第26話 ブックマン①

(やっぱいつ来ても気味わりぃ街ー)


 風太ふうたは車窓の外で流れる風景を見ながら小さくため息を吐いた。


 地面から生える白や灰色の建造物郡は形や高低の差はあれど、病棟に並ぶベッドや椅子のようにどこか均一化されていて、風太の慣れ親しんでいる土臭さみたいなものが排されているような印象だ。


 もちろん街路樹や公園もあるのだが、自然としてあるのではなくて、あった方がいいからそこにそえているという感じで、風太にとっては人為的な匂いが強すぎた。


 黄昏たそがれの襲撃を受けた翌々日、荷物をまとめ、風太はクロとともに民俗文化図書館モノリス・ライブラリのある槻代市つきしろしへと向かっていた。


 今までも年に数回、必要なものを買いに白狩背しらかせから降りて来ていたが、やはり風太はこの街の空気が苦手だった。


(こん車もなー。走ってるくせに静かすぎるしよー、なーんか乗ってる感じしねえんだよなぁ)


 長戸ながとが運転する電気自動車EVは駆動音が全くせず、揺れすら感じさせない。


 この街で一般的に乗られているEVで、外装にエネルギー変換モジュールが搭載されていて、走りながらでも太陽光を動力に変換してくれる。


 環境にもお財布にも優しい設計なのだが、風太にとってはガソリン車で未舗装の山道を走る方がよっぽど乗り心地がよかった。


 槻代市は、持続可能性と効率性を高次元で融和させるというコンセプトでデザインされたスマートシティだ。


 ほぼすべてのエネルギーが自然由来のもので賄われていて、車の他には風太が気味悪がったモノクロの建物郡もそのひとつだ。


 外壁や屋根に設けられた太陽光変換モジュールが自然の力をより扱いやすい電気に変え、家庭に供給する。余った電力は街がもらい受け、自家発電以上に電力を必要とする企業や農家に分配する。


 他にも水力や風力を利用した発電施設も点在し、街全体がエネルギーを作ってそれをみんなでシェアしているのだ。


 今や人の集まる都心部はもれなく槻代市のような都市構想の上に成り立っていて、ハイランドと呼ばれている。


 それゆえに構想からはみ出た存在である白狩背のような蓬莱とこよとは都市構造的な空白が生まれ、その空白はそのまま都心部に暮らすナノンと蓬莱に多く住むヒュームを分断する結果となった。


 その分断によって生まれた都市と都市以外との間隙には、黄昏たそがれやそれに類する者たちが巣食う病巣と化したエリアさえある。


(んでこっちはやたらとうるせえ。やっぱ外しとこ)


 風太は疑似現実トロメア用の銀縁サングラスをケースにしまった。外した途端、視界が静かになる。


 さっきまではサングラスを通して至るところでポップアップが立ち並び、やれここの店の今日の日替わりランチは何だ、この美容室はショートはいいけどロングのアレンジがいまいちだ、などと騒いでいた。


 白狩背では無縁だったが、今や街はトロメアに彩られている。店の情報や地図、様々なものが現実と折り重なったトロメア上で共有される。


 風太は膝上のクロを撫でながら、またひとつ小さくため息を吐いた。


「もう少しで着きますから」


 長戸はバックミラー越しに風太の様子を気にしつつ、声をかけた。


 まだ黄昏に襲われてから何日も経っていないし、神々を奪われた心の傷もあるだろう。白狩背のアーカイブ化もいったん保留になってしまった。そんな中、白狩背とは180度真逆の環境にある槻代市に来てもらうなんて、守るためとは言え申し訳なさすぎる。


 ならばせめて道中の車内くらいはリラックスしてもらおうと、前日に作ったヒーリングミュージックのプレイリストを再生すれば「なんか耳がこそばゆい」と拒まれて、若者に人気の菓子や飲み物を差し出せば「ピクニックかよ」と笑われる。挙げ句にため息の連発だ。


(ああ、俺はつくづくこういうことに向いていない)


 長戸が人知れず凹みながら車を走らせることしばし。モノクロのおもちゃみたいな街並みが途切れ、鬱蒼と茂る深緑が突然視界に現れた。


 街中で見かけた借り物のような木々とは違い、みな生来の逞しさを漲らせ、天に向かって枝を振っている。その間を縫うように整然と道路は伸びていて、まるで無機質なキャンパスに色を運ぶ黒い絵筆のようだ。


「着きました」


 長戸に促されて車から出た風太は、呆然と天を仰いだ。


「……んだこりゃ」


 森を突き破り、外界の光を閉じ込めてしまいそうなほど深い暗闇が直方体の形をして大地に立っていた。


「ここが我々の職場、モノリス・ライブラリです」


 他との調和を一切拒んだ静かで騒々しい建築物は、数多の神々を収納する黒い柩だった。この外観こそ民俗文化図書館がモノリスと呼ばれる由縁だ。


「見た目こそ無愛想ですけど、中はもう少し賑やかですよ。さあ行きましょう」


 面白えじゃねえか。風太は猫を両腕に抱き、挑むように長戸の後をついて行った。網膜を照らされ許可された先には、大きな博物館みたいにだだっ広い空間が広がっていた。


 事務作業用なのかデスクの集まった一帯や、リラックスできるソファや雑誌の並んだ本棚が置かれた休憩スペース、何かの研究設備がいくつも置かれ、透明な壁に仕切られたラボのような一帯が整然とひとつの空間に集積し、高い天上からは煌々と光が降り注いでいた。


 威圧的な外観とは裏腹に白を基調とした内装は清潔感に溢れ、クリーンなオフィスと研究施設が一緒くたになっているという趣だ。


 外に接する壁は一部が透過して、周囲の森と一体化しているようなフロアまであった。中で働く人たちは思い思いの、しかし仕事からは逸脱しないように配慮された服装に身を包み、ある者は颯爽と、ある者は熱心に、またある者は気怠そうに働いている。


「……んだこりゃ」


 蓬莱ではまずお目にかかることのない現代的な内装に、風太は図らずも圧倒されてしまった。


「基本、フリーアドレスなんですよ。他の階層に独立したラボなんかもありますけどね。ちょっとこちらへ」


 長戸に促されるまま、風太は透明な壁で仕切られた四角い箱のようなラボに連れて行かれた。


「そのまま立っていて下さい」


 長戸が近くに座っていた白衣の職員に話しかけると、その職員はおもむろに懐中電灯のような機械を持ち出し、一瞬風太に光を浴びせた。


「な、なんだよ」

「あとで説明しますから。さあ、こっちです。班長たちが待っています」


 長戸は不意打ちのフラッシュにたじろぐ風太を別のフロアへと促した。オープンスペースのオフィス兼ラボを突き進み、奥まった廊下を歩いていく。


 フロアの明かりから離れるほどに、秘密が立ち込めるように廊下は薄暗く影っていく。あちらに曲がり、こちらに折れ、いつしか壁も床も天井さえも暗闇に包まれて、自分がどこに向かっているのかわからなくなる頃、通路の先で点灯する赤い光が見えた。


 長戸が赤い光に網膜を照合させると、壁のような扉がゆっくりと開き、中から光が溢れてきた。扉の先はピラミッドの形をした部屋で、頂点の天井はガラス張りなのか光が降り注いでいる。モノリスの直方体の建物に隣接するように設けられた部屋のようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る