ラインハルトの行方


「あー、もう意味わかんない。なんだよ、ラインハルトのやつ。俺に何の相談もなくやめやがって……」

 いつまでも注文をしないランスロットにミミクルは十杯目の水のおかわりをもっていった。


 お昼の忙しい時間を過ぎてがらんとしている食堂で、お冷を相手にくだを巻いているラインハルトは、お酒は一滴も飲んでいない。こういう人にお酒の話をするのはよくない気がして聞けずにいたが、ランスロットはもしかすると一人で飲むのが嫌なのかもしれないな、と気づいた。


「いつまでも注文もしやがらねーで愚痴ってるんじゃねー!」

 チャミルがキッチンから怒声を飛ばした。


「ほっといてくれッ!」

「うちは慈善事業でやってるんじゃないんだッ、注文しないやつは客じゃねー!」

「うるさいっ、注文すればいいんだろッ。かつ丼10杯、ビーフステーキ20枚、エビチリ30人前!これで文句ないだろ!!!」

「そんなに食べきれないだろッ!」

「うるさい、うるさい。注文したんだから放っておいてくれッ!」

「チッ、しゃーねーな。絶対に残すなよ」


 キッチンでチャミルさんがきびきび動き出したのを確認し、ミミクルはランスロットの耳元でささやく。


「マジでチャミルさん、作り始めちゃいましたよ。大丈夫なんですか?」

「ミミクル……ヤバいかな?」

「えぇ、ヤバいです。もし少しでも残したら、殺されちゃいますよ……」

「なぁ、ミミクル。食堂の前を通るギルメンに声かけてくんない?さすがに一人じゃ食べきれないし、ただ飯なら喜んで食べる奴いるだろ」

「……わかりました」


 ミミクルはランスロットに食堂の扉を開けてもらい、そこを通るギルメンにかたっぱしから声を掛け始めた。


「ランスロットがひとりで注文しすぎて、チャミルをキレさせた?ラインハルトにフラれてやけ食いか?俺、昨日、ラインハルトのこと街のレストランで見かけたんだよ。きれいな女性を連れて入っていったね」

「ただでご飯?あら、ラッキーね、頂こうかしら……。私も見たわよ、ラインハルト。蒼いドレスがよく似合う女性をエスコートして道を歩いていたわ。

 ギルドより、親友より、恋を選んだのね。ロマンチックだわー」

「ただ飯、助かるー。もう三日はまともなもの食ってねぇーし。え、オレも見たよ。町はずれにある高級宿に二人でしけこんでいった。仕事よりも友達よりも結局は女、オレもわかるわー」


 そこから議論はランスロットとラインハルトのどちらがモテるかの話題になった。

食堂には他人ランスロットの不幸が生み出した幸運ただ飯をつかみ取りに来たギルメンでいつになくにぎわっている。こうなるともうちょっとしたパーティーみたいだ。


「ランスロットはちょっと荒っぽい性格。ラインハルトは少しだけ物腰柔らか。

うーん、どっちかなぁ……女性はちょっと乱暴な方が好きな場合もあるけど」

「いや、ランスロットはないわよ。だってデートの時、おいしいお店とか知らなさそうだし、その点ラインハルトはきちんとエスコートしてくれそうだし……」

「ランスロットさんはちょっと。この間も私が落としたメガネ踏んでいったし……その後、ラインハルト様が魔法で直してくれました……ラインハルト様、素敵!」

「ラインハルトは優雅っていうか、高貴っていうか……なんかそういう”匂い”を感じる時あるよな。もしかして貴族の生まれだったりして……ランスロットはないよなぁ、トイレから出たとき、手、洗わなそうだもん。絶対に庶民の生まれだよ」



「お前らいい加減にしろッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 黙って聞いていたラインハルトがイナズマのような怒声が食堂に響き渡る。


「うわー、ランスロットがキレた!」

「きゃー、こわーい」

「にーげーろー」


 蜘蛛の子を散らすようにギルメンは一人残らず去っていった。残ったのはきれいにたいらげられた空っぽのお皿だけ。それらを片付けつつ、ミミクルはラインハルトに話しかけた。


「私にはエリナっていう友達がいるんですけど、彼女が突然、私にさようならも言わずに消えたら、すごく寂しいと思います。

 でも、何か事情があるんじゃないかとも思います。

 そんなに気になるんなら、本人に直接聞いたらどうですか?

