第9話 奇妙な求婚

 ヴェリニヘルムと別れてから二年が過ぎ、わたしは十八歳になった。

 待ちに待ったヴェリニヘルムからの書簡が届いた。格式ばった文書を要約すると、こうである。

 


『バルク海を拠点とする海賊を一掃せよ。または、ユリシス王女を我がヴェリニヘルムの妻に差し出せ。どちらか好きな方を選べ。無視するならば、戦いの準備をしたほうがよいであろう』



 なんとも奇妙な求婚。まるで脅迫文である。ヴェリニヘルムの真意が読めなくて、わたしは戸惑ってしまった。

 城にいる男たちは血気盛んな反応を見せた。


「俺たちの王女を妻に差し出せだと? 厚顔無恥も甚だしいっ! 戦いの準備など、いくらでもしてやる! ノルール人を皆殺しにしなければ気が済まん!!」


 女たちは非難轟々だった。


「あんな石ころのように冷たくてつまらない男、ユリシス様に相応しくないですわ! 速攻お断りするべきです!!」


 女たちがヴェリニヘルムを石ころ扱いしているのにはわけがある。姉のアスリッドは先々代の王妃の類縁と一年前に結婚したのだが、城を離れるその日まで、ヴェリニヘルムの悪口を言いふらしていた。


「ダンスの下手な男なんて最悪よ。しかも仏頂面で、まともな会話も出来やしない。なにを聞いても、ああとか、そうとか、言うだけ。あれほど気が利かない男を見たことがない。そこら辺に落ちている石のように、つまらない男よ。国のためとはいえ、あんな石ころと結婚をしなくて本当に良かった。石ころに女を愛する心なんてあるのかしら?」


 アスリッドのせいで、ヴェリニヘルムは女たちから石ころ呼びされている。それはわたしにとってひどく屈辱的なのだが、耐えるしかない。

 


 兄であるスペンソン国王も敵意を剥き出しにして、書簡を一蹴した。


「ノルールの商船が、ストアディアの海賊に襲われる事態が続いたらしい。バルク海の治安を良くしたいのだろうが、奴らの船が何艘沈もうが、俺らには関係がない。ノルールの船など、バルク海から跡形もなく消えればよいのだ!」

「でも国際関係というものがありますから。書簡をなかったことにはできません。無視すれば戦争に発展します。返答しなくては……」

「こんな返事はどうだ? 『第三の選択肢を与える。ノルール国王が海の藻屑となって消えろ』……俺はヤツを許しはしない。父が死んだ恨みを永遠に忘れることはない。ノルールは敵である。だからといって戦争は避けたいが……」


 兄は宮廷画家の手元を覗き込み、満足気に頷いた。わたしは肖像画を描かれている真っ最中である。

 兄は父を慕っていた。それゆえに、父を自殺に追いやったノルール国王に対する恨みが深い。

 わたしはそっと、溜息をついた。


「同感です。わたしも戦争は好みません。戦争よりも国内産業の発展に力を注ぐべきです。けれど……ノルールの背後にはデンタート王国が控えています。デンタートの商船と客船もストアディアの海賊にやられていると聞きます。デンタートを敵に回さないためにも、アディマスに命じて狼藉を働く海賊を一掃して……っ⁉︎」


 ハッと息を呑む。これでは海賊を一掃する選択肢を選んだことになる。


(ヴェリニヘルムの妻になれないじゃない! 違う!! 海賊ではなく、婚姻のほうを選ばないと!!)


 兄は動揺するわたしに気づくことなく、満足げに頷いた。


「ああ、そうするとしよう。海賊など害にしかならん。可愛い妹を、敵国に渡すわけにはいかない。お前を人質にはさせん!」

「人質?」


 兄は部屋を歩き回りながら、話を続ける。


「我がストアディアはスペニシーサ王国と縁が深い。そして、デンタート王国とスペニシーサ王国は新大陸の覇権争いで火花を散らしている。これがどういうことか、分かるな?」


 わたしたちの祖母はスペニシーサ王家出身。我がストアディアとスペニシーサは良好な関係を保っており、そしてスペニシーサとデンタートは植民地拡大を巡って睨み合っている。


「まさか……ノルールはわたしを人質に取ることで、我が国がスペニシーサ側につくのを牽制けんせいしたいと……?」

「その通り。デンタートと同盟を結んだノルール王国としては、我々がスペニシーサ側につくのを阻止したいはず。だがそれは外交上の狙い。ヴェリニヘルム個人の思惑は別にあると、俺は読む」

「っ!!」


 心臓がドクンと跳ねる。

 意味深長な話し方をする兄。核心に近づいていく流れに、真綿で首を絞められているような気持ちになる。

 それと同時に、ヴェリニヘルムに裏切られたのでは……という猜疑心が鎌首をもたげる。


(ヴェリニヘルム殿下が求婚してくれたのは、わたしを利用するため? 好意を逆手にとって、わたしを人質にするつもりなの?) 


 





 

 

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