おばあちゃんは婚約破棄経験者

ラストシンデレラ

1話 それは茶番で

 

 

 王子様との出会いはなんともロマンチックとは程遠い場所で。



 王城でひたすら雑用をこなす毎日。


 私ことエドナはこのお仕事で少ないお給金を貰って細々と暮らしていました。そんな私がその日に割り振られたお仕事は、同僚に押し付けられたお皿洗いでした。


 お皿洗いは手が荒れるし汚れるしと、皆やりたくないようです。


 そして皆がお皿洗いをやりたくないもう一つの理由。


 今日は王城内での何かしらのパーティが開催されるようで、やっぱりたくさんのお食事が出される、ということはそれだけ使われるお皿の数も多くなるというモノ。それだけお皿洗いは大変になります。


 私は一人厨房で、せっせとお皿洗いの仕事に勤しんでいました。

 

 パーティには他国の権力者達が参加する様で、同僚達は目をキラキラさせながら何処かへと消えていきました。私一人だけを残して。


「はぁ、疲れますね」


 なんて愚痴をこぼしていた時です。

 王子様が私の居る厨房へと現れたのは。

 

 綺麗でキラキラとしたお洋服に包まれた王子は不機嫌そうでした。横目でチラリと私を一瞥した王子様は、なんと庶民である私に声を掛けてくれたんです。


「お偉いさん達の話を聞いてるのに疲れちゃったよ、君も皿洗い大変だろ?」


「え? けど……その、お仕事ですので」


「うん。僕もお偉い共の話を聞いてやるのが仕事なんだ、お互いに大変だね」


 お皿洗いに勤しむ私に奇妙な共感を王子様は感じてくれた様で、あーだこーだとご自身の仕事の大変さを私に捲くし立てました。


 王子様という立場は王国の立場でもある、だから他人を無碍にも出来ない、だから気が疲れると。


 興味も無い女性に言い寄られても、相手を傷付けないようにやんわりと振らなくてはいけない、だから気が疲れると。


 王子様でも王女様でもない私は意味が分からず、ただ王子様の仕事の大変さという言葉にうんうんと頷く事しか出来ませんでした。


「だからね、ちょっと気を休めようとここに逃げてきた訳なんだ」


「でしたら、王城の外で風に当たられては…」


「あ~、ダメダメ! 外にも人がいっぱい居るからね、王子って立場の僕は何処に行こうと目立ってしょうがないんだ」


「そ、そうですか……、でも駄目ですよ! 王子様は王子様の仕事があるのですから! きちんとしてください!」


 私は王子様に一喝して厨房から追い出しました。

 その日からです、王子様が私の元に度々姿を現すようになったのは。



 ある時は、王城のとある広間の掃除をしていた時。


 王城の広間は人が何百人入ってもまだ余裕が有る程の広さです、そんな所の掃除なんて誰もしたい訳が無く、やっぱり私は押し付けられてしまいました。


 広間の掃除をしていると、王子様が現れました。


「やあ、また会ったね。大変だな君も、こんな広間を一人で清掃とは」


「えぇ? その、お仕事ですので、」


「僕も手伝うよ」


「え!?」


 あろうことか王子様は箒を手に取り掃除を始めてしまいました。


 王子様はもっと他にやるべき仕事があるでしょうと私が止めても、『いいのいいの』と箒を持つ手を止めませんでした。



 またある時は、王城の裏にある広い庭園の落ち葉を集めていた時。


 やっぱり仕事を押し付けられた私は一人で掃除に勤しんでいると、またもや王子様が庭園に姿を現しました。


「ま~た一人で仕事してるのか君は、本当に大変そうだな」


「王子様! 今度は箒は渡しませんからね!」


 王子様に雑用をさせまいと、私は箒を背に隠して怒鳴りつけます。


 すると、王子様は背の影から竹箒を出しました。なんてことでしょうか、王子様は最初から雑用をする気満々だったのです。



 そんな奇妙な出来事が何回も続いたのです。

 私は雑用をしたがる王子様を毎日叱るようになりました。


 そんなある日、私は何で雑用をしたがるのかと王子様に聞きました。


「別に、僕は仕事なんて大嫌いだよ」


「では何で、雑用なんてしたがるのですか?」


「君と一緒に居ることが好きなんだ」


「…………え?」


 王子様はそういって私に笑みを送ってくれました。

 その笑顔は太陽の様にキラキラしていて、また太陽の様に暖かかったです。


 そんな日の光に当てられてか私の顔は熱を帯びてしまい、貧血でも起こしたかのようにクラクラとしてしまいました。


「君はいつも一人で居るね、僕も同じで一人が好きなんだ」


「でしたら、自室に篭っていれば……」


「でも一人ぼっちは嫌いなんだ」


「えぇ? その、何を言って……。矛盾してますよ?」


 私の目を真っ直ぐと見つめて矛盾の言葉並べる王子様。


 けど王子様は聡明なお方だと私は聞いています。少し前にご自身が言った言葉に矛盾をぶつけるお方ではないと私は勘繰りました。


