43. 限りなくにぎやかな未来

「あれだ!」


 ベンはその物体目指し、全速力で飛ぶ。


 やがて見えてきたのは大きなじゅうたんだった。乗っているのは、金髪の女の子と青い髪の女の子……。


 ベンは思わず熱くなる目頭を押さえ、大声で叫んだ。


「ベネデッタ――――!!」


 金髪の美しい女の子がこちらを見ているが、青い髪の子は寝そべってあくびをしているようだ。


 それはまぎれもないベネデッタとシアンだった。


 東京にやってきていたのだ。ベンは全速力で風を切って飛ぶ。


 だが、ここでふと自分の姿を思い出す。自分はもうアラサーの中年男なのだ。十三歳の可愛い子供ではもうない。明らかに不審者だった。


 マズい……。


 ベンは急停止し、逡巡する。こんな姿の自分がベネデッタの前に出ていっていいのだろうか?


 どんどん近づいてくるじゅうたん。もう美しいベネデッタの表情まで見て取れる。そう、あの美しい少女と自分は世界を守ったのだ。でも、どうする?


 ベンはギュッと目をつぶり、ギリッと奥歯を鳴らした。


 失望されたくない……。


 しかし、もう自分にはベネデッタ無しの未来なんて考えられなかった。


 これが真実の姿なのだ。今さら取り繕っても仕方ない。これで嫌われたらそれまで。


 ベンは覚悟を決めると静かに近づき、絨毯の上にそっと着地した。そして、怪訝そうなベネデッタを見て言った。


「ベネデッタ……、僕だよ」


 凍りつくベネデッタ。


 いきなり知らない中年男に『僕だよ』と、言われても恐怖しかないだろう。


 しかし、中年男のまっすぐな瞳には、ベネデッタに対する底抜けの愛情が映っていた。ベネデッタにとってその瞳は、さっき見たベンのまなざしそのものだったのだ。


 やがてベネデッタは目に涙を浮かべ、


「ベンくーん!」


 と言って抱き着いてきた。


 十三歳のベンには大きかったベネデッタであったが、今は小さなか弱い女の子である。


 ベンはギュッと抱きしめ、立ち上ってくる甘く華やかな愛しい香りに包まれ、美しいブロンドに頬ずりをした。



      ◇



「スキルの副作用でさぁ、ベン君死んじゃったんだよ。ふぁ~あ」


 シアンはあくびをしながら言って、伸びをした。


「し、死んだ?」


「百万倍以上出しちゃダメって言ってたじゃん。一億はやりすぎたね」


 シアンは肩をすくめ、首を振る。


「それで、昔の身体に戻したんですか」


「そうそう。はいこれ、百億円」


 シアンはそう言って貯金通帳をベンに手渡した。


 中を見ると『¥10,000,000,000』と、十一桁の数字が並んでいる。


「え……? マジ……? ウヒョ――――! やったぁ!」


 ベンはガッツポーズを決め、激闘の賞金を高々と掲げた。


「じゃあ、楽しく暮らしておくれ。僕はこれで……」


 シアンはそう言ってウインクをすると、ピョンと飛びあがり、ドン! と衝撃波を残して宇宙へとすっ飛んでいった。


「ベン君の本当の姿はこういう姿でしたのね」


 ベネデッタはちょっともじもじしながら言った。


「あはは、幻滅した?」


 すると、ベネデッタはそっとベンに近づき、


「その逆ですわ。私、おじさまの方が好みなんですの」


 そう言ってニコッと笑う。


 ベンは優しくベネデッタの髪をなで、引き寄せた。


 そして、優しく抱擁ほうようをする。愛しいベネデッタの体温がじんわりと伝わってきた。


 目を合わせると、あおくうるんだ瞳にはおねだりの色が見えた。


 ベンはゆっくりと近づき、ベネデッタは目をつぶる。


 ぐぅ~、ぎゅるぎゅるぎゅ――――!


 最高の瞬間に、ベンの腸が激しく波打った。


 おぅふ……。


 ベンは腰が引け、下腹部に手を当てる。


「ご、ごめん、トイレ行かなきゃ」


 ベンは脂汗を浮かべながら、顔を歪める。


「あらあら、大変ですわ!」


 ベネデッタは急いで神聖魔法をかけ、トイレ探しに急いで東京の空を飛んだ。


「あぁ……、漏れる! 漏れちゃうぅぅ!」


 ベンはピンクの小粒を飲みすぎたことを後悔しながら、前かがみでピョンピョン飛ぶ。


「もうちょっと、もうちょっと我慢なさって!」


「ゴメン! ダメ! もう限界ぃぃぃぃ!」


「あぁっ! ダメ! じゅうたんの上はダメ――――! いやぁぁぁぁ!」


 ベネデッタの悲痛な叫びが響き渡った――――。



 こうしてにぎやかな二人の東京暮らしが始まった。


 二人の新居には度々シアンが出没し、騒動を起こすことになるのだが……、それはまた別の機会に。


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