ダンジョン脱出!


 本人は気づいていないが、ミミクルは他のミミックと比べて大食漢だ。それに美食家でもある。ミミックの生態は彼らの罠に引っ掛る間抜けな冒険者の魔力を食べて、それを糧にして生きている。雑巾みたいに魔力と肉体を搾り取られた冒険者は、精神的にも肉体的にも瀕死になってダンジョンから逃げ去っていく。


 もちろん、その罠に掛かる冒険者が魔法職とは限らない。それでも、たとえナイトや剣士といった前衛職の冒険者でも、死ぬ寸前まで搾り取れば燃費のいいミミックならば、一年は持つ。


 ただし、問題は……いや、これは普通のミミックにとっては問題にならないのだが……魔力は別においしくもなんともないということだ。


 それが、ミミクルにとっては大問題だった。


 ミミクルにとって至福の時、それは一年に1度かかるかかからないかくらいの獲物が持っている携帯食だ。干し肉、パン、ワイン、それに好物の干しブドウ。ミミクルはその味と食感を思い出して涎を垂らした。


 自分で狩りに行けないこの体が恨めしい。自由に動ける冒険者がうらやましい。


 移動できるのは食後のテレポートの瞬間だけ。しかもダンジョン内にランダムで配置される。


 ミミクルは生きるために必要な味のしない魔法を食べ続けるのではなくて、人間と同じような食事を自由にしたいとそう心から願っている。


 ミミクルがそんな思いを恋にあこがれる少女のようになるまで強くさせたのには理由がある。


 先日、襲った冒険者の携行食に珍しい味のするものが入っていた。はちみつみたいに甘くて、とても芳しい匂いがする何か?食べた感じは干しブドウに似ていたが、それよりもずっと甘く、食べやすい。


 あれは何なのだろうか?


 あんなおいしいものを人間は毎日食べているのだろうか?


 冒険者の噂話を盗み聞きしたところによると、本来、携行食というのはあまりおいしいものではないらしい。それにマチというところには”市場”とか、”食堂”とかそういう、おいしい食事を出してくれるところがあるらしい。


 すごく、あこがれる。

 とてもあこがれる。

 ぜひ、行ってみたい。


「よし、もうこんなダンジョン出て行ってやる」


 こうして、家出ミミック娘・ミミクルはダンジョンを出ていくことに決めた。




 ミミクルには考える時間は山ほどある。そこで考えて考えて出した結論はこうだ。

 必要なものは二つ。

 まずは移動に必要な魔力をためること。

 もう一つは、移動魔法・テレポートの行き先を制御してダンジョンの外に目的地を設定すること。


 こういう時にダンジョン内にいて、頼りになる相手がミミクルにはいた。


 が、彼女はダンジョン内を移動しているのでミミクルの所に次に来てくれるのはいつのことになるかはわからない。


「仕方ない、気長に待つか……」

「来たわよ」

「って、来たーーー!!!」


 珍しいこともあるものだ。いつもは話したいと思ってもなかなか来てくれないのに……。


 普段からとても忙しそうにしている彼女は、なんでもやらなければにしつこい蜂のように追い回されているんだとか。上司にせっつかれてノルマがどうとか、24時間365日労働ってどんなブラックよ、とかそんな風に愚痴り始めると止まらない。


「よいしょっと」

 

 そう言って、エリナはミミクルの上に腰かけた。


「上に座るのはやめて欲しいんだけど、エリナ」

「別にいいでしょ?ちょうどいい椅子がないのよ」

「話しにくいよ」

「あら、そう。じゃあ、仕方ないからどいてあげるわ」


 フタの上からエリナが退いてくれたので、ミミクルは少しだけそれを持ち上げてスキマから彼女の姿をのぞく。


 彼女もダンジョンに巣食うモンスターなのだが、普通の人間との違いはほとんどない。熟練のパーティの上位職の騎士ナイトや勇者でしか着ないような大袈裟な鎧を着ている彼女の人間との一番大きな違いは、クビがないことだった。


 鎧にはぽっかり穴が開いたように頭を出す部分から上半身がのぞける。本来、そこに乗っているはずのカブトを彼女はいつも小脇に抱えている。

 彼女は、首無し騎士デュラハンだった。


 カブトから流れ落ちる金髪はミミクルと同じ色をしていて、ミミクルにとってそれが美しく見えることは自分のことのように嬉しかった。


「エリナさんはマチに行くことある?」

「あるわよー、戸口に立ってバケツ一杯の血をぶちまけるのよ。

 とっても楽しいところよ」

「羨ましいなぁ……食べ物、取って来てくれない?」

「そうねー、私が触ると腐るけどそれでもいいならいいわよ」


 エリナという名前の金髪黒眼こくがんのデュラハンは彼女の相棒の馬を撫でながら、もう一方の手で自らのクビを弄んでいる。すごく器用な真似で、とてもミミクルにはまねできない。その上、足がついていて移動用の馬まで持っている。


