第9話 『好きだとバレました』

「で、301号から315号までがA。俺らはこのA部屋の患者のオムツと呼吸器のガーゼを替えていく」


倉岡がゴム手袋を付けた手で、実際に作業を私に見せながら説明する。

私は耳でそれを聞き流しながら、淡々と説明を続ける倉岡の横顔を見ていた。


髪ボサボサのメガネでも、ちゃんとよく見たらイケメンなの分かるわね。

なぜかは分からないけど、ワックスでわざと髪をだらしなく見せてる。

メガネの奥に見える目も、綺麗な二重で睫毛が長くて色気がある。

私じゃなきゃ見逃しちゃうわね。


「聞いてんの」


ハッ!!!!!!!!


気付けば倉岡は私に冷たい視線を向けていた。


「・・・・あ、あんたの睫毛にゴミが付いてんのよ!!!!!!」


私の咄嗟の嘘に倉岡は一瞬目を細めると、メガネを外して目をこすった。

仕上げに睫毛を指先でフサフサと触り、私を見た。


「取れた?」


ドキドキドキドキ・・・・!!!

こ、こんなのカップルの会話じゃないの・・・・!!!!!


そこでやめとけばいいものの、私の中の欲求が膨らんでいく。


「・・・・まだ取れてない・・・・」


嘘に嘘を重ねる。

そもそもゴミなんて付いてないのに・・・・


倉岡が目を瞑り、顔を近づけてくる。


ほわわわわわわわわわわわ!!!!!!/////////////

ち、ちかすぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!//////////


「取って」


もうコイツ確定でしょ・・・・!!!

私のこと好きでしょ絶対!!!!!!

え、これ唇奪えちゃうけど???!!!!!!

イッちゃってもいい??!!!!!イッちゃっていいよね????コレ!!!!!!


そっと私は倉岡の睫毛に触れる。


「・・・・取れた・・・」


あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーできない!!!!!

いくら相手が私のこと好きだからって簡単に手を出しちゃだめよ!!!

己の価値!!!!!!!

自分の価値を下げるような真似はするんじゃないわよ!綾乃!!!!


倉岡はそっと目を開くと、いつもの嫌な目つきで私を見る。

そしてゆっくりと薄い唇を開いた。


「・・・・お前、俺のこと好きだろ」


ドッッッッッッッキ――――――――――――――――ッン!!!!!!!!!!!


心臓が口から飛び出した―――というほどに心臓が跳ね上がった。

恥ずかしさと怒りと困惑と色々な感情が混ざり合い、心の中で竜巻が起こっている。


なんでなんでなんでなんで???!!!!!!!

なんでそういう思考回路に至ったの???!!!!!!!


「は、はァァァァァ????!!!!!!!意味わっかんない!!!!!!!!」


とりあえずブチギレてしまった。

いや、このタイミングでキレたら図星って認めてるみたいじゃない!!!!

私の馬鹿!!!!!!!!!!!


メガネを掛けなおした倉岡は目を細め、ほんの少し口角を上げる。


「ふぅぅぅぅん、そうか、そうか。分かりやすい奴」


はわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!


何それ??!

どういう意味???!!!!なんの笑みなの????!!!!!!!!


「あ、あんただって私のこと好きでしょ!!!!!!」


おい!!!!!!!!!!!!私キレるなって!!!!!!!!!

子どもみたいな言い方でキレるな!!!!!!!!!

もう駄目、喋りたくない!!!!!!!

恥ずかしい私がどんどん露わになっていく!!!!!!!!!

!!!!!!!!!


倉岡は声を出して大きな溜め息をついた。

そして眉をひそめ、私を見下ろす。


「俺がお前の事を好き??????―――はっw・・・・ありえねえだろ」


ズキッ――――


えっ・・・・・


『ズキッ』ってなによ・・・・・

なんか心痛い・・・・なんで・・・・?????


私の額を冷たい汗が伝う。


倉岡がまた口を開く。


―――――やめて・・・・これ以上何も言わないで・・・・


「デブスに好かれても気分悪いから」


時が止まった――


思考が停止し、何を言われたのか一瞬理解できなかった。


「・・・・・・」


私は何も言えず固まった。

倉岡が心配そうな顔で私の顔を覗き込む。


「泣くなよ?自称『強い女』なんだろ?」


私はその顔をキッと睨み返した。


「そうよ!!!!!あんたね、自分がイケメンだからって人のこと馬鹿にしすぎよ!!!!!調子に乗らないで!!!!!」

「だよな」


倉岡はすまし顔で作業に戻る。


何よ!!!!私ばっかり熱くなってるじゃない!!!!!!

馬鹿馬鹿しい!!!何でこいつこんなひょうきんなのよ!!!!!


「・・・・私のこと馬鹿にしたの、ぜっっっっったい後悔させてやるんだから」

「そりゃ楽しみだな。ほら、次の部屋」


私のこと眼中にもないみたいに倉岡は私のことを素通りで病室を出て行く。

頭に来ている私は、その背中に向かって言葉の機関銃を打ち込む。


「あんたなんか仕事も出来ないしモサモサの気持ち悪い頭に意味わかんないメガネかけてマザコンで言動もいちいち気色悪い!!!!!!」

「あっそ」

「オマケに性格も終わってるしナルシスト!!」

「そうだけど」

「あーーーーーーーーーーもう!!!!!!何?!いい加減ウザいんだけど!!!!!」

「俺もお前がウザい。耳が痛いから黙ってて」


私はその場で地団駄を踏む。


ダメだ!!!!!

コイツに何言っても暖簾に腕押しだわ!!!!!!!!!

そもそも人の話を聞こうって脳がない!!!!!!!人としてありえない!!!!!!!


「別に俺の事はもういいからさ、この間の友達モドキみたいなのはどうなったの?」


『友達 モ・ド・キ』???!!!!!!

どういう感性持ってたら人の友人をモドキなんて言い方できるの??!!!!!!!

マジでありえない!!!!!!!!!


「あんたさぁ!!!!!!!小学校で道徳習わなかったの??!!!!!!!」

「習ったけど」


思わず大きな溜め息が出る。


「どうせ仲直りしてないんだろ。お前の性格じゃあ友達も離れていくもん」

「余計なお世話よ!!!!あんたこそ私のことより自分の性格直せば??!!!!!!」


倉岡はまた私の顔に自分の顔を近づける。


―――また何か言われる・・・・・!!!!!


私はその顔を平手ではたいた。


倉岡の髪が乱れ、メガネが飛ぶ。


「ハァッ・・・・!ハァッ・・・・・!」


気付けば私は肩で息をしていた。

怒りを何とか抑えていたのだ。しかし爆発してしまった・・・・


倉岡はぶたれて横を向いたまま、姿勢を戻さない。


「私のこと舐めすぎ・・・・・!!!!」


私はそう言って倉岡を残し、病室を足早に出る。


―――そうよ!!!!アイツが・・・・!!倉岡が全部悪いんだから!!!!



速足で歩く私の重い足音が、病室の廊下に響いていた―――

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