第4話【生徒会長が絶対に負けないラブコメ】

 一色いっしきから食糧庫契約に関する仕事内容・注意事項等の説明を受け、今日から俺の食糧庫生活が始まった。

 と言っても授業中は基本、今までと何ら変わりはない。

 食糧庫の出番は基本的に授業と授業の合間の休み時間と昼休み、そして放課後にのみ存在する。


 一限目が終わった頃、自分の席から強烈な視線をこちらへ送る一色に気がつき、俺は教

室を出ていく彼女のあとをほんの少し遅れて追った。

 二人でやって来た先は校舎の裏、外側に設置された非常階段。

 ここは昼休みや放課後ならともかく、普段はあまり人通りはないので、隠れて食べるにはもってこいのスポットとのこと。

 

「初めての仕事にしては反応が早かったわね」

「そりゃどうも。ていうかもう食べるのかよ、さっき食ったばかりじゃないか」

「仕方がないじゃない、減るものは減るのよ。それにのことを考えた

ら、ここで補給しておいた方が得策だと思って」


 ――どういうことだ?

 俺がいぶかしんだ顔芸をしていれば『時が来ればわかるわ』とだけ呟き、手すりに背中を軽く預けながら、本日7個目の菓子パンを黙々と口に運んでいく。

 タイムリープには到底敵わないが、こいつの胃袋のデカさも大概だよな。

 一色の呟いた言葉の意味については四時限目、英語の授業中に理解した。

 昨日の数学に引き続き、今日は英語の小テストが返ってきた。


「一色、98点だ。珍しいこともあるもんだな」


 一色が教壇まで受け取りに行くより前に、教師が思わず声を漏らしてしまう。

 クラス中からざわめきが起こるのも当然だ。

 一色は入学当初から全てのテストにおいて100点以外を取ったことがなく、いわば伝説が途絶えた決定的瞬間に立ち会ったと言っても過言ではない。 


「やはりそうでしたか。念のため確認なのですが、採点ミス......というわけでも?」


 特に驚いたようなそぶりは微塵みじんも感じさせず、淡々と教師に確認を取る。


「残念だが事実だ。まあ弘法こうぼうにも筆――」


 ぐ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ~。


 聴き覚えのある可愛らしい腹のが俺の耳に鳴り響き、教師が最後まで言い終わるのを待たず一色は『エンジェルウィスパー』を発動させた。

 戻った地点は......一色が呼ばれる直前、前の人間が教師から答案用紙を受け取ったところ。

 ――アイツ! もしや!?

 

「一色、さすがは我が校の生徒会長だな。今回も文句なしの満点だ」

「ありがとうございます」


 案の定俺の予感は的中し、一色は当然といった余裕の微笑みを浮かべながら席を立ち上がった。

 ――なるほど、これがこの学園のスクールカースト頂点に立つ女神のカラクリということか......って、これ普通に不正行為じゃねぇか! せっかく天より頂いた超絶・神スキルでアイツは一体何をしてんだ!?

 教師の元へ向かう途中、俺と一瞬目の合った一色の瞳はドヤっていた。

 どんな力も結局は使用する者の心次第とはよく言ったもんだが、性格最悪の一色はまさにその典型的なダメなタイプだったわけか......。


 ***


「どう? 私の能力――最高じゃない?」


 昼休み。

 生徒会長室で昼食の第二ラウンドを始めた一色は、特に悪びれた雰囲気もなく訊ねた。


「持ち主がお前じゃなければな」

「フフ、随分な言いようね」

「だってたかだか小テストくらいで満点取れないからってタイムリープする奴がどこにいる?」

「ここにいるけど」

「そういうことを言ってんじゃねぇんだよ」

「きゃんきゃんうるさいわよモブ食糧庫。騒ぐならせめてモーター音にしなさい」

「誰が冷蔵庫だコラ! この部屋の室温、キンキンに冷やしてやろうか!?」


 ヤバイヤバイ、胃から昼食で食べたシャケおにぎりを危うくリバースしてしまうところだった。

 俺は口元を手で覆い、出かかった物を押し返すために紙パックのコーヒー牛乳をゆっくり口の中に流し込んだ。


「如月君って面白いわね」

「俺はちっとも面白くないがな」

「素直になりなさい。あなたのポジション、私のファンクラブの人間だったら泣いて喜ぶわよ?」


 そりゃあ、一色紗矢様が上っ面通りの人間だったら、俺も愚痴の一つもこぼさず食糧庫をやってたさ。

 本当のコイツは毒舌で性格最悪、そのうえせっかく手に入れた力を己のくだらない私利私欲のために使う学園の暴君。熱狂的な信者共には刺激が強すぎるだろ。


「それにあなたにとってはくだらないことでも、他者にとってはそれがくだらないこととは限らないの」


 コロッケパン最後の一切れを呑み終え、達観したような眼差しで俺に視線を向け、


「......私は常に、トップじゃなきゃいけないのよ」


 丁度生徒会室の前をタイミング悪く騒いで通った奴らのせいで声は聞き取れなかったが、一色の顔からは初めて拝見する、悲壮感ともとれる雰囲気が現れ釘付けになった。


「...あ、ごめん、今なんて?」

「何でもないわ。喉が渇いてきたから、売店まで行って飲み物買ってきて頂戴」

「いや、飲み物まだあんだろ? ていうか俺は食糧庫であってパシリでは――」

「いいから行ってくる!」 


 一色は俺に小銭入れを投げつけ、早く売店に向かうよう促した。

 顔はやめて! せめて狙うならボディにして! 地味に痛いから!

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