囚われに念仏-2

 この日、弘明寺カルテットはカリブディスの自室で夜を過ごす事にした。LA15は現在進行形で改装が施されており、その間はカリブディスに泊まると言う。


 光隆「…それで、お前は信之から逃げてきたのか?」

 掛瑠「有り体に言えば、ですね…」

 光音「姉さんに感じていた事、そのままよこれ。」

 掛瑠「そう…ですか」

 光隆「俺だって海に住んでる生き物がどうやって暮らしてるのかは分かるけど、そいつらがどんな思いして生きてるのかは分かんねえよ。」

 光音「聞けないの?」

 光隆「たぶん無理」


 部屋の給湯ポットに自分の能力で具現化した氷を放り込む、そして沸騰させた水をココアに注ぐ。


 掛瑠「寝る前は珈琲や紅茶よりココアです、今日はこれ飲んで寝ます…」

 光隆「ありがとう」

 光音「いただきます」


 このココアは合成品であったが、彼らが最期に本物のココアを飲んだのは幼稚園の頃だった。

 レトキシラーデの出現によりカカオの主力生産地は破壊されたか、生き残ってたとしても輸出する際に奴等に沈められた。

 最近海護財団主導で屋内に自然環境を再現した農業タワーが幾つか建てられ安定供給が始まったが、それでも純カカオ使用のチョコレートやココアは希少であった。


 合成ココアの味は、純正のココアに比べたら明らかに不味い。されど彼らの常識ではこれがココアの味だ、そう考えるとあのチョコレートは果たしてどう感じたのだろうか…。


 彼らがココアに口をつけたその時、有理が部屋に飛び出してきた。


 有理「掛瑠!」

 掛瑠「有理…?」

 有理「またアンタ自分のことを色々と否定して!」

 掛瑠「ここでその話をするのは、二人が困ってしま…」


 光隆「自分が自分の事嫌いなのはそれでいいよ。でも掛瑠…お前がどう思おうたって、俺はお前が居なくなったら嫌なんだ。これは俺個人の考えだから、勘定には入れても入れなくても良い。」

 光音「…つまり、光隆にとって掛瑠も必要な存在なんだって。それに興一さんから色々と頼まれてたんでしょう?能力じゃなくて、個人としての貴方の魅力を見て決めたんだと思う。後は自分で決めてって事でしょう?」


 掛瑠「…そこまで言わなくても、何で言うんですか?」

 有理「これで分かったでしょう、貴方が過ちを繰り返してたと言うのならそれを償う場所はここだって。私たちはそこまで引き摺る事とは思えないけど…気にしてるならって訳。」

 光隆「わかんねぇならそれで良いけど、今どんな海に居るのかだけは覚えといた方がいい」


 掛瑠「…分かりました、ココアがぬるくなってます。飲んでください、有理の分もあります」


 誰にだって消せない、されど脳裏に纏わりつく過去が存在する。立ち直るのは容易では無いが、人との繋がりが痛みを和らげる事もある…のかもしれない。少なくとも、私はそれを信じようと思う。


…………


 掛瑠「信之さん達用の腕部アーマー、お借りしました。兄さん、有理、光音をオーバーカムに置いたから大丈夫。」


 夜遅く、誰も居ない、真っ暗なブリッジにて少年は発進準備をする。ブレインマシーンインターフェイスは無く、半分以上をAiによる自立コントロールに委ね彼は操縦桿操作をすればいい。


 景治「夜遅くに、カリブディスの試験運転は聞いてないよ?」

 掛瑠「景治さん!?」

 

 掛瑠の挙動に何かを感じた景治が、カリブディスの緊急発進を確認。そして乗り込んでいたのだ。


 掛瑠「兄さんや有理たちの手を煩わせたくないんです。あの様な自分や人、様々なものと向き合う事を捨てた愚か者を、兄さんたちが倒さなくても良い様に。もう穢れさせない様に!」


 景治「何を寝ぼけた事を言っている?穢れなど信念のない愚か者の考えだ!僕も生徒を戦場に出すのは反対したが、彼らの信念が硬い事は福岡の一件、そして本部での一件で垣間見えた。君もその場に居たのだろう?」


