3話 馬鹿王子

 おばあちゃんに連れられて戻ってきた王国は華やかに彩られていました。


 王子様と初めて出会ったときの様なパーティの賑やかさが、国全体に広がっているみたいです。街中が王子様とリディル王女の結婚を祝う雰囲気です。


 おばあちゃんに着せられたフード付の上着を深く被り、周囲に私が私であるということを感づかせないようにして、私達は王城へと歩を進めます。


 そんな中、街中から王子様と結婚できるリディル王女を羨む声が聞こえてきます。また反対に、リディル王女と結婚できる王子を羨む声も聞こえてきて、そしてその中には私のうわさ話も混じっていました。



『リディル王女って王子の命の恩人らしいよ』

『それ聞いた、なんでも城で働いてた女が王子を殺そうとしたって』

『馬鹿だなぁ、王子を敵に回すなんて』

『その女ってどうなったの』

『もう処刑されたらしいよ』



 数々のうわさ話が聞こえてくる中、一つ気がかりなのが『私が既に処刑されている』という話。私は現時点で生きている。一体どいうことなのでしょうか。


「おばあちゃん? 私が死んでるってどういうことなのでしょう?」


「あんたそっくりなスケープゴートを魔法で作ったのさ。あん時のあんたはあたしが助けて、そしてクソ王子の前ではあんたの偽者が首ちょんぱで横たわっていたってわけ」


「ほぇ~、流石は魔女ですね」


 流石とは言いましたがこのおばあちゃんは一体何者なのでしょうか。魔法を使ったり、音速で走ってみたり、予知をしてみたりと不思議です。


 でも私の命の恩人に変わりはありませんけどね。





 そうして辿り着いた王城内にある聖堂、そこは愛を誓い合い、そして確かめ合った者達が永遠の絆を手に入れる聖域です。


 一度清掃の為に中に入ったことがあるのですか、なかなかの広さで王城の広間より広いかも知れません。


 結婚式をぶち壊すと言ったおばあちゃんに連れられて、とうとう覚悟を決めずにここまで来てしまいましたが、いざとなると緊張するものですね。


 聖堂内には王子様とリディル王女がやはり居るのでしょうか。


「これから、ど、どうするんですか? 少し様子を見るんですか?」


「堂々と正面突破さ」


 そう言っておばあちゃんは聖堂の鉄で出来た扉を蹴りで一発、粉砕してしまいました。


 けたましく響く轟音に聖堂内からざわざわと慌しい声が聞こえてきます。音速で走るおばあちゃんの足が、鉄の扉を蹴りで粉砕しようと今更驚きはしませんが、けど王子様の結婚式ともなると国を挙げて開催しますよね? そりゃあ兵士達もいっぱい居るわけですよね?


「おばあちゃん、これまずくないですか? 王子様の……」


「王子様王子様って、いつまでもうるさいね。さあ覚悟を決めな、ここで逃げるのか、ここで王子の結婚式をぶち壊すのかを」


「うう、でも……」


 やっぱり私は覚悟を決められませんでした。だって昨日今日で色々な事をが起こり過ぎました、それに覚悟を決めろだなって私には無理に決まっています。


 なかなか返事を返さない私におばあちゃんはまた、声を荒げました。


「あんたはあのクソ王子に何をされたんだい!? 怒らないのかい!?」


「でも、王子様は私の人生をほんの一時でも変えてくれたお方なんです、そんな人に向かって私は……」


「そんなにクソ王子の事を想ってるんなら喝の一つでも入れてやりなさいな!」


「……!」


 王子様に喝を入れてやれとおばあちゃんは私に喝を入れてきました。私の肩を力強く掴み、私の事を想って怒ってくれるおばあちゃんの姿に私は感銘を受けました。


 そうでした、人って怒られないと分からないモノなんです。


 王子様も言ってたじゃないですか、自分を怒ってくれる私が好きだと、けれどその発言も嘘だとしても、今の王子様に喝を入れてやるのが私なりのケジメになるのではないでしょうか。


 あの茶番にケジメを付けてやるんです。


 私は覚悟を決めました。


「おばあちゃん、私はあの『王子』に拳を一発入れてやります」


「それでいいんだよ、オマケに全身の骨を折ってやりな」


「パンチがオマケになっちゃうじゃないですか」


 覚悟を決めた私にすでに迷いはありません。


 力強い足取りで聖堂内に足を踏み込むと、そこは阿鼻叫喚の巷と化していました。おばあちゃんの蹴りは鉄の扉を粉砕しただけではありませんでした、あまりもの衝撃によって聖堂のあちこちにヒビが入り、今にも崩れてきそうです。


