第27話 ノルール国王に会えない理由
ストアディアから運んできた献上品は、ノルール城の最奥にある『王玉の間』に置かれている。
わたしは品物の状態に問題がないことを確認すると、責任者のエークルランドに労いの言葉をかけた。だが彼はそわそわしていて、別のことで頭がいっぱいのようだった。
「ユリシス様、大切なお話が……。人を遠ざけていただけますか?」
従者たちを部屋から退出させると、王玉の間にはわたしとエークルランドだけになった。
「頼まれていた件のご報告を致します」
わたしは昨日エークルランドに宝石を渡し、探りを入れるよう頼んでいた。エークルランドは口の軽い者を探し、宝石を渡して情報を手に入れたのだ。
「まずノルール国王の件ですが、昨日の昼から病に伏せっているそうです。嘔吐、頭痛、めまいなどを起こしているとのこと」
「病気? それとも良くないものでも食べたの?」
「原因は分かっていません。だが、命に関わるほどの深刻な症状ではないそうです。ただ体力と気力が低下しており、それゆえにユリシス様と顔合わせできなかったとのこと」
「そういう事情だったの⁉︎ 話してくれたら、不安にならずに済んだのに……」
「ここだけの話ですが……」
部屋には誰もいないのに、エークルランドはわたしの耳に唇を寄せ、声を落とした。
「国王は毒を盛られたのではないか……、そう勘繰っている者がいるそうです」
「毒っ!!」
「しっ! 声が大きい。俺たちはストアディアの人間です。いるだけで疑いの目を向けられているのですから、国王の問題に立ち入らない方がいい。一歩間違えれば、俺たちが犯人にされていた。危ないところでした」
わたしは驚いて息を呑む。
エークルランドは体を引くと、心外だというように瞠目した。
「国王の体調が悪くなったのは、昨日の昼。俺たちはその後に着いた。だから部外者でいられるのです。だがもしも俺たちが午前中に着いたなら、ユリシス様が疑われるのは至極当然の成り行き。首謀者にされたことでしょう。違うと叫んでも、ストアディア人の話を信じてなどくれない。俺たちは首が飛ぶところだったのです」
「……遅く着いて良かった」
口元にやった手が震えている。知らないうちに危ない橋を渡っていたのだ。
「あとこれは、俺ともうひとりの人間しか知らない情報なのですが……」
「なに?」
エークルランドは再び上半身を傾けて、わたしの耳に秘密を吹き込む。
「王妃付きの侍女から聞いたのですが、手ずからビールを用意した王妃が怪しいと。ビールに水を入れたそうです」
「水? その水に毒が入っていたの?」
「それが……」
エークルランドは姿勢を正すと、気まずそうに頬を掻いた。
「花瓶の水だそうです。王妃は『国王は酒の飲みすぎで体が弱っている。薄めてあげましょう』そう言って、花瓶の水をビールに入れたそうです。侍女は嫌がらせだと思って、そのときは気に留めなかった」
「その花瓶の水に毒が入っていたということなのね」
「いいえ。花瓶の水は、その侍女が井戸から汲んできたもの。侍女を疑うこともできるが……。だが花瓶の水をビールに混ぜる者などいない。王妃の行動は予測不可能。非常識だ。王妃と侍女がグルになっている可能性もあるが、だからといって花瓶の水をビールに混ぜるなど……。飲み水をビールに混ぜたと、そう言えばいいのに、あえて花瓶の水だと主張した侍女の動機が分からない」
「そうね」
リンデル王妃は騎士の間で、きわどい発言をした。
——あなたが来る前に行動を起こしたの。だって私、夫が嫌いなんだもの。早く死んで欲しいのよ。
「国王は死んでいないのよね?」
「はい、生きています。命に別状はありません」
「そう……。だったらこの問題には触れないことにしましょう」
リンデル王妃がビールに毒を混ぜた犯人だとしても、わたしたちは騒がないほうがいい。王妃は悪い人ではないと思うが、王妃の周辺にいる者は分からない。わたしたちに罪を押し付けて、犯人扱いされてしまう危険がある。この問題は知らないふりをするほうが安全だ。
「国王は毒で倒れたのではなく、お腹を壊しただけだと思うわ。花瓶の水が腐っていたのよ」
「そういうことも考えられるでしょうね」
エークルランドはあっさりと同意すると、「後継者争いの件なのですが……」と話題を変えた。
「王妃の派閥内で内輪揉めが起こっているそうです」
「そうなの? 誰が争っているの?」
「王妃の実家であるソニーユ公爵家と、王妃の叔父であるサマラノス伯爵です。サマラノス伯爵は教会を味方につけているため、ソニーユ家よりも優位に立っている。王妃の父親は、サマラノス伯爵を失脚させようと裏で動き回っているそうです」
「どこの世界にもめんどくさい人っているのね」
王妃からは野心的なものを感じなかった。彼女は担ぎ上げられただけで、本心は穏やかな生活を望んでいるように思える。それならば、実家と叔父の争いは王妃にとって迷惑なものでしかない。
リンデル王妃が「息子と二人で田舎に移り住んで、穏やかに暮らしたい」と話していた心情が理解できる。
「それにしても……、国王が回復するまで結婚式は挙げられないみたい。酷い話だわ」
「そうですか? だって気のない結婚をしなくていいんですよ? なんだったら、国に帰ることだってできる。ユリシス様が一番得をしていると思いますがね」
「帰っても、他の男と結婚させられるだけだわ。それなら、好きに過ごせばいいと言ったヴェリニヘルム殿下の方がましだわ」
「おや? 意外なことを言いますね」
エークルランドは、笑いを
エークルランドは三十四歳。わたしが物心ついたときには既に城仕えしていた。わたしの護衛となって八年。長く側にいるせいか、彼は遠慮のない物言いをする。
「アンリから聞きました。ヴェリニヘルム殿下と喧嘩をなさったそうで。アンリは怖かったとブルブル震えていましたよ。殿下はなんでも、生意気な女は嫌いだと言ったとか。ハハッ! ユリシス様に面と向かってそのようなことを言うとは! おとなしい男だと思っていましたが、見どころがあるようで結構」
「生意気な女は嫌いだなんて言われていないわ! 気の強い女性は苦手だと言われただけよ!」
「同じじゃないですか」
「全然違うわ!!」
いきり立つわたしに、エークルランドはおどけた調子で「それは失礼しました。お姫様」と恭しくかしこまってみせた。彼は調子がいい。
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