第15話 冒険者になった理由
僕たちのために開かれた宴は飲めや歌えやの大宴会————とはならなかった。
村を脅かすゴブリンを退治できたのは良いが村の娘が犠牲になってしまった。
生きてはいるものの心に深い傷を負い、目覚めてからもロクに口を聞いていないらしい。
アオハルのみんなもそのあたりのことを分かっているから食事を腹一杯詰め込んだ後はお酒はそこそこに用意された客間に入っていった。
レオから声をかけられたのはちょうどその時だった。
「疲れているところ悪いね。大丈夫? 魔力枯渇だっけ?」
「ああ。もう回復しはじめている。一眠りすれば満タンとはいかなくても半分くらいは貯まるだろう」
「あれの……半分か。ねえ、アーウィンさん。どう考えてもあなたは落第生やレベル1の三流冒険者として扱われる人間じゃないよね」
「へえ、今日初めて冒険したばかりなのに見る目がある」
「茶化さないで。魔術師が使える魔術は原則一系統だ。複数属性を使える魔術師はいなくないけれど、炎と氷のように相反する属性を実用レベルで使えるなんて聞いたことない————————ってアリサが言ってた」
「なんだ受け売りか」
そういえば彼女は別れた夫に治癒魔術の使い方を仕込まれていたんだっけか。
「素人目でも分かったよ。アリサは治癒魔術を一日に五回しか使えない。だけどあなたは僕たち全員を瞬時に回復させてモンスターの群れを真っ向から迎撃していた。何十回魔術を行使したんだよ」
そりゃあね。何の才能もない人間を招くほどトーダイ学院の敷居は低くない。
「僕の魔力量は多分、レベル5の魔術師と比べても多いと思う。才能があったし、幼少期に家庭教師に徹底的に鍛えられたから」
「へーっ。環境に恵まれて羨ましいことだ。こちとらみんな親無しの上、学校も行かせてもらえなかったからね」
レオには何の悪意もない。
だから、僕の胸にたまるわだかまりをぶつけるのは理不尽だろう。
そう思って口をつぐんで俯いた。
しかし、
「またそれかい? 言いたいことがあるなら言いなよ」
レオが不満げにそう言ってきた。
こちらの心が見透かされたようで狼狽えてしまう。
「いや、だって」
「そりゃあオレたちは酒好きでやかましいし、しょうもないことで大騒ぎしてとりとめもなく笑い話しているけどさ、二人きりの時にじっくりと語り合うくらいの品性はあるよ。だから、話すのが無駄かどうかをあんた一人で決めないでくれ」
椅子の背もたれを抱き抱えるようにして座るレオ。
星を沈めた湖のような瞳が僕をまっすぐ見つめている。
そのあまりのまっすぐさは嘘やごまかしを許してくれそうにない。
観念した気持ちで僕は語り始めた。
「僕に魔術の才能があると分かった父親は大金を叩いて魔術師を雇い、僕の家庭教師にした。しかも住み込みだったから朝から晩までずっと休むことなく勉強と鍛錬をしなきゃいけなかった。おかげで僕は幼年学校にも通わせてもらえず、友達も作れなかった」
「ええ……いや、俺たちみたいに貧乏で街から離れたところに住んでいたのならともかく、金があったなら街に住んでいたんだろ?」
「父は商人だった。解体されたモンスターの素材とそれを欲しがる者との間を仲介し、利益を得る仲買人という仕事で荒稼ぎをし、並の貴族すらも上回る財を一代で創り上げた。一方で『どれだけ金を手に入れても所詮、生まれは卑しい成金』と陰口を叩かれることが我慢ならなかった。そんな父にとって僕が魔術師になることは重要だった。魔術の才能を持つ者の多くは貴族だし、中でも高名な魔術師を排出した家は良い血統だと持て囃される。僕がこの国の魔術教育機関の最高学府であるトーダイ学院に入学することはその一歩だったんだ。子供が遊びや学校を通して友達を作り社会性を高めていく時期に僕は外界と遮断され家庭教師と魔術の鍛錬を施されていた。何も楽しいことなんてなかった。新しい魔術を覚えても褒められるわけでもないし、それを磨くためにどんどん修行は厳しくなっていく。魔術のまの字も知らない父が家庭教師の報告を受けて僕を罵倒したり折檻したりする。飯を抜かれることもザラでそれが嫌だから眠る間を惜しんで勉強した。子どもというより従業員みたいな扱いさ。父の商会の歯車。利益をもたらすための道具の一つ。それでも羨ましいと思えるかい?」
僕の口から語られる幼年期の記憶にレオの表情が強張っていく。
どうやら彼が思い描いていた恵まれた環境とは全く異なっていたようだ。
