第13話 全力の戦い

 ハイゴブリンにヴォーパルラビット。

 このあたりのモンスターのレベルはダンジョン表層相当。

 ならば初級魔術でも十分に対処できる相手だ。

 とはいえ、普段ならできる限り関わりたくない。


 魔術師のソロクエストは常に死と隣り合わせ。

 低い防御力に運動性。魔術の使える数は限りがあり、それを使い切った後は一般人と変わりなくなる。だから僕は慎重に慎重を重ねていた。

 魔力の残量が残り半分を切ったら撤退していたし、一撃で仕留めきれないようなモンスターには決して戦いを挑まない。


 まだ、自分のルールを守れている。

『魔術師が死ぬのは大抵自分のルールを破った時だ』

 あのにっくき師匠が言っていたセリフを反芻する。

 勢いで行動してしまった自分の判断が間違っていないと言い聞かせるために。



 パーティメンバーといえど僕はギルドに命令されてこいつらの教育係をやっているだけで仲間でもなんでもない。

 助けたことで感謝はしてくれるかもしれないけど、そんなの命を賭けるリスクに見合わない。

 そういうしがらみが嫌だから僕はソロという立場を取ったはずだ。

 決して「トーダイ卒のくせに使えねえなぁ」とか言ってくる無学な冒険者連中の蔑む目に耐えられなくなったからじゃない。たぶん。



 最後尾で後ろを確認しながら走っている僕は追撃がないことに安堵しはじめていた。

 あと少しで扉に辿り着く。

 そこまで逃げ切れば————


「うあああああああああああ‼︎ なんでコイツがここにいいいいっ⁉︎」


 ドンの悲鳴が聞こえてきたかと思うと、前を走ってた連中が引き返してきた。

 何事か、と前を見た瞬間、息を呑んだ。


「グルルルルルルゥ……」


 黒く長い体毛を纏った大型モンスター『ブラッド・ハウンド』。


 コイツら、コレと会敵して無事だったのか。

 運のいい奴らだ。


 毛に覆われた顔面の下に隠した巨大な顎は鋭い牙が並んでおり、鋼の鎧すら噛み砕く。

 敏捷性こそ難があるが、まともにやり合ってはレベル2の冒険者で構成されるパーティすら全滅する可能性が高い強敵だ。

 さすがのレオも顔を引き攣らせ、助けを乞うように僕に言う。


「ひっ、引き返そう!」

「無理だ。出口に向かう道はここしかない。後ろはモンスターの群れが迫ってきている」


 魔術師はクレバーに。

 即座に状況を分析して、的確な判断をしなければならない。

 連中を押し退けて前に出た僕は、ブラッド・ハウンドに相対する。


「まずは! 【ブラスト】!」


 突風がブラッド・ハウンドに襲いかかる。

 その巨体は身じろぎもしないが、動きは止まった。


「【ファイア・アロー】! 【ファイア・アロー】!」


 ゴブリンの首を焼き切る火の矢だが、体毛を焼く程度で怯みもしていない。


「ダメだ! 歯が立たねえ!」

「うるさい。黙っていろ。【ファイア・アロー】! 【ファイア・アロー】!」


 バカの一つ覚えみたいにファイア・アローを連発する。

 ブラッド・ハウンドの魔術耐性は高い。

 中級魔術でも数回なら耐えられる。

 初級魔術しか使えない魔術師の手に負える相手ではない。

 だけど、


「【ファイア・アロー】! 【ファイア・アロー】! 【ファイア・アロー】!」


 多くの火矢が刺さり、ブラッド・ハウンドの体は炎に包まれ始めた。

 それでようやく奴は自らの体の異変に気づいたことだろう。


「あれ……息が上がり始めていない? あの細い火矢が効いているの?」


 首を傾げたのはグラニア。

 残念ながら火矢は効いていない。

 初級魔術の炎で奴を仕留めるのは困難――――だが、炎には別の攻撃方法がある。


「グガアアアアアアアッ‼︎」


 ブラッド・ハウンドが大きく口を開け吠えた。引っかかった。

 奴の大きな口から流れ込むのは熱された熱い空気と奴の毛が燃えて発生する毒気。

 火事の時に人間は火に焼かれるより前に、家が焼けて発生する毒気にやられて命を落とす。

 特にブラッドハウンドの毛は耐火性に優れる反面、熱を受けると頭の痛くなる匂いを発する。

 頑強な身体を持っているようだが、毒に対する耐性まではない。

 悶絶しながらこちらに向かってくるブラッド・ハウンド。


 ここからが正念場だ。

 奴の命が尽きるまで————放て!


