第16話その輝きは永遠に

 優香ちゃんと一緒に行ったレストランから帰って、入浴などを手早く済ませる。

 俺はウキウキとした気分で、真央先輩とのお話を始めた。


「燐火ちゃん、今日は楽しそうだね。どこに行ってたの?」

「はい! いやあ、久しぶりに学校の外に出たんですけど、いい店でしたよ! 『パラディ』っていうところなんですけど、雰囲気は落ち着いていて、料理が美味しかったです。何よりも店内の雰囲気に優香ちゃんがずっとびくびくしていて可愛かったんです! でも料理食べると目をキラキラさせて喜びだして、頬なんか抑えちゃって、それも可愛かったです!」

「ふふ、なんかすごい嬉しそうだね」

「いやあ、優香ちゃんの嬉しそうな顔を見れて何よりでした。だって、その後に最高の曇り顔を見せてくれましたから!」

「うわあ、いい笑顔……何となく予想できるけど、何があったの?」


 真央先輩は呆れたように聞いて来た。


「オレの過去とかについてちょっと話しました。両親が亡くなったこととか。後、オレが戦う理由について。ああもちろんぼかして話しましたけど」


 当然、優香ちゃんに『痛いのが好きだから戦ってる』とは言えなかった。

 多分ドン引きしてくれるとは思うが、下手すれば彼女が離れていってしまう。俺はまだじっくりと彼女と交流して色々な表情を見たいのだ。


「俺には他に居場所がない、みたいな話をすると、優香ちゃんすごい悲痛そうな顔で俯いちゃって、その様子がもう抱きしめてあげたいほど可愛かったんですよ!」

「相変わらずひどい趣味だね……。まあでも嘘は言ってないっぽいのが何とも度し難い……」

「そうです、嘘はついてません」


 だから無罪です、と胸を張ると、真央先輩にジト目で見つめられた。


「それにしても、燐火ちゃんが自分の内面をそんなに深く話すなんて珍しいね」

「まあ、先輩にアドバイスもらいましたからね。優香ちゃんがオレと仲良くしてくれようとしているなら、少しくらい自分を見せてもいいかなって。まあでもそのかいはありましたよ。──急にクソ重い過去を話された優香ちゃん、めちゃくちゃいい曇り顔してたんですからっ!」


 思い出すと今でも興奮してしまう。急に過去語りを始めた俺に、優香ちゃんは明らかに動揺していた。マズいことを聞いたかな、という罪悪感と、同情にも似た悲しみ。それは俺の性癖を大いに満足させるものだった。


「同僚の悲しき境遇に悲痛な顔を浮かべる美少女……クーッ! あれこそが美少女になった醍醐味です!」

「うん、率直に言って最低だね」

「あふんっ!」


 真央先輩からの思わぬ攻撃に、俺は快楽を覚えた。好きな人に蔑まれる感覚……これもまた美少女の特権……! 


「あんまり優香ちゃんを虐めてあげないでね? 優しい子なんでしょ?」

「そうですね。流石のオレも、まだ罪悪感は持っているつもりですから」

「本当かな……さっきめちゃくちゃいい笑顔だったんだけど……」


 真央先輩の返答は元気がないように見えた。きっと、夜も遅いし眠いのだろう。


 そんな風に今日のことを話しながら、自分の頭を整理する。両親と姉のこと。居場所がないこと。先輩だけが居場所なこと。


「……あれ?」


 それだけだったか。なんだか感情が昂ってしまい反省した気がするのだが、俺はいったい何を話していたんだっけ。

 ふわふわとした頭で言葉を紡ぐ。


「まあでも、今のオレには先輩がいるから大丈夫だって伝わったはずです。優香ちゃんを心配させることはないと思います。──本当に、先輩はオレの居場所です」

「うん。私でよければ、いくらでも居場所になってあげる」


 控えめに笑う真央先輩。


「先輩はオレにとっての太陽です。いつも頭上で燦燦と輝いていて、オレの人生を照らしてくれる。日が沈み夜になろうとも、太陽はそこにある」


 ありのままの俺を受け入れてくれた大事な人。その場にいるだけで皆を勇気づけてしまう、太陽のような人。大好きな人。

 一年と少し彼女と一緒に過ごしただけで、俺はもう真央先輩なしでは生きていけないほどに魅了されてしまっていた。


 そう、その輝きは俺の人生を永遠に照らすものだ。


「──でも、太陽の輝きは永遠じゃない」

「え?」


 一瞬、誰が言ったんだろう、と思った。

 真央先輩のものとは思わないほどに、冷たくて、平坦で、おぞましい語調。

 俺は、恐る恐る真央先輩を見る。その顔は、恐ろしいほどの無表情だった。


「まお……せんぱい……?」

「燐火ちゃんの居場所はつねにそこにあるわけではない。いずれ終わりが来る」


 全身が冷えていくような感覚。足場が消失したような、底知れない恐怖。


「……ちがう、真央先輩はそんなこと言わない」

「……」


 真央先輩が無表情のまま黙る。その虚ろな目だけが俺を捉えている。

 手が震える。目の前にいる人物が突然別人に変わってしまったような恐ろしさ。


「ち、違う違う違う! そんなの真央先輩じゃない! 真央先輩は! 真央先輩はもっと優しい! もっと美しい! ──オレの、お姉様は!」


 途端に、視界がぐにゃりと歪む。自分が立っているのか座っているのかすら分からなくなり、意識が暗転する。最後まで、真央先輩の虚ろな目は俺を無機質に捉え続けていた。



 次に気づいた時には、俺はベッドの上に横たわっていた。


「夢……?」


 寝汗がひどい。夢の内容を思い出すと、汗がひどく冷たく感じる。


 無性に真央先輩の顔が見たくなって、隣を見る。ベッドは空。真央先輩は、既にどこかに出かけているようだった。


「……まあ、夜また話せばいいだけか」


 恐怖を抑え込むために、自分に言い聞かせるように言う。

 起き上がり、大きく伸び。

 先ほどまで見ていた夢を思い出す。真央先輩が、急に別人みたいになって変なことを言い出してしまう夢。


「──先輩が何と言おうとも、あなたは私の太陽です」


 意味もなく、呟く。両親が殺されるまでもなく、記憶すらなくこの世界に生まれてしまった時点で俺は天涯孤独だ。見知った人など一人もいなくて、保護者も存在しない。頼れるのは、お姉様だけだ。


「……暗い思考はやめやめ! さて、今日はどんな痛みを実感できるかなーっと!」


 独り言を言いながら、俺は朝の支度を再開する。変な夢を見たせいで変なこと考えるなんて俺らしくもない。


 俺はただ、この授かった美少女としての生を、精一杯満喫するのだ。傷を受け、痛みを覚え、皆に心配される。

 理解される必要なんてない。理解してくれるのは真央先輩だけでいい。


「あ、そうだ。今度優香ちゃんの目の前で治癒魔法の練習台と称して自傷行為をしてみよう! 優香ちゃんきっと心配してくれるぞー!」


 最低な発想の思い浮かんだ俺は、それだけで気分が上がってしまう。というか既に興奮してきた。我ながら名案だ。

 優香ちゃんに「もっと自分を大切にしてください!」とか言われたら嬉しすぎて笑っちゃうかもしれない。


 意気揚々と部屋を出る。さあ、いつも通り早朝トレーニングだ。


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