 なんでギルドを辞めたのかって……」

「俺らはそんな仲じゃない。たまたまギルドに一緒の年に入って、たまたま同じ魔法使いで、たまたま同じクエストを毎回、ふたりでこなしてただけだッ」


 そんな奇跡のような偶然たまたまがこの世に存在するかは知らないが、それだけ一緒にいれば、そもそも仲がいいというレベルの話ではなくなっているはずだ。


「でも、気になってるんですよね?」

「うるさいぞ、ミミック娘。そんなにいうなら、お前があいつの行方を調べればいいだろ。俺は止めないぞ」

「はいはい……うふふ」

「何、笑ってるんだよ……」


 何も言わずに自分の前から消えたラインハルトに対して、ランスロットはふてくされることしか出来ない。


 ”仲がいいと思ってたのは、ランスロット、お前だけだ”


 そう、ラインハルトに宣告されたような気になり、年端もいかない少年のようにすねている。そんな、きっと本当はラインハルトのことが気になって仕方がないランスロットのために、ミミクルは一肌脱ぐことにした。



 夕方になって、混み始めた食堂でミミクルは聞き込みを始めた。昨日、ラインハルトが会っていたという女性。彼女が何か関係しているんじゃないか?そこから推理を始めたミミクルはすっかり探偵気分になって、目撃情報を集めた。


 それらを整理すると昨日、ラインハルトが会っていた蒼いドレスを着た女性は、高級レストランで一緒に食事をし、そして町はずれの宿に二人して入っていった。


 その女性は背がすらりと高く、手足が長く、長髪で黒髪……。


 その黒髪は、絹のように細く、しなやかで、腰にまで届く長さ……。


 ブランドショップの店先で高級なバッグをおねだりしていたという目撃証言もある……。

 ミミクルはそこでと気づいた。


「アァァァーーーサアァァァーーーさぁーーーんっ!」


「呼んだ?」

 食堂の扉からひょっこり顔を出したアーサーをミミクルは問い詰め始める。


「昨日、ラインハルトさんと会ってませんでした?」

「うん、会ったわよ。なんでもこのマチを離れるとか言ってたから、捕まえて飯をおごらせたわ。このマチ一の高級店。さすがラインハルト、いい店知ってるわよね。どこかのガサツな相棒とは違うわ。


 蒼いドレス?あぁ、ドレスコードがあるっていうから私、借りたのよ。もったいないけど、高級レストランには変えられないわ。


 郊外の宿?あぁ、それ私の家よ。言ってなかったっけ、私ホテル住まいなの。ちゃんと最後までエスコートしてくれて、さすがよね。本当、誰かさんとは違うわ」


 昨日、ラインハルトと会っていた”謎の女”の正体はどうやら、アーサーさんで大正解だったようだ。自分の推理が当たっていたのに、すこしも喜べないミミクルはそれでも気を取り直して、”謎の女”に質問を続ける。


「このマチを離れる?」

「えぇ、そう言っていたわね」

「他には何か話してませんでした?ギルドを辞める理由とか?」

「さぁ?特に何も言ってなかったわ。

 でも、『ヤツを誤魔化すには都合がいいかもしれない……』とか意味深なことを言ったり、時々周囲を見渡してたり。

 きっと借金取りに追われていたのね。ラインハルトのヤツ、それで夜逃げを……」

「借金に苦しんで逃げる人がアーサーさんに食事をおごったりします?」

「そんなこと知らないわよ、もう行くわよミミクル。じゃあね、また今度」

「はい、ありがとうございます」


 手を振って別れを告げるアーサーの後ろ姿をミミクルは見送った。


 結局、わかったことは

 ――ラインハルトは誰かに追われて、このマチから去ることにした。

 たった、それだけ……。


 でも、誰に追われているのだろうか?ラインハルトさんの普段の様子から借金取りとは思えない……アーサーさんじゃあるまいし……と、なると相手はとても危険な相手かもしれない。ギルドの上位メンバーでも太刀打ちできないような物騒な追手。 


「ラインハルトさんは危険な何かに目を付けられたのかもしれません。それで逃げているのかも。何か心当たりはありませんか、ランスロットさん?」

「……さぁな。ギルドのクエストで何かトラブルになるようなことは何もなかったように思うが……それに俺らはいつも二人で同じクエストを受けていたから、あいつが狙われているなら、俺も狙われるはずだろ」

「じゃあ、ギルドに来る前のこととか?」

「それはわからない。さっきも言ったけど俺はギルドに来る前のラインハルトのことを何も知らない。むこうラインハルトも俺の過去は知らない。


 ただ、なんとなく一緒にいて居心地が悪くなかった。それだけの理由で一緒にいた。


 だから本当は、勝手にギルドを出ていったアイツのことを責める権利はオレにはない。でも、むしゃくしゃはする……アイツは俺のことを何とも思ってなかって、そんなわけないのに、ずっと頭の中でそんなことを繰り返している」

