8. 人類最強肛門の限界

 控室に通されたベンは、バッグから下剤の小瓶を取り出し、照明に透かしながら眺めた。


「またコイツを飲むのか……。嫌だなぁ……」


 そう言って大きくため息をつくとふたを開け、ギュッと目をつぶりながら一気飲みをした。


 うぇぇ……。


 ベンはドブの臭いのような強烈な苦みに顔を歪ませる。


 だが、この時、ベンは気付いてなかったが、部屋の隅に勇者パーティの魔法使いが隠遁いんとんの魔法を使って潜んでいたのだ。そして、彼女はその下剤の小瓶を見ながらほくそえんでいた。



       ◇



 いよいよ武闘会が始まる。ベンは呼ばれ、中庭の舞踏場へと案内される。


 バラの咲き乱れる庭園の中にひときわ高く築かれた舞台。本来はここで舞踊などが披露されるのであるが、今日は勇者と若き冒険者ベンの一騎打ちが披露されるのだ。すでに来賓たちは周囲のベンチに腰掛け、今か今かと血なまぐさい決闘を心待ちにしている。


「今を時めく人類最強の男! ゆーうーしゃー!!」


 セバスチャンは渋く低いが通る声で勇者を舞台へと案内する。


 うわー! キャ――――!


 歓声とともに大きな拍手が起こる中、勇者は颯爽さっそうと登場した。


 勇者はオリハルコンで作られた黄金に輝くプレートアーマーに身を包み、青く光る聖剣を掲げての入場である。人類最強の男が、人類最高レベルの装備で登場したのだ。


 勇者とは神より特殊な加護を得た者の称号で、勇者の聖剣は神の力を得て全てを切り裂き、貫く。つまり、勇者の聖剣の前には盾も鎧も魔法のシールドも何の意味もないという、とんでもないチートなのだ。


 それが、今日、これから見られると知って会場は最高潮にヒートアップした。


「続いて、ベネデッタ様を救った若きエース、ベーンー!」


 セバスチャンの案内でベンはよろよろと階段を上がる。すでに下剤は強烈な効果を表しており、脂汗を流しながら思わず下腹部を押さえ、舞台に立った。


 鎧もなく、武器も持たず、苦しそうに顔をゆがめる少年の登場に会場はざわめいた。いったい、人類最強の男を前にしてどうやって戦うつもりなのだろうか? みんな首をかしげていた。


「ベン君! ファイトですわ!」


 ベネデッタはハンカチを振り回しながら必死に声援を送る。他の人には違和感があっても、ベネデッタは調子悪そうなベンの姿をすでにオークの時にも見ているので、気にも留めていなかった。


「両者、見合ってー!」


 セバスチャンはレフェリーとなり、声をかける。


 すると、勇者はニヤッと笑って茶色の小瓶を三つ取り出し、ベンに見せた。


 えっ?


 ベンは目を疑った。それは自分のカバンに残しておいた予備の下剤だった。


「お前がこの薬で怪しいインチキをして強くなってること、俺は知ってるんだぜ」


 勇者はそう言うと三本の下剤を一気飲みした。


 あぁぁぁ……。なんという壮絶な勘違い。


 ベンは思わず声が漏れた。この下剤は薬師ギルドのおばちゃんに頼んで特別に作ってもらった最強の速効成分を濃縮したもの。『危険だから一日一本まで、容量用法はちゃんと守ってね!』と厳しく言われていたのだった。


 三本も一気飲みしたら絶対に我慢できない。あーあ……。


「どうした? 顔色が悪いぞ!」


 勇者は最高の笑顔でベンを見下ろし、ベンはこれから起こる惨劇の予感にクラクラしていた。



 セバスチャンは二人の顔を交互に見て、


「それでは、準備はいいですか? ……、ファイッ!」


 と、叫んで試合を開始させた。


 勇者はニヤッと笑って聖剣を高く掲げると『ぬぉぉぉぉ!』と、気合を込め、青く輝かせる。


「おぉ! 力がみなぎってくる! お前、こんな薬を使ってたんだな」


 勇者は嬉しそうに言うが、下剤にそんな効果などない。ただの気持ちの問題だろう。


 そして、勇者はベネデッタの方を向き、ニヤニヤしながら、


「約束、守ってもらうぞ!」


 と、叫んだ。


 ベネデッタはムッとした顔で、


「ベン君! 遠慮なく叩きのめしてくださいまし――――!」


 と、返す。


 勇者はベンを見下ろし、ニヤけながら言った。


「悪く思うなよ、ベネデッタは俺のもんだ。ヒーヒー言わせてやるぜ」


 するとベンは両目をつぶり、手を合わせ、般若心経はんにゃしんきょうを小声で唱え始めた。


観自在菩薩かんじざいぼさつ……」


「何やってんだお前! 行くぞ!」


 勇者はそう言いながら聖剣をブンと振りかぶった。


 ベンは脂汗をダラダラと流しながら、


波羅羯諦はーらーぎゃーてー!」


 と、言いながらカッと目を見開いた。


 その時だった、急に勇者の顔がゆがむ。


 ぐっ!


 そして、


 ぐぅ――――、ぎゅるぎゅるぎゅるぅ――――!


 と、勇者の下腹部が暴れ始めた。


 見る見るうちに青くなる勇者。


 勇者は苦痛に顔をゆがめ、内またで必死に耐えていたがやがてガクッとひざをついた。


「ベ、ベン! 貴様何をやった!?」


 勇者は奥歯をギリッと鳴らし、必死に腹痛に耐えながら喚く。ベンは何もやってないのだが。


 ただ、ベンにも余裕などなかった。ベンのお腹もぎゅるぎゅると音を立て、肛門は決壊寸前。括約筋にマックスまで喝を入れて、ギリギリ耐えているのだ。


 煌びやかな舞台の上で、多くの貴族たちに見守られながら、二人が戦っていたのは便意だった。なんというバカげた話だろうか。


 しかし、三本あおった勇者の方が分が悪い。ついに肛門は限界を迎える。


 勇者がくぅっ! と言いながら視線を落とし、脂汗をポタポタと落とした時、ベンは内またでピョコピョコと近づくと、


「便意独尊!」


 と、叫びながら勇者の頭を蹴り上げた。


 ぐはぁ!


 勇者の身体はくるりくるりと宙を舞い、庭園の小みちにドスンと落ちてごろごろと転がる。そして、


 ブピッ! ブババババ! ビュルビュルビュー!


 と盛大な音をたてながら茶色の液体を振りまき、辺りを異臭に包んだのだった。

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