第7話


 街に戻った僕たちはリナを孤児たちのもとに連れて行った。

 年長らしい女の子は戻って来たリナを見て号泣し、それから僕とエルフィに何度もお礼を言った。



 孤児たちと別れたあと、僕とエルフィは冒険者ギルドに向かった。



 オークキングの素材を売却したかったし、オークの死体回収もお願いしたかったからだ。


 ……けれど僕は失念していた。

 僕と一緒に行動している人物がこの町の冒険者たちにとってどのような存在であるかを。


 冒険者ギルドに入った瞬間、そこにいた冒険者たちがぴたりとおしゃべりを止めて僕たたちを――というか、エルフィを見た。



『えっ? 聖女様が何でこんなところに?』

 ――今日からカイさんと一緒に活動させていただくことになりました。


『カイと一緒に? というか、聖女様は冒険者じゃなくてシスターだよな?』

 ――カイさんは『ラルグリスの弓』の担い手になったので、私はその行く末を見届ける記録係を任されたんです。


『記録係って何をする仕事なんだ?』

 ――簡単に言えば、ずっとカイさんのおそばにいて、一緒に行動するお仕事でしょうか。


『『『……』』』



 殺されるかと思った。


 冒険者たちの質問にエルフィがいちいち律儀に答えるせいで、事情がすべてバレてしまった。

 いや、別に隠すつもりもなかったけど。


 この町の冒険者にとって聖女エルフィは日々の疲れを癒してくれる希望の光だ。


 そんな彼女を偶然とはいえ独占することになった僕は、基本的に女性に縁のない冒険者たちにとって魔物以上の仇敵となったらしい。


 本当に大変だった。


 途中でエルフィが『違います! カイさんと一緒に行きたいと言ったのは私で、カイさんが無理に私を連れ回しているわけではないんです!』なんて火に油を注いだ時なんかは本気で死を覚悟したくらいだ。


 最終的には誰が言い出したのか、『真の担い手は俺だ』大会が開催され、一人ずつ『ラルグリスの弓』に触れては拒絶されるという流れを数十回繰り返したあとにようやく僕たちは解放された。


 ……こんなことになるなら、エルフィには外で待っていてもらうべきだったかもしれない。





「ごめんなさい、私のせいで……」


 冒険者ギルドを出たあと、エルフィが申し訳なさそうに言った。


「ううん、エルフィのせいじゃないよ」


 ある意味当然の成り行きといえる。僕も他の冒険者とエルフィさんが一緒にいる光景なんて見たら羨ましがったと思うし。


 なんて納得する僕をよそにエルフィは首を傾げている。


「それにしても、どうして冒険者の皆さんは怒っていたんでしょう? 私なんて、足も遅いし、体力もないですし……自分で言うのもなんですけど」

「いや、それは」

「あっ、もしかして『神官』が貴重なんでしょうか。回復魔術が使えるのは『神官』の職業だけですから」


 やっとわかった、と言う感じで一人納得しているエルフィ。


 この人、『自分が可愛くて人気があるから一緒にいる僕が嫉妬された』なんて可能性は想像もしないんだろうなあ……


「それでカイさん、これからどうしましょうか」

「うーん……晩御飯を食べてから宿探しかなあ」

「なるほど。二人部屋が空いているといいですね」


 エルフィはうんうん頷きながらそんなことを――あれ?


