第14話 梅雨
あれから天気はまた
あの篠田さんの告白から一週間が過ぎた。毎日この雨ではあのホテルまではなんぼ近くても行けそうも無いが、あの後に携帯電話の番号を教えてくれた。これで直接ホテルまで行かなくても会う都合が付けられるようになった。三島にすれば大きな進歩だった。
「それで連絡はあるのか」
とお互いのメールをチェックしたが、篠田さんからの伝言はまだ無かった。二人ともガッカリしながらも此の連日の雨では無理もないかと二人とも携帯を仕舞った。もう三島は二本目の煙草に火を点けている。
「船に乗ってるときも吸ってるのか」
彼の煙草は自称神経強化剤と言ってるから止める気は無いが体には悪いだろう。それを言えば肺はあと百年持つのに、神経性胃炎で体は数年しか持たないと言われればどうすると開き直られるから処置なしだ。
「ブリッジでは吸わないよそれだけに自分の船室に戻った時の一服は堪らんなあ」
そう言いながら火を点け終わると黄色い箱のロングピースを胸ポケットに滑り込ませた。
「倉島さん、あんたは彼女はいないんだろうなあだから篠田さんにアプローチしてるんだろう」
それを言われると三島さんも同類でしょうと返すが、更に今回で知ったが彼女は一癖在るぞ。勿論に悪い意味で無いがねえ、と煙に巻くようなことを言う。
「一癖、なんですかそれは」
「イヤー、なかなかちょっとやそっとでは手を引かん諦めないと言うことだなあ」
三島は早々と缶コーヒーを空にして、灰皿代わりに落ちそうな灰を、プルトップの蓋口から落とし込んでいる。
「そりゃあお兄さんの真相が絡んでいるとなれば尚更でしょう」
「しかしあの池に引きずり込まれれば死体は上がらないぞ」
「
「誰が潜るんだ」
「警察のレスキュー隊」
お兄さんがあの池の底に居るという根拠は、確証は有るのかと聞かれればアッサリと無いとしかいえない。そんないい加減な噂で警察も動くはずもなかった。
「だから此処は地道に入居者一人一人に篠田さんの兄に付いて当たっていくしか無いが二年前には誰が居たんだろう」
管理職は腰掛けポストだから長くはいない。チーフとニキビ面の女の子を外すと、下っ端の三人で聞き出せそうなのは佐伯だが、あいつはいつから居るんだろう。入居者は世間話には乗ってきても殆どそれ以外については語らない。
「この長雨で仙崎さんは最近はジョギング出来ずに部屋に籠もってるし布引さんも自慢の自転車を磨く以外はすることがないようですね」
「布引か、そう言えばあいつ最近おかしな事を言っていたなあ、それをあの藪の松木に相談したらしい」
あいつはおかしな妄想に取り憑かれたらしい。自転車で毎日走っている時は良かったが、最近の長雨で仙崎同様に毎日室内を走れずに自転車を磨き上げている。毎日程よい運動を課してる者が、急にすることが無くなり、明日は晴れるだろうと期待した日々が続くと打ちひしがれ、目的を失うと塞ぎ込み鬱状態になるらしい。それであの藪医者に診察を頼んだ。
「あの医者は良くない」
倉島はあれから懲りているようだ。
「俺もそう思うが相手によっては良いカウンセラーでリラックス効果が在ると言うらしい。そんな
ーー布引の場合は競輪で最終の周回コースを知らせる鐘が鳴ると、突然全神経に電気が走るように筋肉が凄い刺激を受ける。更に強靱な力を得て脚力に集中してゆく。これは殆どが無意識にあの鐘の音に反応してスイッチが入る。そこに何の理性も働かない。これは精神科の医者に聞かないと判らない、とある日突然に神経医の松木に話した。松木は似た実験をした。マウスを使って鐘の音を聞かして電気ショックを与える実験を繰り返した。すると電気ショックを与え無くても、鐘の音だけで激しく動き回るようになった。
「それってある学者が犬を使って実験した方法と同じ手を使っただけじゃん。それで精神の何が判ると謂うんです」
もっと手の込んだ方法を考えつかない処が矢張り藪医者だ。外科で無くて幸いだよと三島はそんな実験に呆れていた。
「まあそれだけ心理的圧迫感が強くて追い詰められて居るんだろう。みんな黙っているがこう雨が続くと部屋に籠もっていればめげるだろう」
あいつはそんな療法より、颯爽と自転車で走れば治るんだ。そこでスポーツジムでサイクリングマシンを使った方が少しは効果が上がるが此の近くにジムはない。遠出は許可が出ないから、まあ宝ヶ池周辺までが暗黙の了解らしい。
「それで布引さんはカウンセラーで良くなったんですか」
あいつは事務所に頼み込んで特別に先生に診察して貰っているだけで何も変わらんそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます