閑話 空蝉の君から見たお話

 さて、今回は空蝉うつせみの君から側話も聞きたかった私は、空蝉の君に縁のあるある女人を探し出し話を聞いてきてもらった。


 私は御簾みすの中に座り、そばに控える女房に質問をさせた。


「姫宮さまは、最初からすべてお聞きしたいとおっしゃっています。聞いてきたことすべてお話しください。こちらからは適宜質問させていただきます。」

「はい。」

「では、お話しください。」

「源氏の君が、一度目の方違えかたたがえで紀伊守の屋敷にいらしゃったとき、その女人は源氏の君に用意された場所と障子しょうじ(今の襖)を隔てたすぐ近くにいました。」

「ええ。」

「人々は、天下の光源氏さまがいらっしゃるなんて思いもしなかったので浮足立っておりました。特に女人たちは少しでいいから直接見てみたいと思っていたのそうです。」

「わかります。」

「源氏の君が近くにいらっしゃると思わなかったその女人も、昼間だったら見たかったと弟君と話しながらお眠りになったそうです。

 しばらくして、少し不安になったその方は、とある女房をお呼びになったそうです。その女房は当時そばにはいなかったそうです。」

「源氏の君はその情報も聞いていたということですね。」

「はい。源氏の君は人があまりそばにいないことをいいことに、その方の寝所に忍び込んだそうです。女人は衣を押しのけられるまでさっきお呼びになった女房が近づいてきたと思っていたようです。」

「まあ・・・それは大変驚かれたでしょうね。」

「そのようです。怯えていたら、優しくお話かけになられたので、やっとのことで人違いではないでしょうかと言っても聞き届けてもらえず、抱き上げて連れていかれてしまったそうです。」

「それは・・・なんと。」


 聞き出し役に任命した女房も言葉を失っている。強引すぎるよね。


「連れ出される途中で、先ほどの女房に会ったのですが、どうすることもできず、夜明けに迎えに来いとだけおっしゃられたそうです。」


 恐ろしかったでしょうね。


「なんと、ご無体な。」

「はい。その女人も、できる限り激しく抗議をいたしましたが、聞いてもらえずことに至ったそうです。」

「まあ。なんとひどい。」

「その女人も、光源氏の美しさには惹かれたものの、お許しになる気もなく、嘆かわしい気持ちで源氏の君をひどいとお思いになっていたそうだ。」

「わかりますわ。」

「源氏の君に慰められ、恨み言を言われ、娘時代であったら受け入れたが、もう人の妻であるので・・・と、誰にもお話になれないで。とお頼み申し上げたそうです。」


 聞いちゃった。ごめんなさい。


「何を言われても、自分の身にはふさわしくなく恥ずかしく、気持ちはありがたいが、普段は疎んじている夫が気になり、もし、夫に知られてしまったら・・・とお考えになったそうです。」

「まじめで奥ゆかしいかたですのね。」

「はい。

 それから悩まれていたある日、弟君が源氏の君に召しだされてしまわれたのです。それ自体はありがたいことだが、弟君をお使いになり、文が届くようになり、その文が人目に触れたら、軽薄だという評判まで背負うことになるとお返事はなさらなかったそうだ。好かれようと行動したところで何にもならないと思ったそうです。」

「思慮深い方なのですね。」

「はい。そうなのです。そうしてお過ごしになったあるひ、源氏の君がまたいらっしゃたそうです。」

「二度目の方違えかたたがえですわね。」

「はい。もう一度いらっしゃったことで、浅いお気持ちではなかったのだと思ったそうですが、だからと言ってまた受け入れて、あの嘆きをもう一度繰り返すのは、と思い、以前の女房の局へと逃げておしまいになったそうです。」

「うまくお逃げになりましたわね。」

「はい。うまくお逃げになりはしましたが、これで諦められたら、それでつらいが、このままかわいらしく言い寄ってこられても困るので、このまま終わらせてしまおう。と思ったそうです。」

「まあ、好意的ではあったんですね。」

「はい。娘時代であったら、と申しておりました。」

「そうですわね。」

「そして、紀伊守きいのかみが任国へ向かったある日、弟君の手引きにより源氏の君が訪れたそうですわ。そのころ、源氏の君がご自分をお忘れになることがうれしいと思い込もうとしているのに、源氏の君のことを忘れられない日々が続きお眠りになれない日々が続いていて、妙な気配が近づいてくることに気づいてびっくりしてお逃げになったそうですわ。お隣のに寝ていた義理の娘を置いて。」


 夜中に誰か自分の部屋に入ってきたら、逃げる!わかる。むしろ、受け入れてもらえると思えるのがすごいよ。


「まあ。お見事ですわね。」

「はい。そして次の日、弟君を叱りつけたそうです。その時に弟君が源氏の君の歌を隠して持っていて、お見せしたようですわ。」

「まあ、どんな?」

「空蝉の身をかへてけるきのもとになほ人がらのなつかしきかな と。」

 セミの抜け殻を残していったその木の下に、それでもその残していった気配が懐かしい。っとな。この歌から、彼女は空蝉の君と呼ばれる。

「あら?何かお持ち帰りになったの?」

「はい。彼女の薄衣うすぎぬを・・・」


 よし!やっと聞けた!薄衣持って帰った話。


「彼女は、源氏の君のお気持ちがいい加減でなかったのだと思い、もし、結婚する前だったならばとまたお思いになり歌を詠んだそうですわ。」

「どんなお歌をかお聞きしました?」

「空蝉の羽におく露のこがくれてしのびしのみにぬるる袖かな と。」

 人目を忍んで泣いています。と

「まあ。お可哀想に。切のうございますわね。」

「はい。聞いていて胸が締め付けられる思いでした。」

 近くの女房に

「この話は誰にも言わないように」

 と言わせる。

「はい。もちろんでございます。」


 よかった。空蝉の君、お疲れさま。出家後の面倒は見るからね!兄が!


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