 何か裏があるのかな? ……と。

 そして私は気付きました。


「王子様は無職希望の自堕落人間ですか?」


「いや違うから」


「それ以外に考えられませんよ!」


「そうそれだよ、君は僕の事を怒ってくれる」


「えぇ? 変態ですか?」


「いや違うから」


 また王子様は矛盾の言葉を吐く、怒られて喜ぶ人間が変態以外の何者なのだろうか、私はまた頭を捻ります。


 しばらく考えても学の無い私が答えを出せる筈も無く、しばらくダンマリとしていると王子様は私に答えを出してくれました。


「僕はね、生まれてこの方怒られたことがないんだ、実の親にもね。他の者達は当然で王子である僕に叱責する事なんて出来やしないのさ」


「それが、どうして私の前に姿を見せる事に繋がるのですか?」


「君が僕に気を遣わないのか怒ってくれるからね、なんていうかな? 君と居ると僕は王子という立場を忘れられる、だから君と居るこの時間が好きだ」



 そういって王子様はまた、私に笑顔を向けてくれました。



 それから王子様と毎日一緒に居る生活が始まり、私の生活の全てが一変したのです。私に笑顔を向けてくれる王子様、いつしか私も笑顔に笑顔で返す様になりました。


 時には怒り、時には笑い、時にはお互いに頬を赤く染める。


 王子様の言葉で一番嬉しかったのは。


「エドナ……好きだ、僕と結婚してくれないかな?」


 という言葉。

 王子様はこんな私に結婚を約束してくれました。


 私にこんな言葉を向けてくれる人がいようとは。

 毎日毎日「罵倒」「誹謗」「痛罵」を向けられてきた私はこんなたった一言に大粒の涙を流しました。


 けど、涙を流そうとも返事は笑顔で、王子様も私の笑顔で返事を返してくれる。


「はい、喜んで」

「良かった……嬉しいよ」





 そして、王子様の言葉で一番嫌いなのは。


「エドナ、君との婚約なんだけど、取り消してもいいかな?」


 という言葉。


 つい先日まで私に笑顔を向けてくれた王子様は、今になって冷めた目を向けて、露骨な迷惑顔を私に向けてきました。


 今まで私に誹謗中傷してきた人達と一緒の表情で。


「な、えぇ? と、突然何を……?」


「やーねぇ、こんなにもハッキリ言われたのにまだ分からないの? これだから一般以下の庶民は、低脳で仕様が無いわ」


 王子様と同じ表情を向ける知らない女性が私に捲くし立てる。


 誰なのだろうかこの女性は、私は一切の面識がありません。けど、王子様の隣にピッタリと張り付くこの女性は、王子様と随分と仲が良いようでした。


「済まないが君を利用させてもらった。僕とリディルとの関係に箔を付けるためにね」

「……? ごめんなさい、突然過ぎて、意味が……」


「うんそうだね、分からないだろうね。君は今日から……僕を暗殺しようと近づいてきた犯罪者になるんだ」


「え? ………え?」


 王子様の言葉はよく矛盾していました。


 けど今回の言葉は今までの私と王子様との関係に絡む矛盾の言葉。流石に規模が大きすぎるのでは。


 私は考え込んでしまいます。


 しかし今回は王子様ではなく、リディルと呼ばれた女性が答えを出してくれました。


「エドナだっけか? あんたは王子を殺そうとした犯罪者、そして私はあんたの奇行を未然に防いだリディル王女なの。歪んだ犯罪者に取り憑かれた王子の目を覚まさせた王女。ロマンチックな話だと思わない?」


「え? え? なんですかそれ? 違いますよね王子様? また私を困らせ様としているんですよ……ね?」


 目尻に涙を浮かべて私は精一杯に王子様との絆を繋ぎとめようとしました。


 今度も私を困らせようと、今度も矛盾を重ねているだけだと、私はそう自分に思い込ませながら王子様に助けの手を伸ばしました。


 けど、無残にもその手は、助けを求めた王子様自身に振り払われてしまいました。


「残念だろうが今回も矛盾はない。小国の王女と大国の王子の結婚には邪魔者が付き物、君の死によって僕達の愛の絆の物語が完成する。この物語は多くの民衆に支持されるだろう。権力者は立場を保持する為に民衆を無視できない、つまりはそういうことだ」


 私の目には、王子という立場を嫌ったかつての王子様は居ませんでした。そこに居たのは、王子という立場を利用する王子様だけです。


「僕とリディルは明日結婚する。君はもう用済みだ」


 やれ。


 と、王子様の手を振り下ろします。


 すると、どこかに潜んでいた兵士達に私は取り押さえられました。抑えられた拍子で床に強く頭を打ち付けた私は意識が朦朧としてきます。


 首に鉄臭い剣を当てられて。

 私の目が最後に映し出したのは。


 リディル王女と笑顔で見詰め合う王子様の姿でした。




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