第30話 『例え別れても』

ベッドから転げるように抜け出す。


唸りながらそのままほふく前進でドレッサーまで進むと、倉岡が買ってくれたトレーニングウェアを取り出す。


また体中の筋肉痛が復活しているのだ。


ベッドから体を起こそうとすると、腹筋が爆発する。

立ち上がろうとしても、太ももが爆発する。


死んだ方がマシだと思う程、私の体は炎に包まれたような痛みに蝕まれていた。


それでも私が這いつくばって、まだ運動しようとしているのは倉岡との1つの約束だった。


「明日、ちゃんとトレーニング乗り越えられたら焼肉な」


私は、倉岡の言葉を思い出し、血眼になってトレーニングウェアに着替えた。


********************


「よぉ。ちゃんと来れたな」


倉岡は首に掛けたタオルで汗を拭う。


私が来るよりずっと前から、倉岡は自分のトレーニングをしていたようだった。


「ずっとトレーニングしてたの?」

「あぁ。お前のトレーニングに付き合ってたら自分のトレーニングできないからな。もう一通り済ませた。よし、じゃあいつも通り、ランニングからするか」


倉岡はチェストプレスマシンから立ち上がると、「行こ」と言ってランニングマシンへと歩み始めた。


約束の期限まで残すところ10日。


どう頑張っても、標準体型になれる気がしない・・・・・・


私の身長は162cm。

162cmの標準体型は57.7kg。


今朝計った私の体重は83.4kg。


目の前の光景が遠のく。


無理だ。絶対無理だ。

あと10日で20kgなんて無理だ。


寧ろおよそ3週間で20kg近く痩せたのを褒めて欲しい。

そもそもなんで倉岡は私が1ヶ月で標準体型になれると思った????


そこで嫌な予感が心の中で渦を巻いた。


まさか、私が痩せられないと分かっていて・・・・・・・・

最初から、別れるつもりだったの・・・・・・???


倉岡に着いていく足に、重りが乗ったように重くなる。ついに私は足を止めた。


あぁ、そうよね。


きっと倉岡はどんな女の子でも選べるほどの地位、名誉、顔とスタイルを持ち合わせている。


人気モデル、ショウなのだから。


しかし不思議と、傷つきはしなかった。


まぁ、そうよね。

私はきっと、倉岡とは釣り合えない。


倉岡と出会って気付かされた事がいくつもある。


傲慢さ。

無駄なプライド。

努力の無さ。


今まで井の中の蛙だった。

日本のトップで活躍する倉岡は、努力を努力と思わず頑張って、甘えを許さない。

自分が人気モデルだからとみんなを見下すことも無い。私の事だって、ほっとけばいいとに。


たまにド畜生で無愛想で可愛くないけど、それが倉岡だ。


「綾乃?」


ハッと我に返ると、倉岡が真っ直ぐな瞳で私を振り返っていた。


「どした?」


私はふっと微笑んだ。


「なんでもないわ」


私は小走りで倉岡を追い抜く。


「ほら、早くランニングするわよ!」

「?????どうしたんだよ」


困惑する倉岡を置いて、私はランニングマシンに足を掛ける。


いいわ、今の時間が楽しければ。

たとえ、10日後に別れたって。


あと10日。

出来るだけのことをして、やり残した事がないようにしよう。

精一杯頑張って、少しでも倉岡も私も、納得できる最後にしよう。


この奇妙でドキドキした1ヶ月を私はこれからきっと忘れない。


動き出すベルトの上で、私は走り出す。


「よし、今日は俺と勝負してみるか」


横のランニングマシンに乗った倉岡はニヤニヤと私に話しかけてくる。


「ふんっ。舐めないで。もう昔の私とは違うの」

「ふーーーん。じゃあお前が負けたら腕立て100回な。はいっ、スタート!!」

「えっ!!ちょっ・・・・!!!そんなの聞いてないわよ!!」


その後見事私が敗北し、腕立伏せで虫の息になったのは言うまでもない。

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