第4話 夕顔の君とのお話2(『夕顔』何某の院)

「あれは、八月十五夜はづきとおかあまりいつかのよ中秋ちゅうしゅうの名月の日だった。」

「中秋の夜・・・」

 中秋の名月の夜に、男女の関係は不吉なはずだ。

「ああ。あの日、彼女の家に泊まっていて、板の隙間から漏れてくる月光を珍しいものだと眺めていたんだ。夜明けが近付いてきたのか、近隣の身分の低い男たちがうるさくてね、恥ずかしがるかなと思って彼女を見ると、上品であどけなくて何もわかっていない様子が可愛くかったんだ。」

「ええ。おかわいらしい人なのですね。」

 ほんと、かわいいばっかり言ってるもんね。

「そうなんだ。近隣の音や、虫の声、いつもと違うものや音も彼女と一緒なら新鮮に感じた。」

「それほどまでご寵愛でしたのね。」

「ああ。彼女は、白きあわせに薄紫の柔らかなものを着ていてね。華やかじゃないのが、かわいらしくて華奢で美しくて、もっと仲良くなりたいと思ってどこかに行こうと思ったんだ。」

「そうなのですね。」

「でも、それが間違いだったんだ。」

「何があったんですの?」

「彼女は出かけるのを不安に思っていたのに連れだしたんだ。」

「どちらまで?」

「あの廃院だ。」

「万里小路の?」

「ああ。でも女人を連れだして出かけるなんてこと、初めてで浮かれてしまったんだ。」

 そうだよね。まだ17歳だもんね。兄の目には涙が浮かんでいる。

「おにいさま・・・」

 しばらく落ち着くのを待つ。かわいそうにな。本当につらいだろうな。

「・・・その日は、明るくなり始める頃に、院について、日が高くなるころまで彼女と眠ったんだ。二人っきりでいたいから、格子まで自分で上げたよ。」

「まあ、おにいさまが・・・」

「ああ。この私がだよ。それで、そろそろ顔を見せようと思って、覆面を取ったんだ。」

「今までずっとお隠しでしたの?」

「ああ。彼女も名を教えてくれなかったからね。」

「彼女は何かおっしゃいまして?」

「思ったほど美しくないと言われたよ」

 はははと笑う兄だが、その笑い声が消えていく。悲しげにうつむいた。

 幸せな時間だったんだね。

「お名前お聞きできました?」

海人あまの子なれば と言われたよ。」

 落ちぶれた身分の者ですから申しません。という意味だ。

「そうでしたの?」

「ああ。その時は、甘えた様子が可愛いと思って気にしなかったんだ。」

「そうですの・・・」

「ああ。そのあと惟光これみつがお菓子を持ってくれたりしてね、二人で過ごしたんだ。彼女のどんどん打ち解けてくれる様子が可愛かった。夕方になると院の不気味な様子に怯えていてね。それも可愛かったんだ。本当に・・・かわいい人だったんだ。かの君は・・・」

 兄の目から涙がこぼれる。かわいそうに。




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