第14話 命旦夕に迫る

(此処では立木が邪魔をする…… )

―――仕方ない誘い出すか……


 眼前で殺伐激越さつばつげきえつに立ちあらぶる竜巻の中に、輝きを放つ何かが見えた、それはいつ放たれたのか、エマの円月大輪チャクラムが暴風の回転に合わせ死神と踊っている。


(あんな物、触れたら一瞬で両断されちまう)


 ―――――⁉


 すると竜巻が激しく左右に揺れ始め、やがて大きく蛇行し周りの大木をも軽く飲み込む。


「おいおいおい、まずいぞ、手に余してる? 」

―――エマは何処だ? 真逆まさか竜巻の中なんて言わないよな……


(いや抑々そもそも、エマがこんな息吹いぶきを使えるなんて)


「対応しきれん」


 俺は命の危険を察知するときびすを返し、浮きだつ木の根を幾つも飛び越え走り出す。すると突然、後方の竜巻から二枚の光輪が一気に飛び出し俺に襲い掛かる。


 なっ―――――


 目にも止まらぬ速さでかすめると、目前に迫る大木に閃光を刻む。たまらず大木は根本の辺りからずれ始め、ドドンと地鳴りを轟かせると、突如とつじょ、目の前の視界が広がった。


「森が抜けた!! しかしとんでもない威力だ」


 俺は塵埃じんあい舞う中、倒木を伝い目を凝らす。すると薄っすらと何かの影が見えた。その後ろに小さな影も確認出来る。


「ん? あの大きさは大熊か? 側に居るのは…… 」

―――人⁉ 馬をかばってるのか?……


(襲われている⁉ )

―――あれはきっと俺達が原因だ、軽率過ぎた俺達の責任……


「まずいな、禍根かこんは断たねば」


 状況を理解するより先に身体が反応した。倒木を飛び降り脚を踏み出す。被害の拡大をこれ以上広げない為にも、一瞬でけりをつける必要がある。後に続くエマは待ってはくれない。


 良く見ると大熊の右の眼球に矢がその意思を示している。いい腕だ、俺であっても急所を射貫くには、わずかに訪れる好機を狙う必要があるというのに。などと感心をしていると、世話になった怖がりな大熊で無い事に気付く。


 ―――彼奴あいつはもう少し小さかったはず……

俺は少し安堵あんどし笑みをこぼす。

(勝手に転げやがって)


「行くぞ」


 まだ自分の技にも不安が残る。

―――上手く扱えるのか……


⦅ねてるみたいれす。お山みたいれす⦆


 ギアラの言葉を思い返し、後ろに控える者の姿を思い浮かべ、強い意志をってを呼び覚ます。


 ―――――起きろ


 鬼丸―――――!!


⦅  御意  ⦆


 主の意識下の呼び掛けに呼応し、刀に封印された新たな絆が開放される。


 ―――何だ⁉ 力が暴れ……

妖艶な赤紫の煙が身体の周囲を染め、刀はその煙を纏い始める。


(ぐぁ、抑えきれない、今にも腕の血管が破裂しそうだ!! )

 

 首筋の血管も膨張を隠しきれず鼓動がその次を急かす。人の領域を超える為の1歩を踏み出すと、地表が沈みドンと身体を押し出し目の前の景色が消え、その衝撃波ソニックブームはいともたやすく音を越える。本能に身を委ね、血の記憶を辿ると身体がぶれ始め1人また1人と分身が現れる。


「何だ⁉ 俺の中の何かが、の意識と重なる」

―――どうか我らの悲願を御身おんみとも天狗神てんぐしん様―――


 切れかけた意識の中、刃を放つ。



≪鞍馬流 妖刀術 分振斬ぶんしんざん 烈血≫



 一瞬にして全ての間合いを制圧し、大熊は突然現れた恐ろしい程の紫に燃ゆるやいばの数々に、成す術も無く鎧袖一触がいしゅういっしょくされ、その巨体を地に沈めた。


 血柱ちばしら吹き上がり、降り注ぐ狂気の中、刀を納めると胃液を吐き出し膝を着いた……


「ぐはっ…… 」

 はなぢをぽたぽたと地面に落とし視界が、意識が途切れそうになる。圧倒的な力を前に身体が付いて行けてない。


(あの声は一体何だ、鬼丸の精神なのか⁉ )


 想像を超える負荷に身体が悲鳴を上げ、肩で呼吸をし酸素をむさぼるが、全身の震えが収まらない…… 


「グランド―――――!! 」

 誰かが叫んだ。その先に視線を投げると、倒木の向こう側にも大熊と対峙する男が見えた。


 ―――しまった、もう一頭……

(身体が言う事を聞かない…… )


