第39話 決着

 それからどれくらい時間が経過しただろうか。


「ハァ……ハァ……」


 全力を振り絞り続けたことで息は切れ、手足は重く頭は朦朧とする。

 その上致命傷はないが全身に傷を負っているおかげで痛みもひどい。

 治癒魔術を受けられれば回復できるだろうがヤツがそれを許してくれない。


「ゼェ……ゼェ……」


 赤いヤツもかなり参っているようだ。

 証拠に片方の翼と左手首を切り落とされたまま再生できていない。

 あと一歩を詰め切れず膠着状態と言ったところだ。

 一人で仕留め切れなかったのは公約破りだが最低限の仕事はできたはず。


 既に戦況は決した。

 かなりの被害は出したがオレたちの勝利だ。

 モンスター軍団は残すところ100体程度。

 夜を徹して戦い続けたおかげで空がうっすら青くなってきている。


「マサカ、ココマデテコズルナンテ……」

「人間を舐めるなよ、おしゃべりが。そのくせ言葉の使い方を知らないな。手こずるなんてのは勝ちそうなヤツの言うセリフだよ」


 オレがそう指摘するとヤツは肩を震わせて笑う。

 そしてねっとりとした口ぶりで、


「シッテル。オマエラハ、コレカラ、マケルンダカラ」


 と言って遠くの地平に視線を向けた。

 釣られて同じ方角を見ると、背筋に悪寒が走った。

 最初、地平線が揺れているように見えた。

 地を這う毛虫のように小さくうねうねと。

 しかし、そのうねりが徐々に近づいてくるのに気づいて絶叫した。


「援軍だとーーーーーっ⁉︎」


 壁に残っていた軍の観測兵が望遠鏡を向ける。


「敵襲確認‼︎!数は…………一千……いや、二千‼︎ 二千以上の大群です‼︎」

「バカっ‼︎」


 観測兵の報告にみんな動揺した。


「二千⁉︎ 今日襲ってきた奴の倍じゃん⁉︎」

「嘘だろ嘘だろぉ! こっちは満身創痍だぞ‼︎ いくら夜戦じゃないからって壁も破られて戦えるわけない!」

「お、オレは下りるぜ!」

「バカ! 持ち場を離れるな‼︎」


 そりゃあパニックになるさ。

 ここまで気力で持ち堪えてきた連中におかわり突きつけられたらな。


 夜が明け、あたりが明るくなっていく。

 それに連れて遠くのモンスター軍団の全貌が明らかになっていく。

 二千ですら楽観的な数字に思える。

 飛行型のモンスターも大型のモンスターも多数確認できる。

 万全の状態でさえ勝てる見込みは少ない。

 赤いヤツは満足げに笑い、手と翼を生え直らせた。

 本当に面倒な回復速度だ。こっちは身体も心も限界だってのに。


「サア……シネエッ‼︎」


 爪を構えて襲い掛かってくる。

 絶望的な戦況に心が折れ、蓄積した疲労とダメージが噴き出した。

 もう防御も回避も間に合わない。


 ここまでか――――とあきらめかけたその時だった。



 にょん。



 と音がしたかと思うと視界が瞬時に切り替わり、赤いヤツが狼狽えているのを二十メートルくらい高いところから見下ろしていた。

 そして足はどこにもついていない!

 オレは、今……宙に浮かんでる?!