「エルフィ。今もしかして二人部屋って言った?」

「? はい。えっ、だって、私とカイさんで二人ですよね?」


 いやそんな不思議そうに言われても。


「……さすがに部屋は分けたほうがいいと思うよ」


 仮にも男女だし、何があるかわからない。

 というかこんな可愛い人と同じ部屋に泊まったら自制心を保てる自信がない。


「カイさんは私と同じ部屋だと嫌ですか?」

「いやそれはむしろ嬉しいけど」

「え」


 言った瞬間、エルフィがと直した。


 それからだんだん顔が赤くなってくる。僕は遅れて自分の失言に気付いた。


「あの、カイさん。嬉しいとはどういう……」

「い、いやその、宿代! 宿代がね! ほら、一部屋だと安く済むから!」

「あ、や、宿代の話ですか! そうですよね、早とちりしてすみません!」


 咄嗟に言い訳をひねり出すと、エルフィはそれを信じてくれた。


 危なかった……! もう少しで僕の評価がガタ落ちするところだった。


 けどこれは仕方ない。こんな優しくて綺麗で可愛い女の子と同じ部屋に寝泊まりするなんて、男なら誰でも嬉しいに決まってる。


 妙な空気を変えるべく僕は尋ね返した。


「エルフィこそ、僕と一緒の部屋で嫌じゃないの?」

「嫌じゃないですよ。それに私は『ラルグリスの弓』の記録係ですから、同じ部屋のほうが都合がいいんです。神父様もそう仰っていましたし」


 ……ああ、そういえば宿は相部屋が望ましいって言ってたね神父様。


「本当にいいの? 僕、これでも男だよ?」

「女性だとは思っていませんけど……」

「いやそうじゃなくて。怖くないの?」


 質問の意図がわからないというようにエルフィはきょとんとしてから、


「他のひとなら緊張してしまうかもしれませんが、カイさんなら安心できます!」

「…………、」


 満面の笑みでそんなことを言われた。

 笑顔が眩しい。


「……そ、それじゃあ、同じ部屋にしようか」

「はいっ」


 もう何も言えることがなくなってしまった僕は甘んじてこの状況を受け入れることにした。

 いや、全然嫌じゃないしむしろ嬉しいんだけどそれはそれとして。


(僕のことを信用しすぎじゃないかなあ……)


