第43話「貸し」


 薄暗い廊下を行く足取りは軽い。なんなら、小走りだ。

 見慣れた部屋の前でピタリと止めれば、扉には「オカルト研究サークル」の文字。



みかどくん、 いるー?」



 ソファに気だるそうに寝っ転がっているのが頭に浮かんで、ゆるり、と口角が上がる。

 ノックすることなく、扉を開けるとそこには、想像を裏切る光景が広がっていた。



「誰が来いって言った」

「おや、こんにちは」



 ソファにちゃんと腰を掛けてはいるが、どこか気だるそうな視線をぶつかる。面倒くさそうに文句を言う辺り、通常運転だ。

 彼と対面している人物はフイッ、と後ろを向いてにこやかに笑みを浮かべる。



すめらぎさん! こんにちは」

天堂てんどうさんは良くここに来るのかな?」



 見知った顔に驚きを隠せないのだろう。満月は目を真ん丸にさせて、頭を下げた。


 不思議そうに問いかける悠真ゆうまはどこか楽し気だ。

 ニコニコとまるで小花を飛ばしているようにさえ、見える。それは心の彼も同じだ。



「はい! オカ研の部員なので!」

「認めてねーよ」

「諦め悪いわね、帝くん」

「そっくりそのまま返してやる」



 何故、そんなに嬉しそうなのだろう、という疑問は浮かんでいるのだろうが、ここは一番のアピールだ。満月は胸を張って、満面の笑みで頷くが、食い気味なツッコミが返ってくる。


