第38話破滅は再び訪れる

 意気込みを新たにして戦いに出た私たちを迎えたのは、おびただしい数の『魔の者共』だった。


「これは……あの日以上だな」

「うん。相手の戦意も高い。みんなが持つか不安だね。夏美、ちゃんとフォローしてあげてね」

「もちろんだ」


 夏美の頼もしい言葉を背に、俺は静かに前へと歩く。

 後ろから優香ちゃんがついてきてくれているのを確認して、俺は静かに二振りの小太刀を手に取った。


「これを倒せば、あいつを……」


 昂る。己が傷つけられている時とはまた違った、胸のうちから湧き上がる炎のようなもの。

 

 敵を観察する。みんなが手こずるような強敵を素早く仕留め、指揮官をしているであろう喜悦の悪魔を叩く。


「いくよっ、優香ちゃん!」

「はい!」


 さあ、あの日の喪失を返しに行こう。



 


「はああああああ!」


 湧き上がる力のままに、突進する。最初に目の前に現れたのは、獣人だった。


「Grrrrrrrrr!」


 屈強な体つき。今まで戦った獣人とは明らかに雰囲気が違う。

 大きな槍を隙なく構えている。間合い的には不利と言えるだろう。


「関係ない!」


 振り切る。大地を震わさんばかりに踏み込んだ脚が加速を生む。

 ひゅうひゅうという風音を耳で聞きながら、懐へと接近。勢いそのままに、袈裟斬りを繰り出した。

 

「G、Grrrr!」


 防御させる間もなく、一瞬で腹部に届く刃。深手を負ったはずの獣人だったが、その目は死んではいなかった。間合いの不利を悟り、素早く槍を捨て、鋭いジャブを繰り出してきた。


「ッ!」


 鋭い爪が、俺の腕を軽く抉る。鋭利な爪を持つ獣人は、軽い攻撃でも致命傷になり得る厄介な相手だ。

 しかし、俺のつけた腹部の傷は深い。腸すら出てきそうな傷口だったが、しかし獣人は吐血しながらも連続で爪を繰り出してきた。


「クッ……早いな」


 まるでプロボクサーの連続パンチを見ているようだ。目で追うのも精一杯な両手の動きは、取り回しの良い小太刀二本を以てしても防ぐので精一杯だった。

 

 やはり、一撃デカいのを食らって『特性』を発動させるべきだろうか。『心身合一』の力を引き出せば、俺の動きも加速する。

 しかし今日は長期戦が予想される。できれば出血は最低限にしておきたいところだが……。


「――燐火先輩! 伏せて!」


 突如聞こえてきた優香ちゃんの声に、俺は反射的に頭を下げた。

 次の瞬間、俺の頭上を眩い光線が通り過ぎた。


「Grrrrrrr!」


 直撃。光が顔面に直撃した獣人は、大きくのけぞる。

 その隙を突き、俺は大きく前に脚を突き出す。大上段から振り下ろした二振りの小太刀は、獣人の頭蓋骨に深々と突き刺さった。


「Grr……」


 今後こそ沈黙した獣人は、その場に倒れ込み二度と動くことはなかった。


「……随分しぶとかったですね」

「うん。強かった。優香ちゃんの援護に助けられた」


 手ごたえとしては、普通の群れのボスくらいだろうか。いつか見たケルベロスと同じくらい。こんなのが沢山いるとなれば、今日はやはりいつもと違う。

 

「先を急ごう、優香ちゃん。私が頑張らないと」

「はい!」

 

 

 ◇



「第12チーム、第6チームを援護してくれ! 第8チームは少し下げれ!」


 戦場に夏美の怒号が飛ぶ。拡声器も使っていないのに、彼女の低い声は良く響く。そこに籠められているのは、一人たりとも死なせてたまるかという決意だ。


「黒崎先輩! た、高橋先輩が重症です!」


 夏美のいる第1チームに駆け寄ってくる影があった。

 見れば、視線の先には力なく目を閉じる二年生の姿。彼女を担いでそれを報告する一年生は、瞳いっぱいに涙を溜めていた。


「せ、先輩が私を庇って……それで、それで……!」


 よく見れば、おぶられている生徒の腹部からは大量の血が流れ出ている。その場にいる戦乙女たちの表情が変わる。顔は真っ青で、命の危機すら感じさせる重症だ。おぶっている生徒の背中は、傷口にくっついているので既に真っ赤だ。

 

「落ち着け。安心しろ」


 夏美は堂々とした口調で話す。絶対助けられる、と確信しているように。涙に濡れた瞳が、夏美を見上げる。

 夏美は前を向いたかと思うと鼓膜をビリビリと揺らすような大声で叫んだ。

 

