第1話 何もない人生

 その日、神坂は地元の友達数人と飲みに行く約束があり、オフィス街から少しはずれにある居酒屋に来ていた。


「実はオレさ、この前二人目が産まれたんだよ」

 そう嬉しそうに語るのは、小学校以来ずっと神坂と定期的に連絡を取り合っている友人の仲居。


「おめでとう。なんだよ、もっと早く言えよ。次お前ん家に遊びに行く時、祝い持っていくわ」

 と言いつつ隣で仲居の脇腹をニヤニヤしながら小突いているのは、同じく幼馴染の北岡。


「ま、僕は知ってたけどね。それより北のところはどう? 確か結婚してもう三年目くらいだっけ?」

 目の前に座る北岡をドヤ顔でイジっているのは、これまた幼少期からの付き合いの寺西。


「うん。まぁ、それくらいか。俺のとこはまだだな。これから家建てるから、それが落ち着いてからになるんじゃねーかな」

 北岡がしんみりした顔でそう返事した。


「打ち合わせとかで忙しいもんな。そういや、西は? 彼女できたって前に聞いたけど」

 あまり積極的に自分の話をしない寺西に、神坂はさりげなく話を振る。


「今も付き合ってるよ。もう二年になるかな。親が帰省するたびに早く結婚しろってうるさくて困ってるよ」

 そう悪態をつきつつも、顔は嬉しそうだ。


 こうして集まるのは本当に久しぶりで、積もる話もあり、神坂達は閉店近くまで語り明かした。解散したのは終電間際になってからだった。


 駅から神坂の住むアパートまで徒歩約十五分。飲み会の余韻に浸りながら、静まり返った夜の街をゆっくりと歩く。

 

 やはり気心の知れた友人と過ごす時間は良い。今も昔と同じように、他愛もない話で笑い合って。こんなに幸せなことはない。

 

 でも、次集まれるのはいつだろう。


 仲居と北岡には家庭がある。二人ともまだまだこれからって時だ。仕事もそれなりの役職に就いて忙しくなる頃だろう。

 

 寺西もそうだ。彼女とは家族絡みの付き合いだと前に会った時に聞いたことがある。結婚も秒読みといったところではないだろうか。


 もうこういう時間もいずれ無くなっていくのかな。


 そう思いながら神坂は、心の奥深くでほんの微かな寂しさを感じていた。


 神坂新一。二十九歳独身。恋人はいない。奨学金と家賃、その他諸々の支払いで貯金は僅か。特に趣味と呼べるほどのめり込んでいることもない。


 この時、神坂は気づいてしまった。


 いや、ずっと前からわかっていた。自分は彼らと違うのだと。でも受け入れられなくて、ずっと知らないフリをしてきた。


 自分は何も〝持っていない〟ということに。


 自分だけ〝変わることができない〟ということに。


 自分には〝未来がない〟ということに。


 そして、それらから目を背け続けることがもう限界だということに。

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