第6話 ひかり

 それから更に2年が経った日、少女は鉄格子の向こうから、いつもの4人の影とは違う様々な影に見つめられる。

(……ダレ、ダレ、ダレ?)

 彼らは何かを話しているようで、口が開いては閉じを繰り返している。

 しかし、数言の単語しか知らない少女には、複雑に話し合う彼らが何を言っているのか分らず自分を見つめる好奇な目に怯えた。

 チラチラと少女を見る者。

 ジッと凝視して微動だにしない目線を送る者。

 ニヤニヤと上から下まで舐めるように目を動かす者。

(イヤだ、イヤだ、イヤだ)

 少女が自分で自分の肩を抱きしめ身を小さくした時、この場所に来て二度目となる鉄格子が開き、大きな影が一つ中に入ってきた。

 前回と同じく、自分に殺気を向けてくれるのかと思ったが、それは少女が出会ったことのない気配を放ってくる。

 腕の隙間から視線を送るとその男は歯を見せ笑顔で手を差し伸べた。

「今日から我がお前のあるじだ。行くぞ」

 あるじというものが何かよくわからなかったが、男の笑顔は眩しく輝いて見え、差し出される手をじっと眺める。

 男の手は自分に向かって近づき、少女はわからないまま恐る恐る自分の手をその手に乗せると、ぎゅっと大きな手で包み込まれ、腕を引き上げられればフワリと宙を舞うように立たされていた。

 それはまるで、今まで枷が付いたように重かった体に翼が生えたようだった。

(ダレ? このひと、かみさま?)

 握られた手に伝わってくる体温は熱く、少女は驚く。

 いつでも自分の手は冷え切って、温かいなど感じたことなど無かった。

 自分で自分を抱きしめようと、その体温は変わらず冷たかった。

(なんだ、このひと、あつい)

 男に手を握られ連れ出された場所は、太陽の光がこれでもかと降り注ぎ、少女は初めて光を感じて震え、光と言う凶器が体を突き刺すようで、頭の中がくらくらとして来る。

(イヤだ、ココ、イヤだ……)

 足を止めて震える少女を男は軽々と抱きかかえ、片腕の上に少女を座らせるようにして優しく包み込んだ。

 ばさりと顔に布が落とされ、少女はかけられた布をゆっくりめくって男を見る。

「お前、名は?」

「名は無い。そう、言われた」

 男の腕の中、少女が答えると、男は暫く考えてから微笑んで、少女の顔を覗き込んで言う。

「では、お前は涅音ねおんと名乗ると良い」

「……涅音ねおん涅音ねおん涅音ねおん

「そう、涅音ねおん涅槃ねはんおとあるじである俺に安らぎを与えてくれる音となれ」

「あるじ?」

 男の言う言葉の意味が分からず、首をかしげた涅音ねおんに男はなるほどと少し納得したように小さく頷いた。

「お前は何も知らぬのだな。よし、これから色々教えてやろう。涅音ねおん、今は俺の名前を覚えよ。俺は蒼雲そううん天都香あまつか蒼雲そううんだ」

「そうん?」

蒼雲そううん

「そううん……」

「そうだ。お前のあるじだ。決して裏切ってはならぬぞ」

「うら、ぎり?」

「俺の意に反する行為をすることだ。そうだな、そういうのも含めて教えてやるが、俺の言葉だけを聞き、俺だけを見る、お前がまずしなければならぬのはこの2つ」

「うん、わかった。涅音ねおん蒼雲そううんだけ」

「そう、俺だけだ」

 名前を与えられ、涅音ねおん蒼雲そううんの体温と言葉に初めて安心して眠った。警戒心を解き放ち小さな音に怯える事も無く眠った。

 それと同時にこの時、涅音ねおんには蒼雲そううんと言う名の枷がはめらる。


 それから、3年間。涅音ねおん蒼雲そううんの傍で言葉や様々な事柄を習い、体に染み付いた剋苑こくえんの技術は更に磨きがかかっていった。

涅音ねおん、行くぞ」

「うん、オレは蒼雲そううん様と共に行く。何処までも」

 そうして、蒼雲そううん剋苑こくえんという無二の力を手に入れ、涅音ねおん蒼雲そううんと言うあるじを得て、戦いの場へとおもむくのだった。

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