「うわ! わわわぁあああああああ‼︎」

「落ち着けよ。離したりなんかしないから」


 戦場で発せられたとは思えないほど落ち着いた声にオレの判断力や感情が全部捕まった。

 気づけば空に浮かんでいる彼に鎧下の後ろ襟を掴まれていてオレは猫のように吊るされていた。


「アーリマーか。あんな高レベルのモンスターが地上に出てくるなんて想定外もいいところだ」


 彼は面倒そうに呟く。

 するとアーリマーと呼ばれた赤い奴がこちらに気づき、羽を羽ばたかせて飛んできた。

 慌てて剣を構えようとするが、それよりも早く、


「こっちくんな」


 なんと、アーリマーの爪を避けて蹴りを腹にぶち込んだ。

 蹴り飛ばされた奴は砲弾のように崩れた瓦礫に突っ込んだ。纏うローブから魔術師と推察できる。

 なのになんてパワーだ。


「よし。あとはお前に任せる」

「は? オレに?」

「僕は僕でやることがある。大丈夫さ、お前らなら」


 彼の言葉どおり、バラバラになって戦っていたアオハルのメンバーが集まってきた。

 アリサが傷だらけのドンやニールを回復させている。

 グラニアが死んだ弓士の矢筒をクイントに投げ渡した。


「後のことは後で考えやがれ! とりあえず目の前のコイツをぶち殺すぞ‼︎」

「うおおおおおおおおっ‼︎」


 ニールが吠えてドンが応える。


「さあて、お手並み拝見だ。三年間でどれだけ強くなったかな」

「やっぱり、アンタは————」


 オレが問おうとした瞬間、彼は手を離した。

 地面に引かれるように落下していく。

 だけど体には力がみなぎっている。

 気づかないうちに治癒魔術をかけられていたのだろう。


「いくぞおおおおおっ‼︎ アオハルーーーーーっ‼︎ ファイっ‼︎」


 オレは号令をかけながら剣を構えてアーリマーに襲いかかった。

 全力の剣戟にさしものアーリマーも臆したのか、距離を置くように後退する。

 しかし、


「逃げんなよ」


 クイントの放った矢がアーリマーの太ももを貫く。

 一瞬怯み動きを止めた奴の首にグラニアが放った鞭が巻きついた。


「ドンちゃん! お願い!」

「任された————ぞおおおおっ‼︎」


 鞭の持ち手を受け取ったドンが頭上でアーリマーを振り回し、地面に叩きつけた。


「行くぞコラああああああっ‼︎!」


 仰向けになったアーリマーの腕をナイフで切り落とすニール。


「ギエエアアアアアアアアアアアッッッッッ‼︎!」


 凄まじい悲鳴を上げたかと思うと奴の体を中心に竜巻が巻き起こり、ニールが吹き飛ばされた。


「チッ! これだから魔術使う奴は嫌いなんだよ‼︎ ドン! レオ! 合わせろっ‼︎」


 ニールは着地するとオレの手を引いてドンに向かって走り出す。


「これでしまいだっ‼︎」

「ぬおおおおおおおおおっ‼︎」


 ドンの肩を踏んで飛び上がるニール。

 そのニールの足をドンが力任せに拳で押し出して空へと投げつけた。

 ニールはオレを連れて空高く飛び上がり、その高さはアーリマーの竜巻をも超えた。


「「くらえええええええええ‼︎」」


 最高到達点で今度はニールがオレを地面に向かって投げつける。

 オレは剣を前に突き出し、竜巻に護られたアーリマー目掛けて突っ込んだ。


 一人では到底出すことができない威力を持った合体攻撃。

 それは魔力の竜巻を突き破ってアーリマーを貫くに足るものだった。


「ゲ……バ……」


 喉笛を貫かれたアーリマーはついに絶命した。

 オレは剣を突き上げて勝鬨を上げる。


「敵の指揮官はアオハルのレオが討ち取ったぞ‼︎」


 すると傷だらけの仲間たちが喝采を上げる。

 気づけば周りのモンスターは全滅していた。


 これで、これで終わりならどれだけ綺麗なハッピーエンドだろう。

 だけど現実は今退けた大群以上の大群がすぐそこに迫っている。

 一時間もたたないうちに奴らは疲弊しきったオレたちを呑み込むだろう。

 この街と共に。


 逃げるか?


 この戦いを経てオレはきっと強くなった。

 ここで生き延びられればもっと強くなれる。もっと戦える。


 だけど————戦うことができない人々を見殺しにして生き延びて、その先で本当に笑える日が来るんだろうか?

 オレはそう思えない。だから、最後まで戦い抜くしかない。それがオレの生き方だから…………

 覚悟を決めて立ち上ろうとしたが、空に浮かんでいる彼から声をかけられた。





 半壊した城壁の上でオレたちは迫り来るモンスターの大群を睨んでいた。


「しかし、なんの真似だ? 全員を城壁の内側に避難させるなんて。このままモンスターが到達すれば市街地での戦闘になり非戦闘員を巻き込んでしまう」


 クイントがボヤくとニールは気だるげに言い返す。


「どの道あの大群を外で押し返す力はねえよ。アイツのことだ。それなりに考えがあってのことだろ」

「……やっぱり、アイツってそうだよね?」


 二人が俺に視線を向けるので肯定の意味で首を縦に振る。

 金色の刺繍の施された漆黒のローブ。

 禍々しい竜の瞳のような深紅の宝玉を備えた杖。

 装備品は違うし、アーリマーを蹴り飛ばすほどの身体能力も見覚えがない。だけど、彼が居てくれることの安心感がオレに感づかせる。


「帰ってきてくれたんだね」




「《開け冥界門、その深淵に流し込むは無量の暗黒、光すら飲み込む漆黒の濁流はすべてを無に帰す》」


 空に浮かんだ彼の詠唱が始まると、時が遡るように白みかけていた空が暗くなる。

 そして、大地に葉脈のような夥しい数の紫の光が走り進撃するモンスターたちに戸惑いが生まれた。


「《堕ちよ。落ちよ・墜ちよ。すでに鎖は断ち切られた。顕現する地獄の釜は生きとし生けるものを赦しはしない》————【シャドウゲイト・レーヴァテイン】」


 瞬間、大地に漆黒の孔が空いた。


 光さえも飲み込む不自然なほどの真っ黒な穴。

 その上にいたモンスター達は底なし沼に沈むように引き摺り込まれる。

 飛行型のモンスター達は難を逃れたかと思ったが孔から伸びる黒い手のようなものに絡みとられ沈められる。


 信じがたい光景だった。

 オレたちを絶望のどん底に落としたモンスターの援軍が数秒の間に全滅した。

 城壁の上でその光景を見ていたものすべてがあんぐりと口を開けていた。



 一発逆転の必殺技である魔術。



 それの極限とも言える超広範囲の極大術式はまさに天災。

 魔術の発動が終了すると帷が上がるかのように世界は青空と日光を取り戻した。


 宙に浮く彼が目深に被ったフードは風で払われ、その顔貌が明らかになった。

 三年という時間の経過がそこにはあったけれど、彼の面影がそのままだったから、声が先に出た。


「アーウィンさんっ!」


 彼の名前を呼ぶと、困ったような顔をした後、照れ臭そうに微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る