第2章

第29話 新たな街

 あれから数日後、シンはベッドから起き上がって少しだけ歩けるようになっていた。その日の朝、シンは初めて窓を開けて外の景色を見た。


「これは……」


 どうやらこの部屋は二階にあったらしい。外の風景がよく見える。


 外は病院の目の前に土が固められただけの簡素で大きな道が一本通っていて、道の向こう側には木造の建屋がいくつも並んでいる。さらに建物のその先には山がいくつか連なり、一部の山には木々が一切生えておらず、岩肌がむき出しになっている。


 なんというか、殺伐とした風景だなと、シンは率直にそう思った。


 しばらくボーっと景色を眺めていると、部屋の外からノックする音が聞こえた。


「はい、どうぞ」

「シンくん、お見舞いに来たよ」

 ユキトがドアを開けて部屋に入る。その横には小さな女の子がユキトに手を繋がれて立っていた。さらにその後ろには見慣れない女性の姿がある。


「ユキトさん、ありがとうございます」

「いえ、今日は僕の家族を連れて来たよ。ほら、ハル挨拶して」

 女の子は少し恥ずかしがりながらも、ユキトの手を離してシン目の前まで歩み寄ってくる。


「こんにちは。わたしはハルル・キヨミヤです。シンお兄ちゃん、助けてくれてありがとう」

 ハルルはそう言ってペコリと頭を下げた。


「いいえ、こちらこそお見舞いに来てくれてありがとう。ハルルちゃんっていうんだね」

「はい、僕と妻は家ではハルと呼んでいます」

 ユキトが若干照れながらそう補足した。


「そしてこちらが、僕の妻のイズミです」

 ユキトがそう言うと、その後ろにいた女性がシンの前まで来て頭を深々と下げた。


「ユキトの妻のイズミです。この度は夫と娘を助けてくださって、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」

「いや、そんな。俺もユキトさんには助けてもらってるので。お互い様ですから、お気になさらないでください」


 それからユキトが何か袋のようなものをシンに手渡した。


「ユキトさん、これは?」

「着替えだよ。シンくんの服、ボロボロで血だらけだったから処分させてもらったんだ。ごめんね、勝手に」

「そうだったんですね。すみません、お気遣いありがとうございます。本当にいいんですか?」

「いいよ。売れなくてもう長い間倉庫で眠っていた服だから、シンくんに着てもらう方がずっといいよ。生産数が多すぎて売れ残っただけで、質は確かだからそこは安心して。また持ってくるから、足りないものがあったら言ってね」

「ホントすみません」


 確かに今は病院が用意してくれた患者衣を着ているが、退院したら着る物がない。シンはユキトの気配りの良さに心底関心した。


「ねぇシンお兄ちゃん、お庭行こ?」

 ハルルがシンの服の裾を引っ張りながらそう言う。


「え、庭?」

「病院の外に庭があるみたいなんです。こら、ハル。シンさんはまだケガが治っていないんだから、無理言っちゃいけません」

 イズミがハルルをなだめようとしたが、それをシンが止めに入った。


「イズミさん、大丈夫です。俺、今日は体の調子が良いので。いいよ、ハルちゃん。お庭行こっか」

 シンはハルルとともに部屋を出て、階段を降り外にある庭へ向かった。


「これは、なんていうか……」


 サッカーコートくらいの広さの土の地面で、周りは木々に囲まれている。それは庭と言うよりも。


「グラウンドだな」


 シンが周りを見渡している間に、ハルルが木の枝を持ってきてシンの横に座り込んだ。


「絵、描くから見て」

「いいよ」

 ハルルは木の枝で地面に何か動物のようなものを描いた。


「シンお兄ちゃん、これ何かわかる?」

「なんだろう? 猫かな?」

「ううん、これはね。ルドミラージ!」


 そっかぁ、異世界だもんなぁ。


 ハルルはさらに畳み掛ける。


「じゃあ、これとこれは?」

「そうだな。きつねとたぬきかな?」

「ううん、これはね。フェネクルとエゾホンだよ」

「へぇ……。う、上手いね」


 これは、似てるのか?


 ハルルは少し遅れてきたイズミに気づいて、駆け寄った。そのまま勢いよくイズミに抱きつきながら何か楽しそうに話している。シンはそれを遠目に見ながら、隅にあるベンチに腰を下ろした。


「シンくん、ハルの遊び相手をしてくれてありがとう」

「いえ、楽しかったので」

 ユキトも後から来て、シンの隣に座った。


「静かなところですよね」

「昔はもっと賑やかな街だったんだけどね。随分景色も変わっちゃったな」

「へぇ。前にここへ来たことがあるんですか?」

「うん、仕事で一度ね。あれは確か十七年前だったかな? その時は向こうの街はまだ無かったと思うんだけど……」


 そう言ってユキトは、この街から数キロ程先の高地に見える別の街を指差した。


「新しい街でもできたんですかね?」

「どうだろう? あそこは元々、この街の鉱業組合が管理してる山があったはずなんだけど。いつの間にあんなことに」

 

 シンは高地にある新しい方の街をじっと見つめる。


 なんだろう? この違和感。


「っていうかユキトさん、十七年前って……。今いくつなんですか?」

「うーん、それは秘密」


 えぇ……。

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