あなたと結ばれるために
第6話 自分の容姿が相手にもらたす感情
監獄に収監されている海賊長に会うべく、石の階段を下りていく。
天井から
監視役の男は何度も謝罪を口にした。
「ユリシス王女様、汚いところで申しわけねぇです。ご気分が優れないようでしたら、すぐにおっしゃってくだせぇ」
「お気遣いありがとう。でも、わたしは大丈夫よ。それよりも突然アディマスに会いたいなどと、我儘を言ってごめんなさいね」
「そんなっ! 王女様の願いでしたら、どんなことでも喜んで引き受けますでぇ!!」
微笑んでみせると、南部訛の強い監視役の男は顔を赤らめた。
わたしは監視役の男と護衛騎士を離れた場所に留まらせると、海賊長が捕らえられている牢屋の前に立った。
「はじめまして。わたしはスペンソン国王の妹で、ユリシスと申します。あなたの名はアディマスで、バルク海を仕切る海賊ということで間違いないかしら?」
石壁にぽかりと開いた長方形の窓から太陽の光が流れ落ちて、ベッドに寝転んでいる男を照らす。
男は壁に向かって横向きに寝ており、顔が見えない。足裏を見せたままのアディマスに、質問を投げる。
「ここの環境はどう? 困っていることはない?」
「…………」
「食事はどうかしら? あなたのお口に合う?」
「…………」
返事はおろか起き上がろうともしない男に、苛立った騎士が声を荒げた。
「お前っ!! 王女様に対して、その態度はなんだっ!」
「いいのです」
怒りをあらわにする騎士を眼差しで
「海賊と政治の世界は似ているわよね。時勢を読んで賢く立ち回らないと命を落とす。今は海賊にとって黄金時代。商船が運ぶ財宝を略奪して、酒場や娼館で遊ぶのは楽しいでしょうけれど、これがいつまでも続くと思う? 人の物を盗むよりも、自分の力で大金を稼いでみたいとは思わない? それとも各国の軍隊に追われる方が好き? ……ねぇ、下っ端のあなたはどう思う?」
「し、下っ端ぁっ⁉︎ ふざけんなっ、俺はっ!!」
勢いよく起き上がった男はハッとした顔をし、それから眼光鋭く睨みつけた。
「わざと下っ端だと言いやがったなっ!!」
わたしは作戦が功を奏したことが嬉しくて、口元を扇で覆って笑みをこぼす。
「ふふっ。バルク海最強と
アディマスは海の男らしい浅黒い肌に、彫りの深いはっきりとした目鼻立ちをしている。長い黒髪を後ろでひとつに束ね、胸板が厚いのがシャツの上からでも分かる。筋肉質の体は見るからに屈強で、戦いをくぐり抜けてきた者の威風堂々とした風格が漂っている。
さぞや女にもてるだろうという色男だが、男にも慕われるカリスマ性も備わっているように見える。
(会ってみて正解だったわ。人の上に立つために生まれてきたような人ね。なんとしても味方に引き入れなくては……)
だがわたしは十七歳で、彼は二十七歳。まともに相手にしてもらえるとは思わない。だが一歩も引く気はない。
わたしはさらに一歩、足を前に進めた。靴の爪先が鉄柵に当たる。
「ここの環境はどう? お食事はお口に合う?」
アディマスはしかめっ面をし、床に唾を吐いた。
「くだらねぇ質問をするなっ!! 快適な寒すぎる環境だ。飯が臭くて美味い。牢屋で暮らすネズミどもと知り合いになれて最高だ。そう言えと? はっ!! 馬鹿くせぇ。命乞いなどしない。さっさと殺せばいいだろっ!!」
「あなたを殺しても、わたしにはなんの得もないわ。誤解しているようだけれど、仕事の話を持ってきたの。わたしと手を組まない?」
「はっ! やなこった!!」
アディマスは鼻で笑うと、ベッドの上にある薄い毛布を手に取った。
会話を終わらせて、寝るつもりなのだろう。
アディマスのいる牢屋の窓は小さく、鉄柵のこちら側に採光窓はない。しかも、わたしは燭台を持っていない。
わたしからはアディマスの表情の変化が見えるが、アディマスからはわたしの姿が影のように暗く見えるだろう。
わたしはわざと声を落とした。
「支配者のすることは……さほど変わらない。あの人たちは……をして、自尊心を満足させている。屈服……ない。ポルシオン王国の失墜は……疲弊してしまった」
「は?」
「ストアディアは……そのうえで……得るの」
「聞こえねぇって! はっきりと話せ!!」
アディマスの手から毛布が落ちる。彼は腕組みし、つま先をイライラと動かした。
「わたしたちは武力ではなく……をして、激動の時代を乗り切ってみせる。あなたを牢屋から、出してあげる」
「いい加減にしろっての!! 大声で話せっ!!」
「大声を出すのは苦手なの」
「チッ! メンドクセー女!!」
アディマスは舌打ちすると、腕組みを解き、乱暴な足取りで鉄柵に近寄って来た。
わたしは監視役の男に命じて、炎の灯った燭台を持ってこさせた。
鉄柵越しに近距離で、アディマスと対峙する。
わたしは今までわざと姿を見づらくしていた。蝋燭の明かりに照らされたわたしの顔を、今ようやくアディマスは見ることができた。
彼の目が驚きで見開かれ、喉がゴクリと鳴る。
(わたしは自分の容姿が相手にもたらす感情を理解している。すべては計算通り。この容姿を最大限に利用して、目的を果たしてみせる!)
わたしの瞳は綺麗なコバルトブルーで、さらには下三白眼。この瞳に見つめられた者は魔力にかかったような妙な気持ちになることを、わたしは知っている。
アディマスは、わたしの瞳から目を逸らせずにいる。
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