「じゃあ、もう諦めますか?私のしたことは余計なことだったんでしょうか?」

「……」


 ランスロットは頭を抱えたまま地団駄を踏んだ。


「うおー、らしくねーよ、らしくねーよな。

 ミミクル、俺、行ってくるよ。ラインハルトのこと探してくる。

 アイツが危ない目にあってるならほっとけねー」


 ようやく立ち上がったランスロットが食堂を出ていくのを、ミミクルはほほ笑みながら見送った。




 ランスロットが去ったその日の閉店間際、中肉中背の白髪の男が食堂ののれんをくぐった。のそりと疲れたような様子で、ミミクルの宝箱が置かれている目の前の席に座ると、メニュー表を見もせず「はぁーっ」と、ため息をついた。


「お疲れ様ですッ、ギルマス。何かあったんですか?」

「いや、ちょっとな……」


 このギルドのギルドマスター、ボードワール・クレマシオンその人が、この食堂を訪れる時は大抵、アーサーが余計なことをした時だ。だが、アーサーの姿は今、食堂にない。


 どうやら、今日はどこか毛色が違うようだとミミクルは察する。


 ギルマスの前にいる時はいつも感じていた、例の岩に押しつぶされているような威圧感は消え去り、かすかに哀愁が漂ったその姿は、秋の枯葉だまりを思わせる。


「ご注文は?」

「ん、あぁそうか、何か頼まないとな……まぁ、今日はもういいや。ビール持ってきてくれ……あと、何かつまみも」

「かしこまりました」


 ミミクルはビールを樽から注ぎ、覚えたての氷結魔法フリーズでそれをキンキンに冷やした。熱くなってきたので、最近始めた新サービスだが、これが大当たり。


 氷結魔法フリーズは食堂の売り上げに貢献し、ミミクルの懐を温めてくれる。


 欠点はチャミルさんが作ってくれる魔法料理で補充している魔力のほとんどを使ってしまうこと。だから、ミミクルの体内には結局、今ちょうどテレポート一回分の魔力しか残っていない。


「ん、上手いな……チャミルもようやく、腕とやる気を取り戻して来たらしい。給仕もかわいいし、最近の盛況っぷりも納得だ。


 なんていうか、お前魔物ミミックのくせに本当に食堂ここになじんでるよな。俺は驚いてるよ。あのアーサーが考えたことでも、上手くいくことがあるんだな。それも驚きだよ」


 ビールを一口、飲んでギルマスはチャミルさんが作った唐揚げをほおばる。


「こっちもよく酒にあう。チャミルのこと、俺はお前に感謝してる。ギルマスって言っても、結局は経費とかとかに縛られ……いや、それは別にいい……チャミルを追い出すって言いだすやつがいなくなった。それでいいんだ」


 その後、ギルマスはしばらく黙ってジョッキを傾けていたが、やがてこういった。


「すまん、ミミクル。やっぱり愚痴ってもいいか?ここは居心地が良くて、な……」


 ミミクルは、アーサーと同じくらい、このギルマスに居場所をくれた恩義を感じている。だから、その力になれることなら喜んでやりたかった。


「ラインハルトのこと、お前も聞いてるだろう?俺はあいつのことかばってやりたかったんだがな……あいつの背負うものに俺は尻込みした。それにギルドが巻き込まれれば、俺たちもただでは済まない。


 それで辞表を持ってきたあいつを、引き留めはしなかった。

 

 出来なかったんだよ……俺はギルマスとしてギルド全体の利益を常に考える必要がある。あいつをかばうことで……あいつを追ってきたの前に立ちはだかることで、ギルド全体が危険にさらされる。勝てるかもわからない戦いにギルメンを巻き込むことになる。


 薄情な奴だよ、俺は。

 若者がひとり、命を落とすと分かっていて、このギルドから送り出した……」

 

 抽象的な言葉が多く全てを飲み込めたわけではないが、昔、ギルドを狙った襲撃に巻き込まれ、怪我をしたというチャミルのことを思い出しながら、ミミクルはその話を聞いていた。


「ランスロットさんがラインハルトさんを追いかけるように、背中を押しちゃったんですけど、不味かったですかね……」

「いや、ラインハルトもうまく逃げてるはずだ。そう簡単には追跡できないだろう」

「そうですか……」


 それがいいことか悪いことなのか、ミミクルには区別がつかなった。

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