第8話【被弾の亜流斗】

 昼休みになってからも軽井沢さんの人気は一向に衰えず、彼女の席を中心に大きな大陸ができあがっていた。

 いつもは一色のグループがもっとも大きな大陸を形成しているのだが、さすがに今日ばかりはその地位を追いやられこじんまりとした離島状態。

 下心丸出しで軽井沢さんの隣で昼食を取っている大悟を冷たい眼差しで見守っていれば、同じ室内にいる一色から『集合』と一言Rineのメッセージが入った。いつもの呼び出しである。


「あの子......調子に乗ってるわね」


 時間差で先にやってきていた一色は、俺が生徒会室に入るなり早速軽井沢さんに対する不満をぶちまけた。

 朝のホームルーム以降、生徒会長様はずっとこの調子だ。

 食糧の入ったスクールサブバッグからひし形のクロワッサンを取り出し上品に食べてはいるが、咀嚼そしゃくにはいつにもまして力強さが込められている。


「転校初日なんてあんな感じだろ」

「だとしても面白くないわね」

「一色さ、仮にも生徒会長なんだからそのくらい許してやれよ」

「いいえ許さないわ。私は常にちやほやされていないと気がすまない性分なの」

「面倒な性分だな」

「天才とはそういう生き物なの。如月君のような空気には理解できないでしょうけど」


 モブ・下僕に続いて今度は空気ですか。食糧庫どこ行った?


「男子たちも男子たちね。あんな化け物染みた胸を搭載した女の何がいいのか理解に苦しむわ」 

「胸の大きさも多少はあるだろうが、キャラクターに惹かれているのもあるんじゃないか。軽井沢さんってほら、リスっぽい小動物なイメージあるし」

「ただし食べ物を溜め込んでいるのは頬袋ではなく乳袋だけど」


 いやお前こそ、中身に似合わないそのモデル体型のいったいどこに吸収してんだよ。

 わんこそば的な要領で一口サイズのウインナーロールを次々と食す奴に言われても何の説得力も無いぞー。


「如月君も軽井沢さんみたいな胸がお好み?」

「俺は別に、なんとなく軽井沢さんが妹に雰囲気が似てるなと思っただけだ」

「如月君も妹いたんだ」

「も?」

「こっちの話よ、続けなさい」


 確か一色にいたのは弟だけのはずだが――まぁいいか。 


「というわけで他の男子は知らんが、俺に関しては今のところ軽井沢さんに対して恋愛感情は一切持っていない」

「またそうやって正面から見ようともしないのね」

「......言ってる意味がよくわからんな」

「フフ、今はそれでいいかもしれないけど、後々後悔しないことね。如月君は私みたいにやり直すことはできないんだから」


 俺の心を見透かさしているような鋭くも生暖かい視線で一瞥し、再び一人わんこウインナーロールを一色は開始した。


 ***


 その日の放課後。

 帰りのホームルームを終えれば、大悟を含めた数名の帰宅部男女たちが何やら軽井沢さんの席の周囲に集まり始めた。

 断片的に聴こえてくる話から、どうやらカラオケに誘っていることがわかる。

 明らかに困った表情を浮かべている彼女と一瞬目が合う。


「......わかった。俺とアイツは親友同士だから任せてくれ」


 大悟に何かを伝えたらしく、いつものように図書室で時間を潰しに行こうとする俺の前に、その自称親友が立ちふさがる。


亜流斗あると、そういうわけだから俺たちのための犠牲になれ」

「いきなりやってきてそういうわけだからと言われても、何のことだかさっぱりわからんのだが。悪いが、こちとら図書室でやらなきゃいけないことがあるんだ、じゃあな」

「硬い事言わずに頼むよ! なんでか知らないけど軽井沢さん、お前がカラオケに付き合うなら一緒に行ってもいいって話になってさ」


 上着の背中を掴むな! 鬱陶うっとうしい!

 てか軽井沢さん、なんちゅう巻き込みプレイをしてくれてんだ!

 視線を向ければ彼女は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべ小さく頭を下げた。 


 俺には一色が生徒会の仕事を終えるまで帰れないという、絶対の規則が存在する。

 悲しいけど、これって契約なのよね。

 気持ちは嬉しいんだが、どう考えても参加することは難しい。

 まぁ仮に参加できたとしても最近の曲に疎い俺は何を歌っていいかさっぱりわからん。

 地蔵状態になるのが目に見えている。

 誠に残念で致し方ない事情があるのでここは諦めてくれ、と軽井沢さんに直接伝えようとした瞬間、


「――逢坂君、私も軽井沢さんの歓迎会に参加してもいいかしら?」


 こちらの様子を少し離れた自分の席で聴いていた一色が勢いよく立ち上がり、俺たちの方を向いて参加表明の声をあげた。

 やめろ! お前らのくだらないプライドのために俺を巻き込むな!

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