第32話「インターホン」
もう一度、インターホンが鳴り響く。
突然の音にその場にいる者たちは、微動だに出来ずにいた。
「おい、誰だよ」
「お前ら、何かしたのか……!?」
「し、してない……してません……!」
三度目の音に我に返った井上は舌打ちする。訪問の予定がないはずなのになるインターホンに、気が気ではないらしい。
佐藤は怒りに任せて、恐ろしい形相で振り返れば、菅原に怒鳴りつけた。
身に覚えのないことに、意味が分からないのだろう。彼女は涙を目にいっぱい貯めて首をブンブンと振っている。
その反応に安堵したのか、井上はため息を付いて、髪を乱雑に掻き上げた。
どこかへと続く扉を開いてその場を後にすると、TVモニターのある場所へと足を進める。
「なんか業者みたいだぞ」
「んだよ……驚かせやがって……出ろ」
インターホンを鳴らした人物の確認が終わったらしい。スッ、と戻ってきた井上は寝室へと顔を出して、一言告げた。
佐藤はそれに安堵して肩の力を抜くが、いささか怯えていた自分が恥ずかしくなったのだろう。恥じらいを隠すためか、共犯者に当たるように強く指示する。
普通だったならば、それに対して理不尽を覚えるだろうが、井上はたいして気にしてない。長年、連れ添った仲間だからか、慣れているのかもしれない。首を縦に振って、寝室から遠ざかっていく。
「……はい」
「あ、す、すみません!
TVモニターのボタンを押せば、通話が始まる。モニターには業者用の青い帽子を深くかぶり、青いジャケットを着ている男性の姿が映し出された。
新人特有の緊張からか、どこか弱々しさが垣間見れるが、水道管理会社の人間らしい。
「……今から行きますのでお待ちください」
「あ、ありがとうございます!」
タイミングの悪さにため息一つ、気付かれないように小さく零れる。
ここで拒否すれば、怪しまれる可能性は高いからこそ、断ることはできない。渋々、了承すれば、業者はホッとしたように口元を緩ませた。
残像が残るスピードで頭を下げる姿は見事だ。その姿を最後に、モニター画面が切れる。
「声出させんなよ」
「わ――ってるって」
面倒くさそうに寝室にいる佐藤に忠告すれば、軽い返事が返ってくる。
その軽さ加減に、眉間のシワが寄るが、フーッ、と重い息を吐き出すと玄関前で待つ業者の元へと歩き出した。
「はい。下の階の方は大じょ――」
「どーも」
「…………は、……す、めらぎ……さん?」
家と外を繋ぐ扉のドアノブを下に押す。人の良さそうで、無害そうな笑みを張り付けて、ドアを開けるが、言いかけた言葉は途中で失った。
目の前に立っていた人物はモニターに映っていた弱々しい業者ではない。以前、店に訪れた男だったからだ。
男は涼しげな顔をして片手を上げている。先ほどまでの業者はどこにもいない。状況が理解できずに、井上は瞠目させた。
「
「な、何を言ってるんですか?」
「アンタが気絶させて連れ去った女のことだよ」
なかなかの策士である井上が、頭が回らなくなるほど、虚をつかれている。
連れ去った女が幽霊にでも憑りつかれたように壊れるのは何故か。突然現れた男は何故、この場所を突き止められたのか。
様々な疑問が井上の中で駆け巡るが、答えが出ることはない。いや、それらの出来事が余裕さえ奪っていた。
狼狽える彼に
「連れ去ったって……私は――」
「惚けても無駄だ。アイツを連れ去る時の会話は聞いてる」
我に返って、咄嗟に言い訳を並べようとしたが、それすらさせてもらえない。
逃げ場を容赦なく潰してかかる彼に井上は心拍を早くさせた。
「っ!」
「あがるぞ」
満月を気絶させて、さらったことまで知られているとは思っていなかったらしい。顔色を変えて、ドアノブを引いて扉を閉めようとするが、閉まることはない。帝が足をつかさず突っ込んだことで塞がれてしまった。
あとは男同士の力比べのようなものだが、彼は身体を扉に刷り込ませると突撃するするように玄関へと入る。靴を脱いでズカズカと部屋の奥へと進んだ。
「ちょっ……待て!」
井上は丁寧語を意識して務めていたが、部屋へと侵入させてしまったことに焦りが生じたようだ。血相を変えて制止しようと手を伸ばす。
「待っててやってもいいが、もう遅いぞ」
ガシッと力強く腕を握るが、止めたい彼はすでに寝室の前。
閉じられていなかった扉から中の光景は丸見えだ。
ベッドの上で肌を露出している巻髪の女性と尻餅ついてる男性。そして、そんな彼の前で無表情……いや、壊れた笑みを浮かべて立っている女性の姿があった。
「っ……!」
「逃げようとするな。面倒くさい」
自分の身が可愛くなったのか、井上は掴んでいた手を離して身を翻す。玄関に向かって足を一歩踏み出すが、それは帝によって阻止された。
離された手で彼の手首を掴んでねじり、肩の関節を手際よく決めると痛みからか、井上は膝から崩れ落ちる。
「……クソッ!」
必死に抵抗を試みるが、見た目に反して帝の力が強い。それに加えて、鋭い眼光が貫く。
抜け出すことが出来ない悔しさのあまり、吐き出した一言だった。
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