第33話 2004年 ~ヘヴィメタルを降らせたのは神ではない…… -7

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 久しぶりに大学の部室に行くと、そこには見知らぬ部員数人が談笑していた。わたしに気づくと小さく会釈してきたけれど、わたしはちらと視線を送っただけで、そのまま奥へ向かう。部室に備え付けてあるドラムセットの椅子に座り、

「君たち話してるところ悪いけど、叩かせてもらうよ」

 明らかにこの四月に入部してきた新入生に見えたので、タメ口でいうと、

 なぜか、びく、と肩を振るわせた一人の男の子が、

「は、はい。先輩のドラムプレイが聞けるなんて、光栄です!」

 と、裏返った声でいう。


「ふうん。そう――」

 わたし、ドラムじゃないんだけど、という言葉を飲み込んで、そのままスティックを振り上げる。簡単なのはエイトビートだったけれど、わたしは頑としてそのリズムだけは叩くまい、と心に決めていた。なんのことはない。ただの個人的なおまじないのようなものだ。意味はない。


 目の前にいる進入部員たちは、わたしの一挙手一投足を、ただじっと見守っている。どうにもやりづらかったけれど、無視することにして、無心にドラムを叩く。

『帰ってきたメタルエリート』のイメージを固めるべく、実際にドラムを叩いてみたけれど、やはりどうにもうまくいかない。何度叩いてみても、しっくりこない。


 もう一度――。

 と、わたしが最初からやり直そうとスティックを持ち直した矢先に、携帯電話の着信音が響いた。視界のなかの新入部員達が顔を見合わせているのを見て、自分のものだとようやく気づいた。

 カバンから電話を取り出してディスプレイを見ると、番号だけが表示されていた。面倒になったわたしは一瞬だけ逡巡したけれど、通話ボタンを押して電話に出た。

 はい、とだけ応じて、相手の反応を待つ。

 はじめ、何の話かわからなかった。


「メタル・ボックスの――ですが……」

 と、通話相手は、確かにそういった。

 会話の内容はほとんど覚えていないけれど、要するに〈キング・オブ・メタル〉にもう一度『メタル・ボックス』でライブをしてほしい、という要請だった。しかも、今度は前座でもなんでもなく、単独で、とのこと――つまり、〈キング・オブ・メタル〉による〈キング・オブ・メタル〉のためだけの、ライブだ。

 通話を切断したときには、椅子から立ち上がっていた。無意識だった。


 ――大変なことになった。


 まず感じたことはこのことだったけれど、それよりも圧倒的に期待感の方が強かった。いつかはそうなればいい、と漠然と考えていたわたしの最終目標だ。それがこれほどあっさり実現するとは夢にも思っていなかった。

 

 その日、メンバー全員にその連絡を入れると、例によって誰も信用せず、一度集まろうという話になった。集合場所はいつも練習のあとに使っている居酒屋だ。

 もう一度『メタル・ボックス』に連絡をいれると、間違いなく出演の依頼をした、との回答を得られた。日程は八月第一週目の土曜日、夜六時半~八時。


「まるまる九十分のライブなんて初めてだね」

 田中零がいう。

「とにかく、それまでに新しいオリジナル曲を完成させよう……忙しくなるな」

 そういいながらも、ドラムの角泰斗の顔には、自然と笑顔がこぼれる。

「ああ、ざっくり見積もってあと二ヶ月だな」

 市川が生ビールをあおりながら、いった。

「とりあえず、この前やってみた『デスボイス・フロムザ・スカイ』は完成させましょう。それとまた一曲――『帰ってきたメタルエリート』という曲を作ってるんだけど……」

「それもやろう」わたしの言葉に、角泰斗が即答する。


 あと、田中零と市川もそれぞれ二曲ずつ案がある、とのことだった。

 これで、オリジナル曲は七曲。

『メタル・ボックス』の担当者は、オリジナルでなくてもかまわない、とはいってくれているけれど、やはり表現者としてはそういうわけにもいかない。

「だいたい、半分オリジナル、半分コピー、って感じかな?」

「だけど、オリジナルでまだまったく手をつけていないのが五曲もあるからね。これからは週二回でも間に合わないかもね――二日に一回ぐらいにペースアップする?」

 わたしの言葉に、全員が迷うことなく首肯する。

「よし! ……じゃあ、とりあえずは乾杯といきますか」

 この日も記憶が曖昧になるまで飲み、そして気がついたら翌日の家のベッドの上だった。

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