「じゃあ、ダンジョンの外に連れて行ってくれない。

 その馬に乗せて……」

「嫌よ、あなた自分が何キロあるかわかってる?黒馬コシュタが潰れちゃうわよ。今日はどうしたの、やけに外に行きたがるじゃない?」

「うん、実は……」


 ミミクルは先日食べたものの味やにおいを言葉を尽くして説明した。想像しただけでも、よだれが垂れて来る。よだれを抑えつつ、ミミクルはさらに言葉を紡いだ。


「もういいわよ、ミミクル。あなた、食べ物のことになると急に早口になるわよね。

 やたらといい匂い、ね……きっと、それは桃ね」

「――もも?」

「えぇ、きっとそれを干したものよ。とても高級品だから、そのパーティーはかなりお金持ちだったのね」

「お金か、それは考えてなかったな……」


 ミミクルは考え抜いたはずの自分の計画の甘さに気付いた。そして、宝箱である自分が一文無しである諧謔おかしさに気付き、ふっと笑った。


「いい、ミミクル。あなたがとても驚く事実を言うわね。心して聞きなさい」

「何?」

「桃というのは生で食べたほうが圧倒的においしいのよ。あなたが食べた干し桃なんて、本物と比べれば超上位職の深淵魔法を使える大魔術師と汚らしい闘士ファイターくらいの差よ。食べてみなさい、トブわよ」

「そ、そんなに違うの?すごい、すごすぎるよ」

「えぇ、なにせあれを食べると不老長寿を約束される、東の方にはそんな伝承があるくらい。

 ちょっと待ってッ!?そうなると私たちの仕事はなくなる、ハッ!?もしかして、桃を育てて人間に売れば私もブラック労働から解放されるんじゃないッ!?」


 死をつかさどる死神、その配下であり戸口に立って人の死を予言する首無し騎士デュラハンであるエリナは労働環境改善の一案をどうやら思いついたらしかった。


「エリナ、教えて教えて。どうやったら、テレポートの行き先を好きな場所に設定できる?」


 ぴょんぴょんと宝箱ごと、わずかに跳び上がりながら、ミミクルはエリナに本題を訪ねる。


「テレポートの行き先?そうねー、ミミックが使うテレポート《転移魔法》ってたぶん普通のものとはちがうし……そうね、だったら魔法使いが使う普通の転移魔法を教えてもらえばいいのよ。ミミクル、あなた魔法使いの知り合いとかいない?」

「……知り合い?エリナ以外に?」

「あぁー、もうわかったわ。私がダンジョンの中を探して聞いてくる」


 エリナは颯爽と黒馬にまたがり、部屋を出ていった。




 そして、また待つ。ミミクルはただひたすらに待っていた。


 忘れちゃってないかな、エリナ?大丈夫かな、ちゃんと覚えてくれてるかな?そわそわ、うろうろ……うろうろはミミックなので出来ないが、とにかく首を長くしてクビのない友人の帰りをミミクルは待ち侘びていた。


「聞いてきたわよ」

 ――待ち人来たりて、ミミクルはようやく想い人と再会を果たした。


「ダンジョン内に知っているモンスターはいなくて、結局、冒険者をとっつかまえて聞いてきたわ。忙しい中でこれだけやってあげたんだからミミクル、この借りは必ず返しなさいよ」

「うんうん、覚えておくよ。きっと覚えておく。

 でも、早く早く……」


 宝箱をぎしぎしと前後に揺らしてミミクルは待ち侘びた答えを聞いた。


「いーい、こんな感じよ」

 黒馬から降りて地面に魔法陣を描いて、エリナはその方法を教えてくれる。

「わかったかしら?」

「うんうん、大体……たぶん大丈夫」

 目が回りそうになりながらその魔法陣を覚えて、体内に残った魔力を使い、それを宙に描く。


転移魔法テレポート


 ミミクルがそう唱えたとき、彼女は自分が潜む宝箱がすかさず宙に浮くのを感じた。ばしゅんっと音がして、壁をすり抜け景色が凄いスピードで動いて行く。あっという間にミミクルは別の場所に移動していた。