「燐火! 重症人が出た! 光井をよこせ!」


 その声が響いた途端、前線に変化があった。かつてない密度で襲い掛かる『魔の者共』。その中心が、急激に割けていく。その場にいる敵が、一瞬で切り伏せられているのだ。

 まるで柔らかいスポンジケーキに包丁を入れるようなその変化に、その場にいたものが目を見開く。


「夏美!」


 前方から姿を現した燐火は、躊躇いもなく優香の体を抱きかかえると、夏美の方に投げてよこした。


「うわっ……わ、私の扱いーッ!」


 20メートルは飛んだだろうか。悲鳴を上げながらも、優香は空中で姿勢を整えると、二本足で着地を決めてみせた。それを見ることすらなく、燐火は手薄になった第4チームのもとへ駆けて行った。


「見せてください」

「は、はい!」

 

 優香は重症の戦乙女を見てわずかに目を細めた。傷口が広い。出血多量による衰弱がひどい。

 これは気合を入れないと助けられないぞ、と気を引き締めて、彼女は口を開いた。

 

「『いと気高き癒しの光よ、彼の者に安寧を与え給え、ハイキュア』」 

 

 瞬間、小雨のぱらつく戦場に奇跡が訪れた。目を瞑った優香の手に持つ杖が光る。光は目を閉じた怪我人を優しく包み込む。ぼう、と光る傷口が、みるみるうちに塞がっていく。彼女を包み込む光は、それを祝福しているようだった。

 それはまるで、この世に天使が降臨したかと思わせるほど神秘的な光景だった。

 

「……あれ、もう天国についたの?」


 やがて目を覚ました生徒が呆然と呟くと、それに安心したように優しく微笑んだ一年生が、黙って彼女の体を抱きしめた。




 

 人類を滅ぼさんとする化け物の住処、大穴の底は常に闇に満ちている。その奥には化け物たちの呻き声が響いている。地の底から湧き上がってくるような威嚇の唸り。狂人のような甲高い叫び。

 多種多様な気配が、闇の中の不気味な雰囲気を醸し出している。地獄というものが存在するのなら、きっとこのような景色なのだろう。

 

「それでは東日本自浄機構拡張計画について、最終確認を致しましょう。とはいっても、まともに会話できるのは私とあなたくらい。悪の親玉の作戦会議にはあまりにも華が足りないですね」

 

 そんな中にあって、喜悦の悪魔は堂々とした佇まいで腰かけていた。傍らに直立不動で立つのは、人型に蠢く黒い物体。ドッペルゲンガーの『影』だ。

 

「改めての確認です。今私たちがいる場所、自浄機構は戦乙女がいなければ今以上に拡張することができます。なので私たちの目標は、大穴近辺にいる戦乙女を退けること、または殺すことです」


 自浄機構、人間の言うところの大穴は、『魔の者共』を生み出す機能を持っている。それが広がれば、さらに多くの『魔の者共』が世に放たれることになる。そのことは、大穴の封じ込めに失敗した他国の例から燐火たちも良く分かっていた。


「それでは『影』私たちの最大の障害はなんでしたか?」 

「ハッ、喜悦の悪魔様。淵上高校における最大の障害は二つ。一つ目は、ドイツからの転校生エルナ・フェッセルです。特に多数との戦いに圧倒的な強さを誇る戦乙女で、今まで集めてきた軍勢を丸ごと滅ぼされる危険性があります」

「その通りです」


 エルナの強みは攻撃の密度、頻度だ。

 多くの戦乙女が剣や槍などの原始的な武器で戦う中、拳銃という現代兵器を用いて戦っている。

 

「戦乙女が現代兵器を持ってもあまり力を発揮できないはずですが、その銃弾は、既に数多くの『魔の者共』を滅ぼしています」

「あれは例外でしょう。特別大きな感情を持って生まれた特殊個体。考えるだけ無駄です」 


 戦乙女の力の本質は感情だ。希望。勇気。愛。あるいは、憤怒。嫉妬。劣情。それが武器の形で出現する。だからこそ、直接力を叩きつけるような近接武器の方が力を出しやすい。戦乙女の武器は、単なる物理法則では語れない。だから刀が銃に勝つこともあり得るし、杖から魔法が飛び出すことがある、

 

「しかし、あなた様の策略で封じ込めに成功しました。馬鹿な人類は内紛を起こし、あれを監禁する始末。まったく愚かなものです」


 エルナの暴力事件を引き起こしたのはドッペルゲンガーの影だ。茶髪の生徒の姿になった影は、戦場から帰還する戦乙女のなかに紛れ込み渕上高校に潜入。その後エルナの姿を模倣して、屋上にいた生徒を無差別に攻撃した。


「ええ。あなたの功績で作戦の第一段階は成功しました。そして我々の作戦最大の障害、天塚燐火が残ったわけです」

 

 作戦の第二段階。それは天塚燐火の封じ込め、もしくは殺害だ。


「必要なのはタイミングです。あの厄介な相手を、身体的ではなく心理的に叩きのめす。そのために、これから布石を打とうというわけです。そろそろ雑魚どもが消耗してきた頃です。――仕掛けます。私たちも出ますよ」

「はい」



 

 

片腕の悪魔を発見した。その報告は、燐火と夏美の心を激しく昂らせた。

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