 混乱と困惑が入り乱れる人波の中の奥、私の目は聖堂の中心に居る二つの影を捕らえます。


 深呼吸して気合を入れて、その影に近づこうとした時、私は踏み込むのを止めてしまいました。


 何故なら、そこには頭から血を流して倒れているリディル王女と、その王女を必死に呼びかける王子の姿があったからです。


 私が手を下すまでもなく、すでに惨劇でした。


「ちょっとおばあちゃん? もう終わってません?」


「なあに、あの王女は邪魔だったからね、硬い物で頭をガツンと、少し眠って貰っただけさ」


「狙って粉砕したんですか…」


 流石は魔女です。


「けど突然お邪魔するのはまずかったかね、周りがうるさ過ぎてしゃあないよ」


 そう言って、おばあちゃんはゆっくりと右手を上げました。

 パチンと一音、指を鳴らします。


 たったそれだけ。

 たったそれだけで周りから音という音が消えてなくなりました。


 指を鳴らした音が聖堂内に響き渡った瞬間に、喚いていた人達は静かになって、まるで急に眠ったかの様にしてその場に崩れ落ちました。王子だけを除いて。


「な、なんだ!? 何が起こってるんだ一体!?」


 王子は何が起こったのかが分からない様子でした。そうなんです、私にも分かりません、このおばあちゃんは無茶苦茶なんです。


 そして、必死に何が起こったのかを確認しようとわたわたと頭を左右に振る王子は、私の姿を視界に収めました。私を見つめる表情は驚愕と困惑が混じった表情。


「え、エドナ!? 何故……生きている? こ、殺した筈だ」


 王子の私との再会の言葉は最悪でした。

 本当に私の事を想っているのなら、こんな事を言う筈がありません。


「何故生きていると聞いているんだ! どうしてここに居る!」


 王子は私に怒鳴りつけます。


「そうか、今この状況は貴様の仕業か!? 一体どうやってやった! この化け物め!」


 王子は私を蔑みます。


「一度心をへし折ってやったのに、王子である僕に歯向かおうというのか!」


 王子が口を開く度に、王子様との日々が茶番であった事を再認識できるだけでした。眉をひそめ、目を吊り上げ、口を尖らせて喋る王子は私の心に燃料を注いできます。炎がふつふつと燃え上がるのが自分でもハッキリと分かりました。


「本当に私の事が嫌いなんですね?」


「は? 何を今更、全ては僕が仕組んだ罠なんだよ! リディルと結婚するために好きでもない女に言い寄るのは苦痛でしょうがなかった! 今度こそ引導を渡してやる!」


「そうですか」


「兵士達! 不法侵入者だ! 例の犯罪者が生きていた! 今度こそ殺せ!」


 王子は高らかに叫びました。しかし、その声はただ虚しく聖堂内に響き渡るだけで意味を成しません。ここで今、意識を持っている者は私とおばあちゃんと王子だけ。


「お、おい!? どうした? 誰か僕を助けろ!」


「ひぇっひぇっひぇ、無駄だよ、助かりたければ自分でどうにかするんだねぇ」


「うわぁ!?」


 いつの間にか王子の背後に忍び込んでいたおばあちゃんは、怪しげな笑みを作って王子を脅しかけました。


 すっとんきょうな声を上げた王子はあばあちゃんの顔面へと拳を叩き込みます、しかし音速のおばあちゃんには当たりませんでした。


「残像だよ」


「き、貴様らぁ! この僕に無礼を働いてタダで済むと思うなよ!」


「タダで済まないのはあんたの方だよ、ここでの会話は全て王国内に響き渡る様にあたしが魔法を掛けておいた」


「へ……? は、はぁ?」


「ハッキリ言ってやんないと分からないかい? あんたが作った物語が嘘だということは国民全てに伝わった、この物語はエドナの悲劇として語られるだろうね」


「クソババアめ!」


 魔法というのは今だ漠然としていて分かりませんが、何故だかおばあちゃんが嘘を付いているとは思えませんでした。


 それだけおばあちゃんの言葉は迫力と説得力がありました。そして、おばあちゃんは私の背中をポンと押します。


「エドナ、あんたの物語はまだ終わっていないよ、終わらしておやり」


「はい」


「そして、始まるんだ」


 背を押された私は王子の元へと一歩踏み込みます。

 それに合わせて、王子も一歩後ずさります。


「分かっているのかエドナ、これは重罪だぞ」


「そうですか」


 また一歩、王子の元へ。


「何が望みだ、恨みを晴らそうってか」 


「そうですよ」


 次は三歩と早足で。


「わ、分かった、僕に免じて特別に許してやろう、だから……な?」


「結構です」


 王子の一言に私は全力で走り出す。

 王子の顔が強張ります。


「許してくれ! 違うんだ、そうだ! これはいつもみたいに君に困らせようとしただけんだよ! そうなんだ!」


「だったらいつも通り、いえ……全力で怒ってあげますよ!」


「ひ、ひぃ!」


 私は拳を強く握ります。

 握り潰すは王子様との思い出。いままでの茶番劇。


 そっくりそのままお返しします、さようなら王子様。


「私は……! あんたの事なんか大っ嫌い!」


 クソ王子の悲鳴と共に、何とも嫌な音が聖堂内に響き渡りました。


 うしろから一つだけ、歓声が聞こえてきます。

 左頬を真っ赤に腫らして倒れる王子に向かって、笑顔で言ってやります。



「ざまあみろ! クソ王子!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る