 掛瑠「どういう事だ!」

 景治「真に信念のある人間は少ない、付和雷同的に信念のある気になってる奴の方が多いからだ。そいつらの成れの果てを君も見ただろう?」

 掛瑠「キマイラオート…?」


 景治「彼らは違った。主観的に判断する事は好ましくない事象だが、現に命を危険に晒しながら信念を貫いた。その事実は変わらない」

 掛瑠「ならば別の方に…これから重粒子砲で椛島の化け物を…」

 景治「信念の戦いなんだ、君が曲げて良いものではない。この船には四人の部屋があるんだろう、そこにオーバーカムに下ろした三人を戻して君も寝ると良い。作戦会議を明日午後に…翌明朝作戦開始だ。いや悪い、ここで気絶させる。」

 掛瑠「な…」


 刹那、掛瑠の首に手刀打ち(カラテチョップ)が打ち込まれ彼は気絶した。

 この際彼は首の上の方(耳の後ろ)に打ち込まれ軽く目眩をした様だ。それに加えて疲労が重なり、気を失ってしまった。


 景治「君の信念もわかる、でも…許してくれ」


…………

……


 2023年5月11日。景治は彼らを昼近くまで敢えて起こさなかった。この日は長丁場になる為、彼なりの思いやりだろう。


 光音「うーん…ってもうこんな時間!?」

 光隆「え、おいおいまじか」

 有理「いやいやそんな…え、11:55分!?」

 掛瑠「嘘でしょ…」

 光隆「うわぁ陸唯とのタイマン遅刻した!」


 陸唯「おいバカ、ご飯食べないとお前も俺も本気でねえだろ」


 弘明寺カルテット+陸唯の弘明寺五人衆はオーバーカムの食堂へと移った。内部は異世界ファンタジーに出てくるような酒場みたいで、独特の雰囲気があたりを覆っていた。


 樒果「おはよう、暫くは能力術学校をこのオーバーカムに移す事にした。それで今日のランチは…」


 樒果が食堂のキッチンで用意してたのは、まさかのカツ丼だった。幾ら何でも雰囲気ぶち壊しである。されども、戦の前の決起集会として考えるならば良いチョイスだろう。


 一同「いただきます!」

 光隆「うまい!」

 陸唯「んぐんぐ…中々いい」

 カンナ「なるほどですの」

 チョウナ「金曜日だからカレーの方が良かったですの」

 有理「いただきま…」


 一同が楽しく食べているが、有理が食べようとした瞬間…有理の腕が変形し、左腕の触手が丼の中身を喰らい尽くした。


 光隆「!?」

 カンナ「!?!?」

 有理「わ…わぁ。ご、ごちそうさま…じゃあ部屋戻ってる!」

 掛瑠「待って!」


 恥ずかしさの余り有理は走って逃げてしまった。掛瑠も食事を中断し有理を追う。


………


 コンプレックスは誰にでもあり、それを恥じる事は誰にだってあるかもしれない。取り分け彼女の場合はこれが虐めの原因になったのだから、パニックになるのも致し方なかった。


 有理「また…こんな腕、消えろ!!」


 腕を引きちぎろうと伸ばすも全然切れない。食堂から持ってきたナイフを刺すも、切れたところからチーズの様になり、一気に引っ張るも強い結合により切ることは出来なかった。


 有理「なんで…なんで…こんな能力、いらないよ…。」


 その時、掛瑠が弘明寺カルテット用の部屋へと到達する。


 掛瑠「有理…大丈夫…いや、大丈夫じゃないよね。何で能力がいきなり発動したの?」

 有理「食べたいって思ったら、口の代わりに食べちゃった…私の意思で動かせれるけど…」

 掛瑠「そう…か、無理せんでね」

 有理「分かっちゃいる。でも、何で私の能力はこうなの…」

 掛瑠「…」


 有理「こんな腕でも…掛瑠は、いいの?」

 掛瑠「こんなって言うなよ。有理が有理である限り、うちは…友達でいたい。うちの性格と同じだよ、少し変わっているだけ。」

 有理「そう…」

 掛瑠「興一さんに言って、お代わり貰ってこようか?」

 有理「ううん…ありがとう、お腹いっぱい」


 その様子を、影からみんなが見守っていた。


 こういち「誰かと違うという事で、存在が否定される事はあってはならない。」

 光隆「あの能力、有理は大丈夫なのか?」

 こういち「意思で動くのなら、制御はできる。僕の身体がブラックホールに侵食されてないのと、君の体が完全にお水になってないのがその証左だ。」

 光音「ならよかった、ご飯戻りましょ。光隆も陸唯とタイマンするんでしょ?」

 光隆「あぁ!」

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