 とりあえず、この信頼は裏切るまいと僕は決意するのだった。





「――くそっ! 何で俺たちがワータイガーごときに逃げなきゃならなかったんだ!」



 冒険者パーティ、『赤狼の爪』リーダーのアレスが酒場の壁を殴りつける。


 アレスのパーティは討伐依頼を受けた帰り、酒場に寄っていた。


 アレスたちは体のあちこちに傷をつくり、装備も損壊している。


 彼らは『二足虎ワータイガー討伐』の依頼に失敗したのだった。


「今までだってワータイガーは何度も狩ってきた! なのに何で今日に限って……!」


 ギルドが定めたワータイガーの危険度はC。

 対してアレスたち『赤狼の爪』はBランク。本来であれば負けるはずがないのだ。


 アレスはぎろりと近くにいた仲間の一人――今日加入したばかりの『魔術師』を睨みつけた。


「お前、今日の戦いではロクに魔術使わなかったよな。手ぇ抜いてんじゃねえぞ!」


 今日のワータイガーとの戦闘で、この『魔術師』の男は一度も魔術による攻撃をしなかった。


 それをアレスが責めると、『魔術師』の男は慌てたように首を横に振る。


「ち、違う!」

「何が違うんだよ!」

「手を抜いていたんじゃなく……その、援護する隙がなかったんだ。前衛がそれぞれ勝手に動くから、誤射が怖くて手が出せなかった」


 『魔術師』の男の言い分にアレスは舌打ちをする。


「誤射だぁ? そんなもん、後衛のお前がうまく俺らに合わせりゃいいだけだろうが」

「そんな無茶な! 普通のパーティではきちんと事前に打ち合わせて、魔術を使うタイミングでは前衛が退避するものなんだ! そうしないと味方を巻き込んでしまう!」


 『魔術師』の男の言う通り、攻撃魔術は威力が高いため、パーティ単位の戦闘では撃つ前に必ず合図をする。それを受けて前衛が射線を空けるのが常識だ。


 それがパーティ戦闘の定石。

 しかし『赤狼の爪』では事情が違っていた。


 アレスが吐き捨てるように言う。


「甘えてんじゃねえ! 後衛なんて、前衛が命懸けで戦ってる間安全圏でチンタラ詠唱してるだけのヒマ人だろ。細かい調整くらいそっちでやれよ!」

「だ、だが、魔術を使うときは連携するもので」

「俺たちは今までこのやり方でやってきたんだ! 新参が指図するんじゃねえ!」


 『魔術師』の建設的な発言にもアレスは聞く耳を持たない。他のメンバーも似たような反応だ。


 アレスたち『赤狼の爪』のスタンスは、『前衛至上主義』。


 前衛は後衛のことなんで考えない。

 後衛が前衛に合わせろ。

 後衛は前衛が体を張っている間安全な場所でのんびりしているんだから、そのくらいやって当然だ。


 そんな中で多少とはいえカイが援護できていたのは、カイが後衛としてズバ抜けて優秀だったからに過ぎない。


 味方の癖を覚え、敵の動きを予想し、針の穴を通すような精密射撃を行う。


 そんな真似、新参の『魔術師』にはできるはずがないのだが――アレスたちはそんなことには気づいていないのだった。


「それに、最後のあれは何だよ! ワータイガーと戦ってるとこに別の魔物が寄ってきやがった。あれがなかったら勝ってたのに!」


 アレスたちがワータイガー討伐に失敗したもう一つの理由は、別の魔物の乱入。


 漁夫の利を狙ってやってきた魔物たちに横やりを入れられ、ワータイガー戦で消耗していたアレスたちは逃げ出す羽目になったのだ。


 もちろん、魔物の横やりにもカイの脱退が関係している。


 カイは戦闘時、【遠視】スキルを使って索敵を行い、寄ってくる魔物たちを発見しては矢で牽制していたのだ。アレスたちが標的との戦闘に集中できるように。


 『赤狼の爪』というパーティは、カイによって陰から支えられていたのである。


「まあ、そのあたりは彼の練習あるのみでしょう。時間はかかるでしょうが」

「チッ。使えねえな」

「我慢してください。いずれ戦力になると思えば、足手まといカイよりマシでしょう?」


 『神官』の職業につく眼鏡の青年になだめられ、「それもそうか」とアレスは頷く。


 仲間の一人がふと呟いた。


「カイといえば、変な噂を聞いたな」

「噂?」

「ギルドの連中が話してたんだ。何でも教会の何とかって神器を預けられたとか」


 それを聞いた眼鏡の『神官』が思い出したように言う。


「そういえば……この街の教会には『ラルグリスの弓』という神器が保管されていましたね。確か大昔に魔神を打ち倒したといわれる弓です」


 アレスは怪訝そうな顔をした。


「その伝説の弓がカイに預けられたって? はは、冗談よせよ。だいたい仮にそれが実在してたとしても、あんな雑魚に扱えるわけねえ」

「そうでしょうね。彼はこのパーティのお荷物君でしたから」


 眼鏡の『神官』の言葉に、パーティの面々が同意する。


「それより、カイか。いいこと思いついたぜ」

「いいこと?」

「カイをうちのパーティに呼び戻そう」

「「「……はぁ?」」」


 アレスの言葉に他のメンバーが嫌そうな顔をする。

 そんな彼らに対してアレスはこう続けた。


「もちろん期間限定だ。『魔術師』との連携がうまくいくようレクチャーだけさせて、それが済んだらまた捨てる。あいつは今頃パーティメンバーが集まらなくて絶望してるだろうから、誘ってやったらすぐに飛びつくだろうよ」


 カイは足手まといだが、それなりの期間は『赤狼の爪』の後衛を一人で務めていた。


 本人はゴミだがその経験にはもしかしたら価値があるかもしれない。

 万が一役に立たなければすぐに切り捨てればいいだけだ。


「ああ、それは名案ですね。では彼を利用する方向で」


 眼鏡の『神官』はあっさり頷き、残りのメンツからも異論は出ない。


 結局、彼らはカイのことをどこまでも見下しているのだ。



 ――そしてこの翌日、彼らは自分たちの判断が間違っていたことを思い知ることになる。

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