…」

「ああ、なんと言うか…あの嚙んだ時に口に広がる感じが苦手なんだ‥‥」

「そういうもんかなぁ~」

「好き嫌いのない彩にはわかんないだろうねぇ。」

 首をかしげる藤本さん。その様子に上本さんが突っ込みを入れた。


「ともあれ、分かったわ。今後トマトが出た時には私が責任をもって引き受けるよ!」

 上本さんはそう胸を張って俺に笑顔を見せた。

「・・・・代わりに、茄子が出た時には今日のように始末をお願いするわ・・・」

「し、始末って・・・」


 思わず言葉が漏れる。・・・親の仇じゃないんだから。


 ・・・・ま、しかしーーーーー


「確かに悪い条件じゃないね」

 俺も笑顔で答える。


 ・・・なんか、正直面白いと思った。

 

 上本さんとは気が合うし、お互いに協力する、ってのがなんか気に入った。


「おっけぇ~♪これで私たちは『給食平和条約』を結んだ仲ってワケだね♪♪」

 ・・・上本さんがご機嫌でそんなことを言う。

「…はは、ネーミングセンスはこの際おいといて…そうだね、この友好関係を維持しようじゃないか」

 ・・・俺も上本さんを見てそう、答える。


「おっ!なんかいい相棒って感じ!松川君も弥生もいっそ名前で呼び合えば?」

「へっ!?」

 俺たちのやり取りを見ていた藤野さんが突拍子の無いことを言う。

 思わず声がうわずった。

 

「おっ!それ、いいアイディアだね彩♪」

 ‥‥俺の戸惑いと裏腹に、上本さんは乗り気みたいだった。


 ‥‥名前で呼び合うとか‥‥マジ?


「‥‥と、言うことで‥‥」

 上本さんがもう一度、にっ、と笑う。


「改めてよろしくね!‥‥悠!」

 彼女はそう言ってシュッと手を差し出してくる。‥‥握手を求められているようだ。

「あ、ああ・・・よろしく・・・や、弥生・・・。」

 少しぎこちなく、彼女の名前を口にする。

 ‥‥そして、若干の戸惑いと共に、彼女の手を取り、握手を交わした。

「うん!!」

 弥生は笑顔で頷くと、ウィンクと同時に、ギュっと手を握り返してきた。


 ‥‥‥どのくらいの力を込めればいいのか、力加減に戸惑う悪手だった‥‥。


 ‥‥‥‥‥‥ともあれ、これが俺と彼女が知り合った日のこと。


 トマトと茄子を交換する、謎の友好条約が締結された日のことだった――――――。







 





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