似顔絵師は、異世界でも面影を描き現します

篤永ぎゃ丸

現実は夢を轢いて、逃げた。

「今日はお爺ちゃんと一緒にきたのかな?」


 歩き回りたくなるミュゼットミュージック、夢のひと時を盛り上げるワルツ。遊園地の世界を盛り上げる音楽達に囲まれて、おかっぱ頭の小さな女の子が、ワクワクした顔でパイプ椅子に座っていた。


「うん、じーじといっしょにゆうえんち!」

「そっか、そっか〜」


 楽しそうな少女の向かいに座っているのは、優しい表情を浮かべながら鉛筆を走らせる成人女性。彼女の頭に居座る、小豆色のバスクバレー。折り畳みテーブルの上に並ぶ、万人受けする絵柄で描かれた有名人の似顔絵色紙。それらが象徴するのは、この遊園地に椅子を置く『似顔絵師』である事だ。


「うーんとね、コーヒーカップのって〜、メリーゴーランドのって〜、おっきぃブランコにものったよ〜」

「わぁ〜、いっぱい乗り物のったね! おねーちゃんは、遊園地だと一番メリーゴーランドが好きだな〜」


「わたしもメリーゴーランドだいすき!」

「うふふ、一緒だね!」


 机が二人を隔てるが、楽しい気分が空気に溶けて、自然とお互い笑顔が浮かぶ。そこに女児の祖父と思われる、穏やかな老人男性が孫の頭を背後から優しく撫でながら、照れ臭そうにペコペコした。


「すいません、孫に落ち着きがなくて。描き辛くありませんか?」

「大丈夫ですよ〜。お孫さんの話を聞いてると、絵にもたのしさが乗ります」


 女性は描画を済ませ、サッ……、サッ……と、女児の似顔絵に色を増やしていく。頭上にジェットコースターの轟音と人の叫び声が通り抜けると、絵が完成するのを待ちきれない女の子は、祖父の顔を見上げて話しかける。


「じーじ、わたしもジェットコースターのりたいよ〜……」

「うぅ……ん。わたしは心臓が弱ってるし、最近は血圧も安定しなくてね——。もうちょっと大きくなってから、お友達と一緒に乗るといい」

「えー……きょうはダメなのー?」

「すまないね。でも、また遊園地に連れてってあげるから」

「やったぁ! じーじとふたりでのりもの、もっとたくさんのりたいー!」


 微笑ましい祖父と孫の姿を目に焼き付け、似顔絵師の女性は色紙に着色していく。大きく描かれた女児の似顔絵、それに寄り添う笑顔の祖父。遊園地の思い出を、色を足して鮮やかにしてく。


「おまたせしました、出来ましたよ」


 制作時間八分程度。あっという間に似顔絵師の女性は、色紙を完成させた。女児の祖父は、仕事の早さに驚きを隠せない。


「おぉ、もう出来たんですか?」

「はい。私達はだいたい10分くらいで描き終わりますから。はい、どうぞ〜」

「ありがとうおねーちゃん! わぁ……すっごいじょうずーッ!」


 女性から優しく手渡された色紙を、女児は目を輝かせて眺める。太い線で描かれた、漫画調の似顔絵。緑色の温かみある背景に、笑顔の女児と祖父が並んだ色紙。


 髪型・顔のパーツといった特徴を見事に描き起こした、手作り感ある思い出の一枚。女児はそれをギュッと胸に抱き、眩しい笑顔で似顔絵師に感謝を示す。


「これずっと、——たいせつにする!」


 そう言った瞬間、遊園地を賑わせる音楽がピタッと止まった。人の声が一切しない。アトラクションが動かない。女児は突然の事に辺りを見回して困惑するが、すぐ側にいたはずの祖父も姿を消していた。


「じーじッ⁉︎」


 女児はそう叫ぶが、返事も無く行方もわからない。しかも、いつの間か遊園地から場所が変わって、そこは夜景広がる繁華街の大通りになっていた。


 人通りもなく、車両も通らない横断歩道の中心に立たされて、怯える女児が前を向くと、青く点滅する歩行者用信号機の横に、先程の似顔絵師が、安全な歩道に立っている。


「……」


 しかしそこにいるのは、胸に抱く似顔絵を完成させた女性ではない。オーバル型の黒縁眼鏡に、覇気のない瞳。だらしなく黒髪が乱れる、後ろ一つ結び。——女児に、面影がそっくりな大人の女性。


「おねー……ちゃん?」


 今にも泣きそうな女児が、不安な声を漏らすと、木製バインダーに真っ白な紙を手に抱える女性は、虚ろな目で真っ直ぐに女児を見つめる。吐き気がする程、大通りの景色が歪み始めたかと思えば、信号無視をしたダンプカーが女児に向かって、音もなく迫ってくる。


 そして成人女性は、虚ろな目で轢かれる直前の女子をその場から排除するように、無気力な声で言い放った。


 

 ——この世界は、描くのに値しない——

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