④ 2人の危機

(ん……んん……)


 星羅は強い眠気を感じつつも、意識を取り戻した。

 そこはどうやら救急車の中のようだった。


(えっ、私、急に体調悪くなったのかな)


 星羅は救急隊員を呼ぼうとした。しかし、眠気のせいで声を出すことができない。

 そして、視界にはいるはずの救急隊員が居ない。

 代わりに見つけたのは一緒に食事をしていた理子だ。彼女も別のベッドで横たわっている。


(えっ、これってどういうこと……?)


 不思議に思っていると、運転席の方から2人の声が聞こえてきた。


「何も2人共誘拐する必要は無かっただろう!」

「馬鹿!あの状態で理子だけ誘拐する事は出来なかっただろう!」

「それはそうかもしれないが、誘拐したもう1人が異能者だったらどうする!」

「その時はその時だ!それに上からの指示は理子の誘拐と懐中時計の破壊だけだ。もう一人は頃合いを見て解放してもいいだろう」


(えっ……私達誘拐された……!?)


 今置かれている状況に、星羅は言い知れぬ恐怖を感じた。


「しかし、何で理子の懐中時計の破壊を上は指示するんでしょうねぇ」

「俺もその点については疑問に思っている。あれだけの懐中時計だったら売ればいい金額になるだろうに」

「いっその事、懐中時計を壊さずに売っちゃおうか?」

「それはいいな。しかし上に逆らうという事は、懐中時計を売っただけの資金だけだと難しいだろう」

「それがだな、最近は人身売買が盛んに行われているみたいで、この年齢の女性は結構な額で売れるみたいなんだよ」

「ほぅ、そういう手もありか」


(人身売買……!?私達、売られちゃうの!?)


 誘拐犯の話を聞くごとに、星羅の不安は更に強くなっていく。


(もしそうなったら、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、小松川さん、理子、羽柴先輩……他にもたくさんの会いたい人に会えなくなる……!)


 ふと、星羅は身近な人に会えなくなる事が悲しくなってきた。

 しかし、涙が出ない程、星羅の身体は動けない状況だった。


……


『お、お父さん……お母さん……!』

『ひひひひひ! これが俺の力っていうのか! 試しに使ってみたが、最高じゃねぇか!』


……


(ぐっ……!こんな時に)


 星羅の頭に過ぎるのは6年前の記憶。本当の父と母に永遠に出会う事ができなくなったあの事件。


(これが繰り返されるなら、絶対に……絶対に……誘拐犯を許さない!)


 星羅の考えが憎しみに染まっていく。

 しかし、眠気は続き、星羅は再び気を失った。


――――――――――


 星羅が再び起きた時、六畳程の部屋に居た。

 手足には紐が縛られており、動く事はできない。


「大丈夫……星羅」

「だ……大丈夫」


 今度は理子も起きているようだ。星羅と同じように、手足には紐が縛られている。

 幸いにも部屋には星羅と理子以外の人はいなかった。


「理子、聞いて、私達は誘拐されたみたい」

「何となく、この状況でそういう事は推測できるけど」


 星羅は救急車の中で誘拐犯が言っていた事を理子にも説明した。


「そう、誘拐犯には上の立場の人がいて、そこは私を誘拐して懐中時計を壊すつもりなんだけど、誘拐犯自体は懐中時計を売って、私達を人身売買するってつもりなのね」

「意識が朦朧とした状態で聞いた話だから、正しい記憶かは分からないけど……」

「いいの。それだけでもありがたいと思っている」


 そう言うと、理子は身体をよじり始めた。


「理子、何やってるの?」

「うーん、うーん、ん? あったあった!」


 理子のポケットから懐中時計が出てきた。


「うーん、さすがにスマホやかばんはここには無いか。でも、懐中時計があるのなら!」

「どうしたの理子?」


 何かをひらめいた様子を見て、不思議がる星羅。


「聞いて星羅、ここで起こった事は他言無用でお願いしてね」

「え……」


 いきなり理子から言われて、戸惑う星羅。


「私、異能者なの。そして、私の力なら、ここから出ることができると思う」


――――――――――


 小松川興信所。小松川健一が立ち上げ、瑞浪俊介が跡を継ぎ、現所長となっている探偵事務所だ。

 所長室にいる壮年の割には若々しい俊介は、星羅と理子が誘拐され、とても落ち着かない様子だった。


「頼む……無事にいてくれ……」


 仕事の多い俊介はこの場を離れる事ができず、ただ、報告を待つしか無かった。

 ふと、所長室の扉がノックされずに開いた。


「所長……所長……!」

「まぁ落ち着け大須。あと所長室に入る時は急ぎでもノックしてくれ。こっちが驚くからな」


 大須と呼ばれた所員がかなり焦った様子で俊介の元へと駆け付けた。


「そこまで焦っているのなら、余程の事があったのだろうな」

「はい、桂理子に関する事がほんの一部ではありますが、分かりました」


 桂理子、その名前に俊介は身構えた。


「桂理子は、東京の六大守護家の末裔です!」

「六大守護家……!?」

「端的に言いますと、桂理子の懐中時計が壊され、更に本人が殺されると、東京が壊滅する可能性があります!」

「何だと……!」

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