第9話 私からのお中元です。

お盆にもなると少しずつ日が短くなり、19:00にもなればかなり薄暗くなる。


閉店時間の20:00まではおばあちゃんがお店に出てくれることになった。


私は少しだけお色直しをして店前で美澄さんが来るのを待った。


美澄さんは藍色の浴衣を着て来てくれた。


「美澄さん、素敵ですね 」

「いや、それほどでもないです。でも褒められるとうれしいものですね 」


リーンと軒先の風鈴が鳴ると、パチリ パチリと子供たちがもつ線香花火が小さくはぜる。


「綺麗ですね 」

「僕たちもやってみましょう 」


「そうですね 」


無音が聞こえてくるような静寂。


パチパチと小さな火花から少しずつパチリ パチリ....ささやかで華やかな線香花火。



私の花火。と、美澄さんの花火。



先に落ちたのは私の火玉だった。


「あっ、負けた 」

「ははは 」


子供たちの花火の時は尽きない。


美澄さんはビールを一口。

私はラムネを一口。


「どちらにせよ。シュワシュワですね♪」


そんなたわいのない会話の節目で私は切り出した。


「ちょっと待っていてくださいね 」

「はい 」


私は緑の包装紙と黄色のリボンを巻いた本を後ろに隠した。

「あの....あのですね。 実はこの前、神保町に用事があって、そこでたまたま見つけました 」


本を受け取ると美澄さんは驚いていた。

「これ、僕にですか? 」


「はい 」


「開けてみてもいいですか? 」


「はい 」

どんな反応が見られるのかドキドキしてきた。


ササッ、ササッと静かな音でその指がひとつづつ包装紙を解いていく。


出て来た本を目の前にかざして美澄さんは素敵な笑顔をくれた。


「これは! 僕が探していた....」

「はい。遅くなりました。ご注文の本です 」


「万理望さん、ありがとう。おいくらでしょうか? 」


「あ、あの.. これはお代はいらないです.」


「でも、そういうわけには....」

「これは....これは..そう、私からのお中元だと思ってください 」


「お中元? 」

「そ、お中元です! 」


「あはははは。 万理望さん、ありがとう。では、遠慮なくいただきます 」



「はい 」



線香花火の音が途切れると遠くの草むらの鈴虫の声が聞こえてきた。

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