第4話 けつい

「爺? 私はもう赤子ではないぞ、自分で歩ける。下ろせ」

 少々ムッとしながら言う蒼雲そううんの頭を蒼善そうぜんが撫で、真剣な眼差しで爺を見て二人は黙って頷いた。

 爺に抱かれている蒼雲の後ろ頭から優しい女性の声がする。

蒼雲そううん、これからは爺の言う事を良く聞き、爺と共にすこやかに」

 振り返れば、そこには蒼雲そううんの母紫音しおんがいた。

「母上? 何を言っているのです?」

「爺、頼んだぞ」

「心得ております」

 横抱きにされた蒼雲そううんの頬にハタハタと爺の涙が零れ落ちる。

 紫音しおんも腕に抱いた幼い妹、花音かのんの頬に涙を落として蒼雲そううんをみつめていた。

 蒼雲そううんは爺に抱かれるまま、城の地下に通る用水路につながれた船にのせられ城を出た。

 その夜。

 城から遠く離れた川沿いで舟を降り、山道を爺と共に歩く蒼雲そううんは遥か向こうの方がまるで夕焼けのように赤々と明るくなるのを見つけて爺に言う。

「爺! 見よ。まだ日も昇っておらぬ夜だというのにあの辺りだけまるで夕焼けのようじゃ。綺麗じゃのぉ」

「……」

「爺? 聞いて居るのか?」

「……はい、聞こえております」

 押し殺し、嗚咽の混じった低い爺の声に蒼雲そううんはそれ以上何も言えなくなって、ただ、ぎゅっと力強く自分の手を握ってくる爺のしわくちゃな手をジッと見つめた。

 蒼雲そううん、10歳の頃の話。

 それから8年が経った時、共に暮らしていた爺が死に、蒼雲そううんは爺と共に暮らし続けた村を出た。

 この村で暮らし始めた頃、家族に会えない寂しさで涙した時もあった。

 しかし、立派な男になる為に城を出されたのだと聞かされ、天野原あまのはらに帰った時に父にほめてもらうことだけを考え爺と二人、この土地で暮らしてきた。

 しかし、爺も老体。それから5年経つと病に伏すようになり、とうとう爺は蒼雲そううんに事の真相を話してしまう。

 城はすでに落とされ、自分が綺麗だと言ったあの夕焼けのような光景こそその瞬間だったと知り、頭が真っ白になった蒼雲そううんは、爺に内緒で城のあった場所に行った。

 経った数年、わずかな時だと思っていたが、城のあった場所は既に緑の草の生い茂る野原となっているのを見る。

 爺に心配をかけてはいけないといつものように振舞っていた蒼雲そううんだったが、自分だけがどうして生き残ってしまったのか、何故父は自分も一緒に死なせてはくれなかったのか、何の為に自分は数年間頑張ってきたのかと自問自答の日々を繰り返していた。

 そんなある日、16歳になった蒼雲そううんの耳に、天野原あまのはらの女達は皆生きている、城主の奥方もたちもまた同じだという噂が流れ込んでくる。

「助けなければ……」

 真偽の程は定かではなかったが、その思いだけが以後の蒼雲そううんの生きている意味となった。

 そうして、爺が死んだ時、蒼雲そううんにかけられていた、たった1つの枷が外される。

「すまない、爺。どうやら私は父上の言葉を守れそうに無い。天都香あまつかを思うな、追うな。そんなことができるだろうか? 母上が、花音かのんが生きているかもしれないというのに。だから、俺は行く。強くなり、力を手に入れる。再び天都香あまつかの名を名乗ること、爺なら許してくれるだろう?」

 フッと笑って立ち上がった蒼雲そううんは力を手に入れる為、伝え聞いたもう1つの噂の場所へと歩き出した。

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