第21話

 その動画では以前見た植物工場の様子が映っていた。あのぼんやりとした男性だ。インタビューに答えている。たどたどしくここでの労働を楽しんでいると言っている。そこで映像が途切れて、悪態をつきながら何かの作業している男性の後ろ姿の映像に切り替わった。大きな薄い端末を片手に持ち操作しながら、何やら周りに悪態をつきながら指示を与えている。時には端末を置いて、奇声をあげながら大掛かりな設備を自らいじっている。カメラが彼の正面にまわり、彼の顔を映し出す。さっきの人と同一人物だ。前の映像とはうってかわって彼は目がつりあがったきつい表情をしていて、一瞬別人に思えたが間違いない、同じ人だ。じゃあさっきのは演技なのか。映像はそこで終わりククが話し出した。

「どちらも彼なの、わかるよね。」

私はうなずく。


「彼はね、St1のエンジニアだったの。誰かとうまくいかなくなったか何かでここの植物工場に降格になった。ここに来た頃は前者の彼だった。ぼんやりして、こちらの問いかけにやっと返すだけだったし、込み入った質問をしても答えられなかった。でしばらくすると食堂で食事をとらなくなっちゃったのね。植物工場の工場長が心配して、しちゃだめなんだけど調理前のここの野菜を食べさせていたら、後者の彼になったの。頭脳明晰で変人の。これはいったいどういうことなのだろうとみんなで考えたわ。」

私は野菜に何か入っていたのだろうかと考えて、ククの答えを待った。私も賢くなる野菜を食べてみたい気がするが、あんな悪態をつく人間にはなりたくない。

「食事なのよ、カナン。ねぇ私たちの作業で調理ってなかったでしょ。食事に何か入っているのよ。野菜はSt1に出荷するだけだし、調理は上で行われている。彼らは各々に合わせてオーダーメイドの食事を作って、私たちに食べさせている。たぶん彼の食事の中に、大人しくさせる何かが入っていたんだと思う。」

そこで、くすっとククが苦笑いをした。

「本当に彼の悪態には耐えられないわ。前の彼に戻ってもらいたい時もある。あのインタビューも食事をしていた過去のものなの。これをあなたに見せると言うと彼はすごく怒っていたわ。でも本当はいい人。ここにはそんな人がけっこういて、いろいろ私たちのために動いてくれているの。」

私はSt1の食事を食べたら力が湧いて来たのを思い出した。

「私の食事にまで何か入っていたのかしら?私もSt1と2との食事に違いを感じているの。たぶん食事が代わってから、なんだか自分が自分でないみたいに感じる。」

ククは答えた。

「十分にありえるわ。でも確かなことはここにいる誰にもわからないのよ。ココもリーダーの時にいろいろ調べようとしたけれど無理だった。」


 私はあの忍び込んだ部屋について話した。予言の書と思われる本に書かれていた文章も、奥にあるセキュリティが頑丈そうな扉についても。一同がざわめいた。ククが驚いた顔をして私を見ている。そうだろうとも、事なかれ主義であるはずの私が一番自分に驚いている。

「ありがとうカナン。…カナンの食事には何が入っていたのかしらね。」

と言ってククは少し笑った。

「ヤマグチの予言とココの夢は似ているところもあるけれど、彼らにとっては被害を受けるのはあくまで“おろかもの”だけということね。それを聞いてますます私たちの身の危険が高まったわ。その時が来たら、私たちはきっと犠牲にされるか、見捨てられるかどちらかね。」

ククがそう話した後、その場の空気が凍り付いた。しばらくの静寂の後、誰かが口火をきった。

「急がなきゃ。」

みんなが、それに続いて口々に声を上げた。こうしてはいられない、一刻も早く分離しなければならないと。

「みんな待って。」

ククがみんなを制するように言った。

「私たちは彼らの全滅を望んでいないし、この中でSt1に身内を残している者もいるでしょう。そして私たちの協力者もまだ残っている。そのためにカナンを呼んだんでしょう。」

ククはリーダーなんだと思った。皆がククの一言一句を聞き漏らすまいと、彼女をじっと見つめている。いつのまに私のククではなくみんなのククになっていたのか。彼女は私と同じ年齢なのに、どうやってこの人たちの信頼をあつめてきたのだろう。ククは私の方へ振り向いて言った。

「カナン、あなたが見た奥の扉の部屋はおそらくこの世界の制御室よ。そこでかつて作業していた人も今理由があってここにいる。彼らはハッカーでもあるから、一定期間ごとに変わる奥の扉の暗証番号を、昨日つきとめたばかりなの。カナンには事がおこったらその番号を使って、その部屋に入る努力をしてほしい。私たちがここから離脱する時に、私たちと逃げたい人は助けたい。救命ベストを着て、海に飛び込んでくれたら助けることができる。でもその前に部屋のドアを施錠されたら逃げられないでしょ。それに酸素を止められたり、ガスを流されても困る。それに協力者が上にも数人いて、彼らを助けたいの。ここ数日彼らと連絡できなくなっている。そして私はセンターの言うことを鵜吞みにして、ぼんやり生きている人々もできるだけ多く助けたいと思っているの。わかるよね。だからその部屋に入って制御盤をコントロールできないように、何かで叩き壊してほしいの。彼らが言うには制御盤は物理的なショックで異常をきたすと、勝手に誰もコントロールできない自動運転に切り替わるらしいから。」

重すぎる指令だ。できる自信がまったくない。返事ができない。

「無茶なことを言っているのはわかっている。無理ならいいの。その時が来たら救命ベストを着て家族と海に飛び込んで。きっと助けるから。間違っても上に居残ることは絶対にやめてね。今日家族を連れて来なかったということは、まだ信用できなかったということよね。下より上の方が安全じゃないかと思っていたのよね。あなたは私との友情のためだけに、あの暗いトンネルを一人で下って来てくれた。でもカナン覚えておいて。他の誰かにとって安全ではない世界は、誰にとっても安全ではないのよ。」

そこでククの話は終わったようだった。私は気持ちの整理がつかない。重い沈黙がしばらく続いた。

「もっもぅもっ、もう彼女を上に戻してはいけないと思う。」

その中では比較的若い男の人が言った。分厚い眼鏡をかけている。ククに向かって続けて言う。

「きぅきっきぃ危険だよ。ぼっぼっ僕たちにとってもカナンさんにとっても。」

それだけ言って大きく息を吐いた。となりの太ったおばさんが彼の腕に優しくふれた。確かにそうだと数名から声が上がった。ククはしばらく考えてから言った。

「わかったわ。でもカナンが家族にこのことを知らせることはさせてあげて。そしてカナン、知らせたらすぐここに戻って。あなたは知りすぎている。たとえあなたの家族が誰も信じなくて、一人で戻らなければならないとしてもよ。私たちは明日の日の出とともに出航するから。」

私は驚いて尋ねた。

「このStを出ていくの?」

ククは首をふって答えた。

「いいえ。このステーション自体が陸地を探す巨大な船になるのよ。」


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