 大熊はこちらを凝視していたが男の叫びに我に返り、目の前の敵ににじり寄る。仲間が何の抵抗も出来ぬまま瞬殺されたのだ、強者に挑む程、浅はかではない、手負いの奴はこれからその命途切れるまで、自らが生き続けて来た歴史を懸け襲い掛かる。


「まずいぞ、ヴェイン逃げろ、逃げるんだ」

満身創痍の男が叫ぶ。


 大熊がその命を懸けた覚悟の雄叫びを放つ!! 耳をつんざき肌を震わせる程の咆哮が、広大なライ麦畑に響き渡り激震が走る。


「いやー、嬉しいねー、どうやら最後の相手に選んで貰えたようだな、すっかり気に入られちまった」


 己が生き残るが為に巨大な鉤爪を恐ろしい程に振り上げる……


「グランドすまねー後は頼んだ…… 」


「あぁ、だめだヴェイン、だめだ諦めるな頼むヴェイン」



 ヴェイ―――――ン!!


 

 正に鉤爪が振り下ろされるその刹那的時間軸の中、大熊の眼前でドガンと閃光を伴い爆発が起きる。堪らず大熊がひる後退あとずさる。


 ―――――⁉


 遠くの馬上からの遊撃、現れたのは全力で馬に鞭を入れ肉迫にくはくするカシューだった。


「やらせない!! やらせるわけないだろ熊野郎!! 退け、退くんだヴェイン」


「カシュー、おまっ…… 」


「あんただけ格好良く死なれちゃ残された俺達が困るんだよクソジジイ」


 一瞬で風と距離を予測し射線しゃせんらす。激しく揺れる馬の上、あぶみで馬の胴をしっかり挟み立ちあがる。爆矢に火種を点火し、ゆっくりと弓に弧を描かせると、甲高い弦音つるねが空を切り裂いた。ヒュンと軌跡とともにまるで矢が大熊に吸い込まれて行くように、ドガンと爆風が顔面を正確に捉える。


 グオオ―――


 牽制けんせい用の爆矢だけではひるませる事しか出来ず、致命に至る事はない。急がねば残るのは残酷な現実だけとなる。


「ヴェイン今の内だ、退くぞ乗れ!! 」


 カシューはヴェインを引き上げようと手を伸ばすが屈強な体躯たいくの男を引き上げるには至らない…… しかもヴェインも無傷ではない。たったの一撃を防いだだけで、動くこともままならない状態にまで追い込まれ、ヴェインにはもう既に、馬にまたがる力さえも残されてはいなかった。


「何してるんだよヴェイン…… 遊んでるんじゃないんだぞ? 」


 ヴェインの手を放そうとしないカシューの目に涙が溢れる…… 


 カシューの青く澄んだ濡れた瞳を、その目に焼き付けヴェインはゆっくりと横に首を振った。


「おい、やめてくれヴェイン、そんな顔で見るな駄目だ」

カシューは手を強く握り放そうとはしない……


「おい、頼むヴェインお願いだ…… 頼むよ」

カシューは大粒の涙を流し、消えようとする命のともしびに必死に手をかざすす。



 グアアァ―――

四つに構えた大熊が力を全身に溜め、今、正に飛び出そうとしている……



「放せ、手を離すんだカシュー」

ヴェインは初めてカシューに向け微笑みを晒した。それは悲しい覚悟を決めた男の最後の笑みだった……


「嫌だ、駄目だ、一人では逝かせない!! 」

繋いだ手を…… カシューは離さない……

 

 グランドはこれから起こる悲劇から、目を背け現実から逃げるしかなかった。地面に頭を擦り付け、差し迫る絶望に涙ながらに懇願する。何という非情な運命か、何という儚き命か……


「あぁ…… 神よ…… 神よ……どうか…… どうか」




天佑神助てんゆうしんじょは今、天より舞い降りる―――――




 グランドの願いは神の御業みわざを引き寄せた。突如、遥か天空より光を纏いまるで断頭台の裁きの如く、神の一撃が大熊の首を跳ね上げた。


 なっ―――――⁉


 激しく吹き上がる血潮は永遠と続き時間ときを止めた。その場に居た者達がその奇跡の神の一撃を目の当たりにし、ヴェインは茫然と膝を着いた。


「あ、あれは…… 神の…… 天使の輪なのか…… 」

カシューは涙でかすむ目をこすりその存在を理解しようと目を凝らす。


 斜陽しゃようえた刃は弧を描き、森の中へと消えてゆく、俺は見慣れたソレを見送ると、漸く身体を起こし一人呟いた……





「来たか…… 」 






紆余曲折うよきょくせつ翻弄ほんろうされ、夕映えに舞い降りたるは天にはべる天使か悪魔か、自今以後じこんいごは誰も知らず初嵐を迎え、貴賎きせんべつなく災厄は静かに降り掛かろうとしていた。

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