 頬に手を添えて、首を傾げてため息交じりに言う。それはまるで、駄々をこねた子供に困っている大人のようだ。

 だが、それが解せないのだろう。鋭い目が彼女を射貫く。



「本当に仲がいいね」

「良くない」

「ありがとうございます」



 どことなく漫才のような間の良さに、くすくす、と笑みを零れる。二人の視線が、同じところに向かえば、悠真は口元に手を添えて、嬉しそうだ。

 またもや寸分の迷いなく言い捨てる帝だが、満月は微笑んで軽く会釈する。



「ありがとうってなんだ、ありがとうって」

「だって、友達と仲がいいって言ってもらえたの初めてなんだもん」

「……不憫になってきた」



 ピクリと眉が動くのも、無理はない。勘違いしようと思えば、勘違いできてしまうのだから。


 不服そうな視線を浴びてはいるが、ふわふわとした高揚感の方が勝っているようだ。

 少し照れくさそうに呟くと、だんだん憐みの感情が湧いて来たらしい。帝は顔を片手で覆って項垂れた。



「報告も終わったし、そろそろ行くね」

「後処理ありがとう、悠真さん」

「これは貸しだよ?」

「……分かった」



 よいしょ、とソファから悠真が立ち上がる気配に、帝は顔を上げる。彼にしては珍しいお礼を告げと悠真はニヤリ、と口角を上げた。


 グッ、と言葉を詰まらせる帝は苦虫を嚙み潰したような顔をしているが、認めるしかないのだろう。こくり、と首を縦に振る。

 言質を取った悠真は上機嫌でオカ研から足取り軽く去っていく。それを見ていた満月の目にはどことなく、上下関係が見え隠れしていた。



「後処理って?」

「あの霊の事件のこと」

「もしかして見つかったの?」



 悠真が座っていたソファに座り、バッグを隣に置く。

 そんなに長い時間いたわけではないらしい。生暖かさは感じられない。


 ああ、と話すがざっくりしすぎて事柄しか分からない。けれど、あの霊が成仏した後もずっと気にかけていたのだろう。

 身を前に乗り出して、問いかけた。



「ああ、遺体もそれを入れてたキャリーケースも山から見つかった」

「こんなに早く解決するとは思わなかった」

「ああ、それは――アンタのおかげだ」

「私……何もしてないよ?」



 財力というなの力でまた解決しようとしたならば、またごたつくと思っていたのかもしれない。想像したよりもスムーズにまるで、流されるような終止符に呆気に取られる。


 付け足すように告げられたそれは耳を疑った。

 満月がしたことと言えば、井上に近寄って拉致されただけ。もっと言えば、心は視えていたが、大した情報源とは言えなかった。だからこそ、眉根を寄せる。



「アンタがビビらせたおかげで、呪われるとか憑りつかれるって泣きながら、全部話したらしい」

「あはは……そうなんだ」



 犯罪者に恐れられているのは自分か、それともあの幽霊の女性か、どちらか分からないからこそ、眉が八の字になる。

 笑ってはいるが、複雑な心境なのは間違いない。



「まあ、なんにしても終わりだ」



 ぐて、とソファの背もたれに寄りかかって気の抜けた声が、終わりを告げた。

 今度こそ、本当の終わりらしい。



「……そういえば、何が貸しなの?」

「現行犯逮捕してもらった方が早いって、あの人を頼ったからだ」

「へ」



 ふ、ともう一つ脳裏に蘇る疑問にこてんと小首をかしげる。彼女の問いに彼はズルズルとソファに横たわった。

 もうやる気なし、と言わんばかりに項垂れて呟くそれに、間の抜けた声が出る。



「だから、嫌だったんだよ」

「警察に知り合いがいても、手を借りようとしなかった理由はそこなのね」

「ああ、ろくでもない事件に巻き込まれるからな」

「……お疲れさまだね」



 悔しそうにしている帝は珍しい。本当に心の底から悔いているからこそ、親戚に警察がいても手を借りなかった疑問が、晴れた。

 ごろん、と寝返りをして仰向けになった彼は天井を呆然と見つめている。遠い過去を思い出したのか、気が重そうだ。


 それがひしひしと伝わってくるが、なんと励ましたらいいのかは分からないのだろう。グルグルと考えた結果、満月は労わることしか出来なかった。



「それで――なんで来たんだ?」

「部員だし、来ちゃダメな理由なんてないでしょ?」



 身体は微動だにしないが、目線だけがちらりと向けられる。キラキラと輝く翡翠色と交わると何気ない問いが響いた。


 キョトンと、した顔をして瞬きが何度も繰り返される。

 理由を求められる意味を理解していないのか、満月は首を傾げた。



「見ただろ」

「何を?」



 帝はのろり、と視線を天井に戻して、ポツリと呟く。けれど、それを理解するには難しい。

 何を、みた・・のかを問われても色んな解釈があるのだから。



「アンタが気にしてたこと」



 満月が気にしていたこと――それは瞳の色が変わる理由、だ。


 畏怖されることを覚悟したのか、否か。表情から見て察するのは難しい。

 ただ静かに目を伏せて、告げた。



「……うん、え? それがどうしたの?」



 興味本位で首を突っ込んで非現実を体験し、事件に巻き込まれ、極めつけは、目の前で瞳の色が変わり、成仏を促すところを見たのだから、一線を引かれてもおかしくない。

 人は、自分と異なるものを拒絶する節があるのだから、ある意味それが普通だ。けれど、帝の鼓膜を揺らした言葉は予想の斜め上だった。



「――やっぱバカだな」

「ひどいっ! 私、そこそこ成績いいよ!?」

「そこそこかよ」



 顔を見上げるとそこにあるのは、きょとん顔。彼の言いたいことが一ミリも伝わっておらず、首を傾げていた。


 どういう意味だ、と言わんばかりに頭の上に疑問符を浮かべる彼女に、ふと自然の頬が緩む。呆れたような優しい目を向けて、吐くのはなんともぶっきらぼうな言葉だ。


 それに満月は頬を膨らませて反論するが、話を盛ることは出来ないらしい。素直な自己主張に帝は、突っ込まずにいられなかった。



「……ねえ、どうして居場所が分かったの?」



 聞いていいものか、迷いながらも言葉は素直に口を動かしていた。

 井上に捕まったことしか情報がない中、どうやって突き止めたのかが気になったらしい。



「――黒猫」

「ん? 猫?」



 帝は身を起こしてソファの背もたれに寄りかかりながら、呟く。答えはそれで完結させてしまった。


 心を視ることは出来るが、帝の心は視れないからこそ、不十分な答えだ。猫がどうしたというのか、を考えても頭はこんがらがっている。

 満月は眉根を寄せて、首をひねった。



「青い目をした黒猫が俺のところに来て、案内したくれたのが、佐藤の所有する家だった」

「……帝くんと初めて会った時も、その後もいた?」



 ふぅ、と息を吐き出して更なる詳細を告げる。

 教えられた猫の特徴に思い当たる子でもいたのか、自然と零れ落ちた問いだった。



「いや……」

「そっか。そうだったんだね」



 返ってくる答えに落胆したのか、それともピンチの時に助けに来てくれたことにか、それは分からないが、ジワリと、目頭が熱くなる。

 だが、泣きたくはないのだろう。グッ、と答えるように強く瞼を閉じた。



「――ありがとう、帝くん」



 ぽつり、と零されるその声音は嬉しそうで寂しそうだった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る