第6話 俺、早速やらかしたんだが…

「よーし、それじゃあ本格的にルールを決めるぞー」


「おー」


お互い向かい合ってイスに座る。もちろん間にはテーブルがあるぞ?

俺はペンと紙を用意し、しっかりとメモをする。


「でもさ、案外決めることって一つじゃない?」


「なんだ?」


「お互い、異性として意識しなければ丸く収まるくない?」


「……」


俺はペンを持ったまま、固まってしまった。まさに、その通りだと思ってしまった。用は、お互い意識しなければなにも起きないのだ。


「それにするか」


いろいろ、それについても考えなければいけないことがたくさんある。だけど、アリシアが来てから、プリントにも目を通し終わったあとにアリシア用の生活用具を買いに行ったのだ。そのせいですっかり疲れている。おかげで、すっかり日も暮れていた。


「まあ、なにか起きたらそのときはそのときで」


「なにも起きないと思うけどな」


「あ、それフラグだよ。ロワ」


俺は結局なにも書かなかったメモ用紙をしまい、キッチンへと向かう。


「私先にお風呂入ってくるねー」


そう言ってアリシアも買い物袋から買ってきたアリシア用のタオルやシャンプー、リンスなどを取り出すとお風呂場へと向かった。いつから用意していたのだろうか…


しばらくして、フライパンと換気扇の音とシャワーの音が聞こえるようになる。


(なにも起きない…よな?)


さっきのアリシアの「フラグだよ」という言葉が頭をチラついて仕方がない。


夕飯を作り終え、最後に即席で用意したコーンスープをテーブルにおいてイスに座る。


我ながら、料理を初めて一度に2品も作って本当に疲れた。でも、その分料理がおいしいと思うと今すぐ食べたくなってしまう。


最後に箸がなかったことに気づき、俺は立ち上がって箸を取りに行った。


「いいお湯だった〜。温度加減も完璧〜」


アリシアがお風呂場からタオル一枚巻いただけで出てきた。ちょうど、今からでもこっそりつまみ食いでもしようとルンルン気分で箸を持っていた俺と、


「きゃっ!」


「うわぁ!」


衝突した。角で90度垂直に曲がっているため、今まで誰もいなかった部屋に住んでいた俺はルンルン気分でアリシアがお風呂に入っているのを忘れていた。


「いたた…」


白いバスタオル一枚を巻いているアリシア。しかも器用なことに、自分で三つ編みを作って、赤い紐で留めていた。


「あ」


「……」


タオルが全身少しだけずれていて、アリシアが動けばおそらく外れる。なんという不幸か、俺は床に両手をついて、アリシアを上からおさえる感じになっていた。


「ちょっと……」


お風呂上がりの甘い匂いと重なって、アリシアの声が俺の頭にすごくむず痒く走る。

アリシアの顔が赤くなっていて、俺は自分の顔がどうなっているかはわからないが、すごく熱かった。


「ご、ごめん!」


そう言って俺はすばやく立ち上がり、後ろを向いた。アリシアが改めてバスタオルを巻き直す。その音が地味に聞こえて、むず痒くなった俺の身体がさらに痒さを増していく。


「もういいよ」


「お、おう…」


もういいと言われても、俺は振り向く勇気がなかった。結局、新しく箸を取って、俺はイスに座ってアリシアが来るのを待った。


「ねえ、ロワ」


重たい空気が流れ始める。それが、アリシアの言葉を重ねるごとに勢いを大きくしていった。


「……」


俺はなにも言えない。なぜなら、アリシアとぶつかって、押し倒したように見せてしまったのは俺なのだから。


「意識したでしょ」


ずっと下を向いてご飯を食べていた俺の顔を上に持ち上げるように、アリシアの指が俺の顎に触れる。


「そもそも、あれは俺がわざとやったわけでもないし…」


俺が視線を逸らすと、アリシアの指にアリシア方向へと戻される。


「……」


正直に言うと、した。とてつもないほどに。脳内から全身までが急にむず痒くなるくらいにした。だけど、そんなことを言えばルールを破ってしまったことになる。

だから、どうしても言えないのだ。


「大丈夫。私もしたから」


「ぁ…」


俺の口が少し開いた瞬間に、アリシアがあらかじめ箸で掴んでいた一片のにんじんを強制的に俺の口に入れ込んだ。


「っぐふっ!」


いきなり放り込まれたにんじんに、俺は喉を詰まらせるところだった。

やがて、しっかり噛んでからにんじんを飲み込む。


「意識したんでしょ?」


「はい…」


俺が再び視線を落とすと、アリシアがまた持ち上げた。


「いやぁ〜。よかったよ〜」


「はい?」


アリシアの「よかった」の意味がよくわからない。

普通、この流れなら、「押し倒すとかありえない!」とか「ロワってそんなことするんだ…」とか引かれる流れだと思っていた。

それなのにアリシアの口から出た言葉は「よかった」。しかも、イントネーションからして、いい意味での。


「うれしかったよ?ロワが私のことをこれでも一応一人の女の子として見てるってことだもんね?」


「ぐ…」


絶句した。まさに、アリシアの言う通りである。だが、それなら俺にも言い分はある。


「それを言うなら、アリシアだって顔赤くしてただろ」


「うん。これでも私は住まわせてもらってる側なんだから意識して当然でしょ?逆にしない人っているのかな?そもそも、私意外と警戒してるし」


「警戒って?」


「いきなりロワにベットに押し倒されて襲われたらどうしようかなと」


「それはない!」


俺は声を大にして言い放った。俺がアリシアを…襲う?ありえない話だ。でも、逆に誘惑されると理性が生きてるかはわからないが。


「ほんとに?」


「俺から、はない!だからそこに関しては安心してくれ」


「そっか」


なんとか気まずい雰囲気を解消しつつ、俺たちはまた今度改めてルールを決めようと話し合ったのだった。

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