「やったやった、成功した。成功したよ、エリナッ!」


 だが、返事はない。そんな当たり前のことに気付いたその時、ミミクルはエリナではない別の誰かの声を聴く。


「今度は大丈夫だって……だってほら、今日はシーフもまだ生きてるんだ。呼んで来ようぜ」

「今、この宝箱テレポートしてきたように見えたわよ。どう見てもミミックでしょ」

「そうか、残念。宝箱ホノモノじゃないのか。まぁ、倒せば経験値になるし倒そうぜッ!勇者である俺様の実力、見せつけてやるぜッ」


(ヤバい、バレたかも……)


 ミミクルは冷や汗をかいていた。ミミックは戦闘力が高いモンスターではない。その正体を見破った冒険者のパーティーに囲まれてしまえば一巻の終わりだ。そして、さらに悪いことにさっきのテレポートでミミクルは体内の魔力を使い果たしてしまったことに気付いた。


「ほいじゃ行くぜぇ、下級魔法……」

「待ちなさい……ってか、アンタ何?なんで下級魔法?

自称・勇者なんだから中級魔法くらいにしなさいよ」

「うるさいッ!これは魔力の節約だよ、節約。まさか勇者である俺が下級魔法しか使えないわけないだろう。それにあれだよ……えーと……そうだッ!?

万が一、勘違いでミミックじゃなかった時に、中身が壊れなくて済むだろう」

「あっ、そう……わけわかんない言い訳しないでくんない。もうアンタとはやってられないんだけど。結局、こないだの蘇生費用も払えずにマチでバイトすることになったし、それもあたしが全部払ったし。あんたはマチで遊んでただけでしょう。勇者だっていうから着いて来てみたけど、ろくすっぽ剣も振れないし……」


 くどくどとした白魔導士の女のお説教が始まる。


 ミミックでなければこの隙に逃げ出せたのに……ミミクルは宝箱の中でさめざめと泣いた。


「うるさいッ、お前なんてこっちから願い下げだよ。パーティー解散だッ!」

「キャッ!?」


 軽い悲鳴と共にとたとたとよろめきながら、こちらに近づいてくる足音が聞こえる。


 ――今だっ!?


 ミミックの本能がそう、囁いたとき、

「いただきます」

 ミミクルはそう呟いて、宝箱の蓋をがぱっと大きく開け、ビショップの女を飲み込んだ。


 魔力は味がないけれど匂いはいい。特にこういう専属の魔法使いなんかはとてもいい匂いだ。けれど……物足りない。携行食もありきたりのパンと干し肉。


 ――ばきゃり、ごきゃり。


 自分のことながら食事中にたてる音にしてはあまりに下品すぎる、この世の終わりのような音を立て、ミミクルは女魔導士のすべてを絞りつくす。


 ぺっと音を立てて、ぼろ雑巾になった彼女をミミクルは吐き出した。


「うわー、ごめんよー。ごめん、やりすぎましたッ!」

 

 自称・勇者の泣きわめく声を聴きながらミミクルは再びどこかに転移してくのを感じていた。




 人間は危険なものだ。それをミミクルは忘れていた。反省をしつつも、それは食後の満足感に蚕食されていく。


「ふー、食べた食べた」


 ミミクルは久しぶりにお腹を満たすことが出来て、幸福という甘い蜜にひたっている。


 「それにしてもここはどこだろう?」

 

 水音が聞こえる。どうやらダンジョン内に流れる川のそばの様だ。

 

 川のせせらぎを聞きながら待つ。

 水面に跳ねる魚を眺めながら待つ。

 岩に生えた苔が成長するのを見守りながら待つ。

 

 しばらくそうした後で、ミミクルははたと気づいた。


「そうか、もう待っていなくてもいいんじゃないか。頭悪いなぁ」


 宝箱に近づいてきた不用意な冒険者を罠にかけた後は、そこから得た魔力を使って強制転移させられる。つまり、さっき冒険者がいた部屋からここまで来るのに転移魔法一回分の魔力は消費している。


体内に残る魔力はあと3回分くらいかな……?


「さっきは失敗しちゃった」


テレポートを打つ際にどこに向かうのかきちんと想像していなかったのだ。行き先を自分で好きな場所に選ぶために、わざわざ同じ魔法を覚え直したのに。


「今度はちゃんとダンジョンの外を思い描いて……」

 ミミクルは、再び宙に魔法陣を描いた。


転移魔法テレポート


 ――三度みたびの転移。

 景色が跳躍し、平衡感覚が揺さぶられる。


「眩しいッ!?なんだこれ、なんだこれ」


 ミミクルははじめて感じる強い光に戸惑いを覚え、宝箱のフタをしっかりと閉じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る