「【ロック・シューター】! 【ロック・シューター】! 【ロック・シューター】! 【ロック・シューター】! 【ロック・シューター】! 【ロック・シューター】!」


 僕の使える魔術の中で最も足止め効果の高いロック・シューターを連発する。

 石の塊が頭に直撃するたびにブラッド・ハウンドは動きを止める。

 そしてどんどん毒気が身体を回る。

 すでに脚はガクガクと震え始めている。


 だけど、こっちも余裕はない。

 僕たちを追っているハイゴブリンたちがそろそろ追いついて来る。

 それまでに仕留めきれなければ終わりだ。


「クッ……【ロォッック・シューター】!」


 普段より魔力消費が激しい。

 緊迫感のせいで魔術の発動が雑になっているのか。


 落ち着け。


 息を整え、冷静に、自身の体内にある魔術神経と魔素を過不足なく共鳴させろ。


「【ロック・シューター】! 【ロック・シューター】!」


 放った石飛礫がブラッド・ハウンドの膝に直撃した。

 フラついていた脚が折れ、地面に這いつくばる。

 だがこっちも限界だ……目の前が霞んで……


「アーウィンさんだけに戦わせるな! 行くぞ!」


 レオがそう叫んで僕の前に出た。

 炎に包まれ燃え盛るブラッド・ハウンドに臆することなく突っ込み、剣をその口の中に突き立てた。

 さらに、グラニアが持っていた槍を投げ、それをニールが空中でキャッチし目に突き立てる。


「ドン! ぶちかませええええええええっ‼︎」

「ガッテン‼︎ ぬおおおおおおおおっ‼︎」



 剣と槍が突き立てられ脆くなっていた頭蓋にドンの渾身の力を込めた棍棒の一撃が打ち込まれた。


 ブラッド・ハウンドが絶命したのを見届けた瞬間、僕の目の前が暗くなり、その場に倒れた冷たい岩の床の感触が頬に当たる。

 まるで身体が他人のものになってしまったかのように動かせない。

 魔力の貯蔵量だけは自信があったのに魔力枯渇を起こすなんて……


 ドドドドドドドドドド————


 床を蹴りつける無数の足音。

 背後からモンスターの群れが迫っている。

 早く逃げたいのに僕は動けない。


「マズイ! 追いつかれる! 早く逃げろ!」


 レオがそう叫んで、走っていく。


 ちょっと待って……僕を置いていかないでくれ!


 遠ざかっていくレオの姿に、僕は絶望した。


 そりゃそうか。


 奴らは一回死にかけてるんだ。

 もう綺麗事や無鉄砲な正義感に突き動かされるほどバカじゃない。

 動けない魔術師なんか捨てて当然だ。

 ハハ……奇しくも僕は教育係として奴らに冒険者の心構えを教えることができたわけだ。

 ちっぽけな成果だけど……僕にしては上出来じゃないか。


 僕は勝手な自己満足をして、自分の人生の締め括りをした————つもりだった。


「チッ! 世話が焼けるぜ‼︎」


 僕の身体が浮かび誰かの肩にもたれかかった。


「早くこっちへ!」


 レオたちが扉を開けて僕らを待っている。


「うおらアアアアアアアアアッ‼︎!」


 僕に肩を貸しているのはなんとニールだった。

 こめかみに青筋を立てながら雄叫びを上げて僕の身体を全力で運ぼうとしている。


「まさか君が助けてくれるとはな……」

「あ? 文句あんならモンスターの群れに投げ込んでやろうか?」

「いや、そういうわけじゃなくってその」

「アアアアアアアア‼︎ うっせえうっせえ! お前のそういうところホントムカつくわ! これで貸し借りなしだ! 次は助けてやらねえからな!」


 雪崩れ込むように僕とニールが扉の外に出るとすぐに扉は閉じられた。

 真っ暗闇の洞窟の中でレオが松明に火をつけて人数を確認する。

 全員無事に脱出できたようだ。


「良かったぁ……」


 胸を撫で下ろし安堵の声を上げたレオ。


「まだだ、警戒を怠るな」


 僕の放った言葉に弾かれるようにみんなは身構えた。


「オイオイ! 今度は何が————」

「いや……もしかするとゴブリンの討ち漏らしがいるかもしれないから注意しろって意味で……」


 そこまで警戒するレベルではない。

 ダンジョンの扉は扉の形をした結界の起点だ。

 扉の内側のモンスターが制約なしに自由に出入りできるのならこの洞窟はゴブリンシャーマンが仕切っているということもない。

 おそらく、追手はここまで来れないということだ。


 こういうところかな。

 僕がニールをイライラさせるのって。

 恐る恐るニールを見るとやっぱり呆れたようなため息を吐いていた。

 だけど、


「ま……気をつけて損はないか。こっちも消耗しきってるしな」


 と僕の言うことをバカにするでもなく、素直に聞き入れてくれた。

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