それで大成していたならよかった。
後の苦労を先に買っていたと言う話だから。
でも、そうはならなかった。
「最悪だったのは僕の家庭教師が…………とんだヤブだったことだ! こっちが門外漢の平民だと思って無茶苦茶な方法で僕を指導したんだ! 本来魔術師は強力な魔法の一撃を放ち、大物のモンスターを退治したり、広範囲を攻撃するものだ。なのにアイツは次から次へと違う属性の魔術を覚えさせるからどれも初級までしか使えなかった。器用貧乏ってヤツだ。魔術師は中級魔術が使えなければ話にならない。だから学院は落第した。冒険者になってからもそうだ。中退とはいえトーダイ学院にいた魔術師だ。最初の方はパーティによく誘われたさ。だけど、初級魔術しか使えないと分かればすぐ手のひら返し。『トーダイ卒は実戦で使い物にならねえ!』って何度も何度も言われたさ。僕は……僕は決して優秀な魔術師なんかじゃない‼︎」
アオハルのみんなはまだ僕の価値の無さを理解していない。
でも、経験を積んで誰かと比べるようになれば気づくだろう。
そして僕はまた、あの失望の目を向けられる。
そんなことになる前に————
「それでもオレたちにとってアーウィンさんはヒーローだよ」
レオがいつもよりも少し高い声で語りかける。
同時に僕が握りしめている拳が彼の手の温もりで包まれた。
「ゴブリンに押さえつけられて身動き取れなくなってる時、本当に怖かった。命を懸ける覚悟をしていたつもりなのに死にたくないって気持ちがすごくて、もう少しで泣き喚いてたかもしれない。だけどね、アーウィンさんが颯爽と現れた時、不思議と確信したんだよ。助かった、って」
星空を映すように光る瞳が僕に向けられる。
形のいい鼻梁や唇に目が吸い寄せられる。
僕は同性愛に興味はない。
なのに、レオの中性的な美貌は僕の理性を惑わせる。
胸が痛いほどドキドキして手に汗が湧いてくる。
そんな煩悩だらけの僕の内心など知る由もなく、レオは気軽なスキンシップを織り交ぜながら僕を励ます。
「中級魔術が使えない? あの時、オレたちに必要だったのは数発しか撃てない必殺技を持った魔術師じゃなくて多彩な技を持っていて、冷静で頭のキレる魔術師だよ。多分、あの状況であなた以外にオレたちを助けられた魔術師っていないと思う」
その言葉にハッとさせられた。
魔術師はパーティの切り札。
一撃必殺だがそれを効率的に運用するためには介助と揶揄されるほど他のメンバーが身を挺して護り、力を温存させなければならない。
多分、あの状況では敵を蹴散らせはできてもレオたちの救出はできなかった。
使えないトーダイ出身者のレッテルを貼られて、しかもコミュニケーションが上手くない僕をパーティに誘う冒険者仲間はいない。
だから僕はソロで冒険者活動を始めた。
無謀だとヒッチからは何度も止められた。
それもそのはず魔術師は魔術が使えなくなればただの人。
戦闘能力を失ってしまう。
レベル2の冒険者が初級魔術だけを行使しても十発撃てれば上出来。
それも属性の相性が悪ければ役に立たない。
でも僕にはその弱点だけは打開できた。
初級魔術を一〇〇発は行使できる魔力量。
どんな属性、どんな状況にも対応できる多彩な習得魔術。
何度も出来損ないの烙印を押されていたのにそれでも僕は自分の可能性に縋りつこうとしていた。
思い出した。
僕は、特別な人間になりたかった。
自分の才能を足がかりに、他の誰にもできないことを成し遂げたかった。
そのために魔術の才を生かすことができる冒険者という仕事を続けていたんだった。
「そうだった……僕も自分のことをすごい奴だと思っていたから冒険者を続けていたんだった」
「ハッ、なんだそれ。自分の気持ちとか一番大事なヤツじゃん。忘れちゃダメだろ」
レオが僕の胸を小突いた。
ちょっと荒っぽくて距離の近いやり取りに感動しそうになる。
遠くに見えたレオたちの世界に立ち入れた気がした。
「じゃあ、自他ともに認めるすごい魔術師のアーウィンさん。お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ま、まあ僕のできることなら…………」
しまった。レオのペースに巻き込まれてしまっていた。
コイツはいったい僕にどんな面倒なことを————
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