第32話 騒動の始末
ジュードのしでかした事は極めて矮小化されて内密に処理された。
怪我人は僕たちだけだったし、正規軍の騎士が国の指定薬物を街中で使用したことを公にして要らぬ混乱を招きたくなかったからだ。
不満が全くないといえばウソになるが、ジュードは十分すぎる罰を受けている。
イルハーンの剣は強力なモンスターを殺すため、さまざまな付与効果が備わっている。
そのひとつが再生不能付与。
その刃で創られた傷は回復しない。
人間相手に使えば治癒魔術を受け付けないということだ。
そのままだと出血多量で絶命するところだったが、二の腕を普通の武器で切り落とすことにより、その部分で止血を行ったため死には至らなかった。
処置のための激痛もさる事ながらそれ以上にジュードを苦しめるのは両手の欠損だ。
魔術師にとって両手は魔力の放出口であり、それを失うということは魔術師としての死を意味する。
一方で騒動の当事者である僕も保安官の詰所に拘留され、口裏の合わせ方を授けられた挙句、何故かイルハーンの尋問を受けていた。
「ようやく学歴に見合った注目のされ方をしているな」
「勘弁してください……僕はただ降りかかる火の粉を払っただけで」
「払い方が派手過ぎだ。全属性習得なんて馬鹿げたビルドだと思ったが、これを狙ってのことだったんだな。アレクシアめ」
「えっ……⁉︎」
アレクシア。
その名前に僕は聴き覚えがあった。
「どうして僕の師匠の名前を⁉︎」
「学院に入学させるには素性を洗う必要があるだろう。特待生が幼少期に師事していた人間なんて真っ先に見るところだ。危険な思想を植え込まれていないかとかな……まあ、そういう意味ではお前を入学させた連中の目は節穴だな」
「あなたはアレクシアを知っているんですか?」
「昔の女だよ」
「ええっ⁉︎」
「冗談だ」
「このやりとり意味ありました?」
からかうようなイルハーンの言葉に少なからず苛立つ。
僕にとって師匠、アレクシアの記憶はあまりイイものではないから。
「アイツは変人だが魔術師としては破格の天才だった。子供の家庭教師などするタイプではないのだが、お前の魔術を見てアレクシアの仕業だとはっきり分かったよ」
「さっき行使した黒い魔術のことですか?」
「そうだ。通常の魔術体系には存在しない番外属性というやつだな。魔術は門外漢だが、アレがヤバいものだってのは分かる。暴走した召喚獣を真っ向から消滅させるなんて火力、魔力消費が激し過ぎて普通発動できないだろう。並の魔術師の十倍以上の魔力量を秘めているような化け物でもない限りな」
その数倍はあるだろうけど、曖昧に返事して誤魔化した。
「もしかして、師匠が中級魔術を習得させず初級魔術を幅広く教えたのは」
「違う属性の魔術を使いこなしていると魔術神経の最適化が行われない。つまり魔術行使の際の負荷が減らない。筋肉が痛みながら育つように、お前の魔力量は複数属性の術式の酷使によって得られたものだ」
……あのヤブ教師の常識はずれの訓練にも道理があったということか。でも、
「あなたが知っているのならトーダイの教員たちも知っているんじゃないのか? どうして強力な魔術を習得できるチャンスがあるのに手を出さないんだ」
「必要ないからだ。一点特化の教育方針で行けばある程度の才があれば上級魔術にたどり着く。そして上級魔術以上の威力を求める敵なんぞ、そうそうはおらん。下手に複数属性習得なんてやればこないだまでのお前と同様、器用貧乏に初級魔術しか使えない無能に終わる。そもそも番外属性が発現するなんてのは魔術師千人集めて一人いるかどうかだ。親から授かった才能に感謝しておけ」
才能……か。
才能によって人生を狂わされ、見切りをつけなくちゃいけなかった僕がここにきて才能を評価されるなんて。
人生ってよく分からないな。
尋問が終わり、解放された僕をみんなは屯所の出口で待っていてくれた。
「出てきたっ! おつかれ〜!」
「お務めごくろーさん!」
「メシ食いに行くゾ! ニールの奢りで!」
「ふざけんな! テメーの分は出さねえよ!」
「お咎めナシ、ってことでイイのよね?」
「でなきゃ、みんなで殴り込みだよ」
口々に喋るから賑やかなことだ。
「大丈夫。何もなかったように過ごせ、ってさ」
僕は嘘をついた。イルハーンは最後に僕に忠告した。
『特別な力を得たお前の人生は今までとは違うものになる。自分が暴走する危険。他者に利用される危険。そういうものと隣り合わせであることを実感していく。そしてその特別さはお前を孤独にする』
レベルが上がったり、ランクが上がったりするのは大歓迎だ。
だけど、コイツらとずっとパーティを続けていたい。
そんなことを考えるようになったことが、何よりもの変化なんだろうけれど。
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