アーサー・ペンドラゴンvs芹沢鴨 3

 アーサー・ペンドラゴン。

 実在を疑われた騎士の王。物語の中だけの架空の王。

 しかし偉大なる騎士として彼の武勲は後世に語り継がれ、様々な物語の題材とされた。

 実在しないかもしれない。架空の存在かもしれない。だが今、アーサー・ペンドラゴンがいる。目の前で、かの有名な聖剣を手に戦っている。

 背後には、最後の戦いを勝利に収めた槍まである。

 過去、彼がこの転生者大戦において、敗北した戦績は一度としてない。今も昔も、彼は最後には勝って来た。

 例え周囲の誰かが負けても、彼だけは勝って来た。周囲の誰かが死んでも、彼だけは生き残っていた。今も、昔も、物語の中でも変わらずに、彼は常勝にして無敗の王であり、偉大なる騎士であった。

 例え実の息子が敵になろうとも、彼は勝ったのだから。

 どんな戦いでも、どんな敵が相手でも、彼は勝たねばならなかった。


  *  *  *  *  *


『芹沢失脚!!! 膝を突き、手を突いた状態から動かない! これはもう決まったかぁ?!』

「お、終わった……初っ端から終わった……」

 ガックリと項垂れる安心院あんしんいんの隣で、南條なんじょうは笑っていた。

 待っているのだ。

 盛り上がりに盛り上がっている会場の熱気が冷めるのを。誰もが勝利を信じて疑わない男へ向けられる歓声が静まるのを。誰もが信じられない、信じたくない光景が広がるのを。

 知っている。奴ならそれが出来る事を。

「……っは!」

 アーサーが半歩退いた。

 異変に気付けたのは、観客席の中には一人もない。

 多くの戦場を経験した騎士と浪士だけが異変に気付き、次の瞬間に起こる出来事を予測出来た。

「はっはっはっ! はっはっはっはっはっはっ!!!」

 立ち上がった。

 呵々大笑。大口を開け、犬歯を剥き出しにして笑いながら、芹沢は立ち上がったのだ。

 観客席は静まり返り、熱気は冷め、皆が信じられないと目を見開く。

 南條が待っていた、瞬間だった。

「最高だ! こうでなくちゃいけねぇ! 西の棒振りなんぞに興味はなかったが、これだけ出来りゃあ、上等だ!」

『ぬ、抜いた! 遂に抜いたぁぁぁ! 芹沢鴨が、遂に抜刀ぉぉぉっ!!!』

 今まで多くの敵を斬って来た。

 今まで多くの敵と戦って来た。

 一度斬って死なぬ相手にも、幾度となく遭って来た。

 だが、一度もいなかった。斬られて尚――いや斬られてより、生き生きとして立ち上がって来た相手など。

「何を突っ立ってやがる! まさかもう、終わらせたつもりじゃねぇだろ!!!」

 剣が圧し掛かる。

 体格差があるとしても、それ以上の衝撃が潰しに掛かって来る。

 人が刀を振ったとは思えない衝撃に、アーサーの足がわずかに沈んだ。上から圧し掛かって来る剣は、後ろに跳んで躱す事を許さない。逃げる事を許さない。

 速度も剣技も関係ない。ひたすらに重く、強い剣。ただの得物では、先にそちらが砕けていよう威力を通された鎧の籠手部分が、耐えかねて砕け散る。

「親父!」

「何て馬鹿力だ……あ奴は魔性の類か」

 驚く円卓勢に対し、新選組は若干呆れ気味。

「ダメだ……異世界転生しても何も変わってねぇよあの人……」

「あぁ。だが逆に安心した。あの人が聖人君主にでもなってたらどうしたものかと思ったが、まったく……微塵も変わっていない。あの人を暗殺しに行った夜と、全く変わってねぇ」


  *  *  *  *  *


 日本歴文久三年、九月。

 土方歳三、沖田総司、原田はらだ左之助さのすけ山南やまなみ敬助けいすけら部隊長階級による芹沢鴨暗殺事件。

 酒を飲んで酔い潰れて寝ていた鴨を襲い、抵抗も空しく全身を斬り刻まれて殺されたとされ、愛人と友人も共に首を斬られて殺された――本当に?

