第51話 敵の正体

 それからシンも自室へ戻り眠りについた。そして決行の日の朝を迎える。


————バーツ邸、突入まで残り18時間。


 シンはその日の朝食を終えるとグレッグと一緒にある所へと向かう。その場所とは、グレッグの研究室だった。拠点と新都市のちょうど中間地点、そこに建てられた倉庫のような建屋に二人は入った。


「ここがグレッグの研究室か」

 シンは研究室全体をぐるりと見渡した。存在は以前にグレッグから聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。


 部屋の中は物で溢れかえっている。床には箱が所狭しと並べられ、箱の中には何かの動物の牙や爪が入っている。他にも見たこともない植物や金属が入った箱もある。


 その中でシンはある箱に興味を示した。


「へぇ、鉱石ってこんなに種類があるんだな」

「そうだね。そこにあるのはほとんどグランウェルズで採れる鉱石だよ」

 シンは箱の中の鉱石をいじりながら、なぜか物足りなさを感じた。すぐにシンはその理由に気付き、グレッグに質問する。


「グラン鉱石はないんだな」

「ひとつ残らずバーツ氏が全部持っていってしまうからね。ここにあるのは、加工に向かなくて捨てられてしまった鉱石だ」

 シンはその中からひとつの鉱石を拾い上げる。


「この青い鉱石は何?」

「それは〝ロック鉱石〟と呼ばれるものだ。この鉱石はあまりに硬すぎて、それ以上加工できないんだよね」

 グレッグは部屋の奥にあるデスクへ移動し、その上にある箱を整理しながらシンの疑問に答える。


「なぁグレッグ、これいくつか貰ってもいいか?」

 シンは野球ボール大のロック鉱石を放り投げながらグレッグに聞いた。


「いいけど、そんなのどうするんだい?」

「それはこれから考える。特徴的な鉱石だから何かに使えないかなと思って」

「いいよ。好きなだけ持っていって」

「ありがとう」

 シンは〝隔離収納〟の魔法でロック鉱石をいくつか拝借した。


 ひと通りグレッグの部屋を探索したシンは、グレッグがいるデスクへ向かおうとした。が、箱につまづいて転んでしまった。


「痛てて、ここにも箱があったのか。ごめん、すぐに元に戻すよ」

「いや悪いのはこちらだ。狭くて申し訳ないね。自分以外の誰かが来る事を想定していなかったから」

 グレッグの言う通り、床には色々な物が散乱していて足の踏み場がない。シンは床の物と物の間にわずかに空いた人一人がやっと通れる隙間を歩いて、グレッグのデスクまで進んだ。


「いや、俺は特に気しないけど。それに狭い方が落ち着く。ところで、どうして俺を研究室に?」 

「館へ行く前にどうしてもシンに見てもらいたい物があってね」

 グレッグはデスクの横にうずたかく積まれたガラクタの中から、何か取り出した。


「グレッグ、これって……」

「君が仕留めた鉱魔獣の胴体だ。あれから調べてみたんだが、その結果あることがわかった」


 グレッグはデスクの付近にある棚から小瓶をひとつ出した。そして小瓶の蓋を開けて、中に入っていた白い粉を鉱魔獣の胴体にかけた。


「これはマジックスノウといって、魔力を感知したら光る性質を持っている粉末だ。見てくれ」

 

 粉末はいくら待っても光ることはなかった。


「何か物を魔力で動かした時、魔法が解かれてもその物に魔力は残留する。魔力が物から完全に抜けるまでには、それがどんな物でも五十日弱はかかる」

「それって……」


 今目の前にある鉱魔獣の残骸はシンが仕留めている。あれはシンがガレオに初めて会った日のことだった。シンがガレオに出会ってから現時点で、およそ二十日が経過していた。


「早すぎるんだ。残留した魔力がこんなスピードで抜けることはあり得ない」

「という事は、つまり……」

「鉱魔獣は魔法で動いているわけではないということだ」

「そんな馬鹿な」

 それから二人はしばらく口を閉ざした。


「これがわかっただけでも収穫だ。シンのおかげだよ」

「俺は何も」

「そんなことはない。この実験は魔動体の全体から約八割の部位がバラバラにならずに揃っていないとできない。シンが頭以外の部位を持ち帰ってくれたからこそ出来た実験なんだ」

 グレッグは笑顔でシンの功績を讃える。


「でも新しい疑問ができたみたいだな。結局、どうやって動いているんだろう?」

「それは私にもわからない。もうお手上げだよ。神の御業としか言いようがないね」


 グレッグの言葉を聞いて、シンはひとつの仮説を思い浮かべた。


「転生者?」


 もし万能が、魔法とは別の力だとしたら?


「それだ! シン、君冴えてるよ。確か転生者は魔法とは違う、特別な力を使うとされている。これで魔力が感知されないのも頷ける」


 シンは館に最初に来た時に、転生者の気配を感じ取っていた事を思い出した。


「そうだ! 俺……」


 何でこんな大事な事を、俺は……。


 ガレオ達と出会ってからシンは、元にいた世界のことを思い出すことが極端に増えていた。それはガレオ達がシンにとって、この世界来て初めての気の置けない同世代の友人であることを示していた。それ故にシンはバーツ邸に潜んでいる転生者の存在、はては自分自身が転生者である事すら一時的に忘却していた。


「シン? どうかしたのか?」

「いや、何でもない」

「それよりシン、これは……」

「かなりまずい。皆に知らせないと!」


————バーツ邸、突入まで残り10時間。

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