第4話 死の理由 

「……自殺、か。どうして?」

 とは言いつつも、神坂には心当たりがあった。


 谷塚とはそこまで仲が良かったわけではないが、入社当初は社内で会う度よく話をしていた。その時に谷塚の身の上について聞いたことがある。現在独身で、今まで恋人が一度もできたことがないこと。母親が病気で、働きながら看病していること。父親の作った借金を肩代わりさせられていること。理由としては充分すぎるくらいだ。


「うーん。多分ですけど」


 宮村はかつて、谷塚があの上司の被害に遭っていたところを目撃していた。そして上司が左遷された後、重い精神疾患をわずらったことを他の社員から聞いた。仕事はそのまま続けていたそうだが、精神疾患の影響でミスを連発。新たに赴任した上司から、毎日叱責を受けていた。宮村もその光景を何度か目撃している。


「と、いうことみたいで……。その、神坂さんと仲良かったって聞いたから」

「そっか……、教えてくれてありがとう」

 それから神坂たちは会計を済ませて店を出た。


「すみません、私が誘ったのにご馳走様になっちゃって。それに最後に、あんな話……」

「いいよ。俺もちょっと気になってたから。教えてくれて助かったよ」


 時刻はもう午前零時を越えようとしている頃。

 神坂は宮村を駅まで送って行こうかと思ったが、彼氏と鉢合わせしたら気まずいのでやめることにした。特に下心があるわけではないのだが、言ったところで信用してもらえないだろう。


 別れ際に宮村が、

「神坂さんは、大丈夫……ですよね?」

 と不安そうな面持ちで言う。

「勿論」

 宮村の表情はそれでもまだ晴れなかった。

「何かあったら、一番に私に相談してくださいね」


 神坂はそれから地下鉄に乗り、自宅アパートの最寄り駅で降りた。そこからはアパートまで少し距離があるが、タクシーに乗るほどでもないので歩くことにした。


 歩きながら神坂は宮村から聞いた話を思い出していた。谷塚とは入社後の社員研修で一緒になっただけで、それ以降の交流は殆どなかった。だから宮村から話を聞くまで、正直神坂は谷塚の存在を忘れていたくらいだった。


 なのに何故だろう? こうも胸が痛むのは。


 お世辞にも良い人生だったとは言えない。自殺という選択をした時点で、少なくとも幸せではなかったのは確かだ。

 

 彼は何ために生きてきたんだろう?


 俺は、何のために生きてる?


 いつの間にか目から涙が溢れていた。


 人は何故、自ら命を絶つのか。


 その理由が今、わかった。


 彼らは死にたかったわけじゃない。


 生きることに、疲れたんだ。

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