 芹沢鴨程の男の最期が、そんな始末なのか。

 事実はわからない。確固たる史料がないからだ。

 故に誰も知らない。断言出来ない。当の本人らも語らない。

 既にそうだと伝わってしまった以上、誰が何を言おうとも、それはもう、覆らない歴史なのだから。

「よぉ。これで……大義名分が出来たなぁ」

「斎藤、どういうこった。酔いつぶれて寝てるって報告だったはずだが」

「変だな。いびきも聞こえたし、そもそも樽三つも開けて何で平然としてるんですかねこの人」

「斎藤。俺を見くびったのか? てめぇらしくねぇなぁ。そもそもおかしくは思わなかったのか? 何でこうも上手く状況が出来てんのか。何でてめぇらがノコノコ侵入出来たのか」

「僕らは誘われた、と言う事かな」

「山南ぃ。てめぇもいるたぁ驚きだ。てめぇはもう少し賢い方だと思ってたんだが」

「問答はいい。芹沢、招いたって事ぁてめぇ……やる気だって事で良いんだな」

 ニタァ、と鴨が笑う。

 鴨がそうして笑う時がどんな時か、長き時を共にして来た彼らは身に染みて知っていた。

「酔い覚ましくらいはさせろよな。てめぇら……死ぬ気で掛かって来い!」

 一夜。

 ほんの一夜の短い戦い。

 それでもその場に居合わせた隊士らは、口を揃えて言う。

 あの時ほど、死を恐れた戦いはなかったと――


  *  *  *  *  *


「よぉ、王様……その剣はあれか? 絶対に折れねぇだの、鉄を木みてぇに斬るだのって噂の奴か?」

「……いや、残念だが本物ではない。だが、贋作という訳でもない。逸話の聖剣は逸話通り、湖の乙女へと返還した。これは、私が転生した異世界にて作られた剣。その世界の――」

「あぁ、いい。そういう長い話は。てめぇほどの奴だ。どんな世界のどんな時代に行こうが、その世界、その時代の最高傑作を持つ事なんて、わかり切ってる。俺が訊きてぇのは、それがエクスなんたらかそうじゃないかって事だけだ」

「それを訊いて、何をすると?」

「何、ただ興味があっただけだ。本当に鉄を木みたいに斬る剣があるのなら、一体どんな代物だったろうかってなぁ!!!」

 芹沢が仕掛ける。

 体格に合わない速度で肉薄して叩き付けた刀を押し付け、圧し掛かるようにして逃がさない。

 斬撃を叩き付けられてようやく理解した事だが、芹沢の刀の刀身は見た目で見るより刃がずっと刃毀れを起こしており、これが返って凶悪になっていた。

 鮫の歯のように獲物に喰いつき、引っ掛かって抜け出させない。

 今、芹沢の刀がアーサーの聖剣に喰いついている状況だ。下は不動の大地。上から圧し掛かる巨漢の暴力。逃げ場がない。

 逃げ場がない今の状況下において、負荷を受ける場所は大きく四つに分けられる。アーサーの肉体。聖剣。芹沢鴨の両腕。刀の四つだ。

 四つのどれかに限界が訪れ、壊れるまで、この攻防は終わらない。少なくとも、攻める芹沢に終わらせる気はない。

 そして、誰よりも先に限界が来たと悲鳴を上げたのは、アーサーの剣であった。

 亀裂が生じ、広がっていく。その光景は観客の言葉と声を驚愕から奪い、芹沢の口角が歪む様に上げさせていった。

 折れそうだな、芹沢の口角が楽し気に問う。

 折れるのか。本物ではないとはいえ、本物に近しいだろうかの聖剣が、見ている誰もが驚愕と共に問う。

 折れないよな。折れないでくれ。騎士の象徴にしてアーサー王の象徴が折れる未来を描いた騎士達が、祈る様に問う。

 まさか折れないでしょうね、戦いをここまでながら見していたチームレジェンズの監督、ポラリスが身を乗り出す。

 折れろ、と思わず力む手を握り締め、新選組隊士らが祈る。

 願いと祈りと希望と絶望とが入り混じった戦場の真ん中で、異世界にて鍛えられ作られた聖剣、エクスカリバーが折れた。

 同時、刀がアーサーの身を捉え、左肩から股間部位まで一直線に切り裂く。

 剣が折れた瞬間、何とか咄嗟の判断が追い付いて身を引き始めていたアーサーは死ななかったものの、見た目相応の深手をこの戦いで初めて受けた。

「あ、アーサー……」

 史上初。今までになかった展開。

 たった一撃。たったの一太刀で、常勝の王が追い詰められた。

 驚きのあまり立ち上がったポラリスの開いた口が塞がらず、倒れたコーヒーが滴っても直す余裕がない。

 この時はポラリスを含め、誰もがまさかの可能性を想像した。

 常勝の王。アーサー・ペンドラゴンの敗北を。

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