閑話 私の生まれる前のお話(『桐壺』冒頭文の概要)

 これは、私、女四宮が生まれる前のお話である。

 父桐壺帝は親政を行う天皇として、たくさんの女御と更衣に仕えられていた。

 女御たちは、自分こそが皇子を産んで次の国母になるのよ!と思って入内していた。

 女御の後見は大臣か皇族である。実家からの期待を背負っての入内だ。

 その中の筆頭が弘徽殿女御こきでんのにょうご。彼女と父との間には、女一の宮、女三の宮、第一皇子がいた。

 天皇の結婚は政治である。後見がしっかりした女御ほど大事にしなければならない。父は立派に帝という仕事を務めていたのである。

 しかし、それが、私たちの母、桐壺更衣きりつぼのこういの入内によって崩れてしまった。

 母の父の大納言はすでに亡く、しっかりした後見はいない。母の母がどんなにいい家の出身で頑張ったとしても、補いきれるものではなかったのだ。どんなに気に入ったとしても寵愛してはいけなかったのだ。それなのに昼夜を問わずそばに置いた。そのことが母の更衣としての格を下げることにつながった。

 さて、義務を放り投げて恋に走る帝に、臣下たちは呆れて目をそらした。桐壺更衣への寵愛によって蔑ろにされ続けた女御更衣たちの怒り、悲しみ、妬み、嫉みはいかほどだろうか。しかし、その気持ちを現人神である帝にぶつけるわけにはいかない。女の嫉妬は女に向かうものだ。

 そうして、母桐壺更衣はいじめの対象となったのだ。

 母は精神的に強い女性ではなかったのだろう。いじめられて弱っていった。それを不憫に思い、余計寵愛する父桐壺帝。悪循環である。

 弱っていく中、兄と私を立て続けに産んだ。父の寵愛は留まるところをしらなかった。次第に弱っていく母は、兄の袴着の儀式のあと亡くなった。産後にすぐ復帰せよと急かしまくった父のせいもあると思う。気の毒に。

 最期の時も、なかなか後宮からの退出を許されなかったそうだ。周りが急かして急かしてやっと退出できた。

「かぎりとてわかるるみちのかなしきにいかまほしきはいのちなりけり」

 母の辞世の句だ。生きたいと伝わってくる。

 前世で物語と思っていたのに、その歌には血が通っているように感じ、切なく母を思う。

 存在しなかったはずの私、女四宮は、どう生きていけるのだろうか。

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