第15話

 スタジオについてドアを開けると、クオクが彼よりいくぶん年上に見えるきれいな女性と立ち話をしていた。その周りには、それぞれおもちゃをもった小さな男の子が二人、歓声を上げて走り回っている。クオクが私に気づいて言った。

「こんにちは、カナンさん、紹介しますね。この方はセンターのご家族の方です。今日はカナンさんにこの奥様と子供たちを描いてもらう予定です。」

その美しい女の人は私ににっこり笑いかけるとこういった。

「カナンさん、よろしくお願いしますね。」

「はい。」

私はとまどいながら答えた。クオクの絵がまだ終わっていないのに。そしてこの人はなんてきれいなんだろう、近づくとよりわかる。肌が陶器のようにすべらかで、大きなうるんだ瞳が輝いている。体のラインも曲線が美しく、余分なお肉はついていない。こんな人の横に並んだら、私はどれだけクオクの目に不格好にうつるだろう。それに楽しそうにさっき何の話をしていたのか気になってしまう。二人は前から親しい仲なのだろうか。ヤマさんが奥の小部屋から出てきて、その親子に慣れた様子でポーズの指示を与えだした。私はあわててイーゼルやキャンパスの準備にとりかかった。振り返ってヤマさんが私に言った。

「カナンさん、これは全体への奉仕の一部だよ。今まで習った技術でやってごらん。この方々はここには30分しか滞在できないから、写真は撮っておく。でも今本物を見て、だいたいの感じはとらえていてほしい。それと子供はじっとしていられないから、先に描きだすように。」

私はかしこまって立っている二人の男の子たちを急いで描きだした。座っている母親は後にまわした。男の子たちはお互い顔がよく似ていて、どちらも少しぽっちゃりしている。下の子どもはすぐに飽きて母親の膝の上にのってしまい、ポーズを変えて描きなおさなければならなった。上の子どもも20分のアラームがなると、どこかに行ってしまった。

「やっぱりこれが限界ね。いろいろとごめんなさい、カナンさん。」

母親が下の子どもを膝から降ろしながら、すまなそうに言った。

「いいえ、だいたいつかめましたから大丈夫です。」

母親は彼を上の子に預けてから近づいて来て、「ちょっといいかしら」と言いながら私の絵を見た。

「・・・すばらしいわね。本当にまだ中学生なの。信じられないわ。」

母親は本当に驚いているようだった。私も集中して描けたと思う。

「上の子と下の子の顔立ちの違い、雰囲気の違いを短時間で描き分けられるのね。そして私はなんだかさびしそうね。笑顔を作ったつもりなのに。」

そういって彼女は困ったように笑った。

「ご、ごめんなさい。」

私はあわてて言った。子供たちに意識がいってしまって、あまり母親の表情までじっくり見ていなかった。彼女は軽く顔を横にふって、微笑みながら言った。

「確かにこの才能を埋もらせておく手はないわね。あなたはSt1にいずれ暮らすことになるのよ、ご家族も一緒にね。それがあなたのためでもあるし、みんなのためにもなるのよ。」

初めて聞くことだ。私はびっくりして彼女を見返す。知らない誰かが、勝手に私たちのいないところで、大事なことを決めている。私は彼女に詳しく聞き返そうとした。その時、クオクがもうそろそろ時間ですねと言いながら、奥の部屋からやって来てまた母親と話をしだした。彼女は少しくたびれた母親の顔から、さっと華やいだ女性の顔になった。そしてヤマさんもやって来て、私の絵を見に来てくれた。彼はうまく描けているとほめ、またデッサンの狂いについて、少しアドバイスもしてくれた。

「本当に上手だねぇ。」

気が付くと私たちのすぐ後ろで上の子どもが私の絵を見ていた。私が礼を言う。

「これならお姉ちゃんも僕たちと一緒に地面に降りられるね?」

「どういうこと?」

私は男の子に聞いた。

「知らないの?もうすぐ神様が来て僕たちを地面に降ろしてくれるんだよ。」

さも当然のように、誇らしげに男の子は言った。私は思わずヤマさんの顔を見た。聞こえてないのだろうか、絵をじっと見ている。ヤマさんは耳が少し遠いのだ。

「僕たちって誰のこと?誰がその話をしていたの?」

私はかがんで男の子と目線を合わせ、矢継ぎ早に聞いた。

「・・・わかんない。」

男の子は不安な表情で答えた。母親が子供たちを呼び寄せ、にこやかに別れの挨拶をして出て行った。ヤマザキさんはすっと奥の部屋に入ってしまい、クオクと二人きりになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る